西園寺編
「くくく……ついにこの日がやってきたか……」
まるで最初の佐藤生徒会長のような台詞を言ったのは西園寺勝その人だった。屋上のさらに上、突き出した入り口の屋根部分…つまりよく漫画でサボっている不良が昼寝をしているあの場所に登って仁王立ちしている西園寺は長い不精した髪を掻きあげた。
「待っていたぞ、この日をな!僕が真の支配者となるのだ!!」
西園寺はなんとしても会長になろうと思っていた。どんな方法だろうが容赦する気はない。なぜ生徒会長になりたいのか、そんなのは決まっている。幼稚園生の時、将来の夢は支配者と書いたことを己に忠実に迷わず実行しようとしているだけだ。
屋上に来たのも愚民を見下ろすため。支配者というものは一階にはいないものだ。階段が多くて息切れしても毎日ここにやってくる。そのためか、ここのところ脈拍がそんなに上がらないまま屋上まで来れるようになったことは自分でも自画自賛していた。
「ああ、なんて風が気持ちいいんだろう。それに太陽はあんなに勝利の祝福しているかのように燦々(さんさん)と……」
うっとりと呟いている間にもどんどんと空は曇ってきて、終いにはスコールが降りはじめ、屋上の屋根に登っていた西園寺は急いで校舎の中に入ったがすでに濡れ鼠だった。
「まぁ、落選者の悔し涙といったところか……」
もう既に負け犬の遠吠えが始まっていることに西園寺は気づいていない。水玉模様になった眼鏡を拭きながら階段を下りた。
「しかし、最近生徒会長の素質をもった者には謎の招待状が届くらしいが、なぜ僕のところには来ない! 何故、何故!」
階段で地団太を踏んだため三段くらい足を滑らせ落ちて膝を抱えつつそのまま踊り場をごろごろと転がった。
「うおおおお! さては僕を妬んで招待状を横取りしている奴がいるのだ。そうに違いない。階段を踏み外したのもそいつのせいで郵便ポストが赤いのもそいつのせいだ!」
ちなみに今朝は小鳥の囀りで目覚める予定がカーテンを開けると鴉の群生がギャーゴギャーゴと嘲笑しながら飛び去ったのもそいつのせいということになっている。どうやら巷でちょっと話題の怪文書を西園寺は招待状だと思っているらしい。それを横取りしている奴がいる、そう思い込んだ西園寺の横を通りすぎる少年がいた。鈴木北斗だ! その手にはなんと例の手紙が握られているではないか。
「かとぉぉう! どこだ、今回ばかりは性質が悪いぞ!」
どうやらこの段階では鈴木はまだ加藤が犯人だと思っているらしい。しかし西園寺が注目したのはその手に握られた手紙のほうだった。
「こいつか! こいつが僕の招待状を根こそぎ! 許さんぞ……許さん!」
自分こそが生徒会長になるべきなのだ。あんな野郎に席を譲れるものか! そう思った矢先、グラウンドが晴れ渡った。そこには人がわらわらと集合して人文字で『会長になれ!』と書いている。
「そうだ、僕こそが会長なのだー!」
思わずTPOを考えずに叫ぶ西園寺を奇異の眼差しでちら見しながら他の生徒が通り過ぎていく。しかしそんなことは今の西園寺にはどうでもいいことだった。思い立ったら即実行。それが彼のポリシーである。ただ考えないともいうが。
届け出の箱の前には鈴木と、浅黒い肌の黒髪の女がいた。あの女はたしか飯島冬姫とかいう学年首席のちやほやされている女である。西園寺にとっては雑魚としてしか認識していないがそれでも前々から気に入らなかったのだ。
「まずはあのアマと野郎をたたっ切る!」
そう深く誓った西園寺であった。