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揚足裁判  作者: 花南
第二章
6/17

鈴木編

「鈴木くん、わざわざお呼びたてしてすみませぇん」

 図書室の一角のテーブルを挟んで空乃と鈴木は初めて打ち合わせをした。これから裁判までの一週間、弁護士と候補者は行動を共にする。

「いや、図書室はよく来るし。それじゃあ話に入ってもいいですか? 空乃先輩」

「みゅーのことは空乃と呼び捨てしてくれていいですぅ」

「みゅ……いややっぱり呼び捨ては。じゃあ空乃さんということで」

「はい。みゅーも鈴木君のことをケンシロウって呼んでもいいですかぁ?」

「ケンシロウ?」

「北斗の拳からとってぇ、ケンシロウですぅ」

「……普通に名前でお願いします」

「じゃあー、北斗君って呼んでもいいですかぁ?」

「いやそれは構わないですが、あの……裁判の話を……」

 この人(頭が)大丈夫かなと心配になる鈴木だったが、裁判という言葉を聞いて空乃がノートを広げた。

「はいー。いろいろとぉ、考えてきましたぁ。まずこの五人は考えません」

 と、いきなり下五人の名前のところに大きく「落選」と空乃は書いた。これはちょっとした言葉の暴力のような気がした。

「あの、その五人はどうして落選なんですか?」

「その人たちが問題なんではなく弁護士がヘボだからですぅ。それに目立たないしぃ、そう問題じゃありませーん。問題はこの弁護士四天王です」

「四天王?」

「はい! 空乃もー、四天王の一人ですぅ。ちょうど森・海・空・陸って名前にあるじゃないですかぁ? だから四天王って呼んでいるんですぅー」

 どうやら強さや権力の問題ではなく勝手に空乃がそう呼んでいると鈴木は解釈した。

「この三人はぁ、みんな負けず嫌いです。特にこの陸ちゃんはぁ、ともかくーすごいんです。何がっていうと、()き下ろしかたが。でもって海馬君はぁ、ともかくーすごいんです。陰険さが。そんでぇー森下君はぁ、一見普通の好青年なんだけどーともかくーすごいんです。何がっていうと手段のいやらしさが」

「あの……空乃さん?」

「ほえ?」

「その……友達の名前にシャーペンの芯を刺してグリグリするのはちょっとどうかって思うんです」

「あーそうですねぇ。てへっ!」

 かわいく舌を出したつもりらしいが鈴木にはそれが可愛らしいものに見えなかった。

「それでですねー、具体的な作戦に入りたいんですけどぉ、まず秋野さんから……」

 と、まず秋野千早の写真をクリップで留めたページを開いた。

「彼女はぁー成績は普通でぇ、運動も普通でぇ、部活はやってなかったけどぉー生徒会副会長を一年やっていましたぁ」

「……すごく綺麗な方ですね」

「あ、やっぱり男の子ってそういうところに目がいくんだぁ。千早ちゃんモデルもちょっとやっているみたいですぅ。それですごくモテるんですけどぉ、フッた男の数も星の数ですからぁ、今回は逆恨みしている奴らを片っ端から法廷に召喚してボロクソに言っていただこうかと考えているんですぅー」

「ボ……」

 鈴木は絶句した。空乃はページを捲ると続けて西園寺の説明に入った。

「彼はぁ、見た目最悪ですねぇ。ありえないっていうかー」

 空乃の喋り方もかなりありえないと鈴木は思ったが、先ほどからの言動、行動を見ているとあまり逆らいたくはなかった。

「そこでまず彼はこの髪型とか不潔さとかをメインに攻めていこうと思いますぅ。きっとお弁当の春雨を机に落としても拭かなくって汚いとかそういう証言ぼろぼろでてきますよぉー?」

「はぁ……」

「最後はー彼女……飯島冬姫さん。通称、姫ですねぇ」

 ぴらっと冬姫のページを開くとそこには大きくラスボスと書かれていた。

「ラスボス?」

「ラストボス、つまり一番の強敵です。彼女には隙がありません。それにカルトなファンもいるみたいですからぁ、票の集まりはいいと思うんですぅ。昨日どうやって陥れようか考えたんですけどぉー彼女だけは思いつきませんでした。リサーチ不足です。それに向こうには毒舌暴発女の陸ちゃんがついてるしぃー」

「あの……空乃さん。さっきから聞いていると人の揚足ばかりとっているような気がするんですが……」

「あれ、北斗君はしらないのですかぁ? 生徒会裁判は別名揚足裁判と呼ばれているんです。皆でライバルを蹴落とす絶好のチャンスですよぉ?」

 揚足裁判という言葉を聞いて鈴木はびっくりしたように目を見張った。

「あの……俺あまりそういうこと好きじゃないんだ。もうちょっと、人の人気を下げるんじゃなくて俺の人気を上げるような方法ってないかな?」

「あー、ルカナンでなくスカラでいくわけですね」

 ルカナン、スカラという言葉がわかってしまう自分が悲しかった。有名RPGの伝統的な敵を弱くする魔法と自分を強くする魔法である。

「そうですねぇ、法廷で何かデモンストレーションをして皆を乗せて、言わばある種の集団ヒステリーを起こすか、それでなかったら何か感動的な演説をするとか……あまり確実な手ではありませんよぉ?」

「たしかに確実ではないかもしれない。だけどこれは選挙で、もともと確実なことなんて何もないんだ。それに裁判が終わって……いや、選挙が終わったとき、一番大事なことは一日の最後に安心して眠れることだと思うんだ。俺は一日の最後に後悔したくない。だから空乃さん、俺の我侭に付き合って今回は正当な手段で臨んでくれませんか?」

 その言葉を聞いて空乃はふうんと頷き、にっこり笑った。

「依頼人のぉ、希望に沿った形で進めるのは弁護士の義務ですぅ。わかりましたー。でもー逆にぃ、向こうもまっとうな手段を使ってこないことは念頭に置いておいてください。スカラ効果でいく場合ー、相手のルカナンを極力抑える必要があるのでぇ、北斗君の弱点も分析してみたのですぅ」

 そう言うと次のページには鈴木の顔写真があった。

「成績はー、姫がダントツですが北斗君も優秀です。部活での活躍はとりあえず問題ありません。顔もこれといって引っ込むところ隆起してたり出るとこ陥没してたりしていませんが、ただ……」

 ただ、と続いて、自分の顔のどこかにすごく致命的な欠陥でもあるのかと、思わずぺたぺたと自分の顔を触ってしまった鈴木に空乃は笑って

「顔じゃありませんよぉ。特に目立った話題がない中でこれだけすごく突飛抜けて話題性があるんですぅ。彼ですー」

「あ!」

 そこには加藤の写真もいっしょに貼られていた。

「加藤竜弥君とぉ北斗君の間にホモ疑惑が既にかけられています。広報部の先々月号のゴシップ記事が効いたようです」

「なんなんですか、その記事っていうのは?」

「内容知りたいですか? 普通に二十禁ですよ」

「高校生の見る記事にそんなの載っけんな!」

 しんとした図書室の中で思わず声を荒げた鈴木は視線を集めて静かになった。空乃は相変わらずマイペースに

「ともかくぅ、彼は邪魔ですぅ。真相はともかくとしてー、しばらく誤解を招くような行動を避けるために彼と別行動してもらいたいんです」

「はぁ……」

 鈴木はなんだか体から力が抜けるような思いがした。

 しかし鈴木としてもこのままいらぬ疑惑をかけられるのは不本意だったので空乃の言うことを聞くことにしたのだ。


「なんだ呼び出しておいて」

 体育館裏に呼び出された加藤は、にやにやとしながらこちらを向いている。

 鈴木はどう切り出そうか少し迷って、ストレートに言ってみることにした。

「ああ……加藤、頼みがあるんだけどさ」

「おおなんだよ? 言ってみろ。聞いてやらんこともないぞ」

「しばらく俺の前から消えてくれないか?」

 その言葉に加藤は何か反応すると鈴木は思っていた。しかし加藤は何も言わずにくるっと踵を返すと、そのまますたすたと体育館の向こうへと歩いていってしまったのだ。さすがに加藤のことを傷つけたと思った鈴木は、やはり謝って事情を話そうと思い後を追いかけようとした、その時だった。

「加藤君をフッたの? 鈴木君」

 後ろから知らない女性の声がした。振り返るといつからいたのか、そこにはあの写真で見た、あの秋野千早が立っていた。

「フッたとかそんな問題じゃない。もともと付き合ってないんだから」

 こんな時に限ってなんで話しかけられるのだろう。今はてきとうにあしらって加藤を追いかけようと思った。千早はにっこり笑って鈴木の手をとる。

「つまり今フリーなのね? ならば私と付き合ってよ、鈴木君」

「え?」

 い、いけませんよ秋野先輩!

 だって俺年下だし!

 でででもこっそりとなら!

 そんな言葉が頭の中を一瞬、駆け巡った。

「私たちが組めば、会長の座なんて楽にとれるわよ? 会長はあなた、私は副会長」

 鈴木のドリームは一瞬にして終幕を迎えたのだった。

「楽にとれる? そんな方法があるんですか?」

「私には力があるの。飯島さんみたいな人だって簡単に潰せる自信があるの」

 その言葉に鈴木はぴくりと眉が反応した。

「あ、やっぱり飯島さんは手ごわいと思っていたのね? 大丈夫、私に任せておいて。でも私一人じゃ心細いわ。だけど鈴木君がいてくれれば私安心できるの……こんなに頼れるの、あなたの他に……いない」

 鈴木はうーんと唸った。オイシイ話には裏があるのだ。先ほど空乃に敵に落ち度を見せるなと言われたばかりではないか。鈴木はやんわりと牽制した。

「秋野先輩は俺を利用しようとしているようにしか見えない。その力だって他人の力だろう? どんな方法とるのかはわからない。けど飯島さんも俺もそんな力に屈するつもりはないよ」

そう、と千早は手を離すと数歩後ろに下がって。

「断る気? 残念ね。さようなら、鈴木君。法廷で会いましょう」

 法廷で会いましょう、そんな言葉を吐き捨てるように言って千早は早足ですたすたと去っていった。

 あとに残された鈴木はため息をつく。謝るタイミングを逃してしまった。加藤はもう遠くへ行ってしまっただろう。数日しても加藤はまったく姿をあらわさなかった。

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