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揚足裁判  作者: 花南
第一章
3/17

冬姫編

「お断りします」

 職員室に凛とした声が響いた。担任の先生は残念そうに

「そうか。君ならばいい会長になると思ったのだが、嫌ならば無理強いするわけにはいかないな。わざわざ呼んで悪かったね」

「……失礼します」

 職員室の扉を閉めると、部活に向かいながら飯島冬姫(いいじまふゆき)は思った。

 首席だから生徒会に入らないかなんて馬鹿げている。生徒会は成績で決まるわけではない。それ相応の人徳と才能のある者こそが就くべきだ。それが冬姫の持論だった。自分がその器の人間かどうかなんていうのはわからなかったが、何より興味がなかった。そんな人間が首席だからという理由で生徒会長の器かと聞かれたら、冬姫は首を横に振るだろう。

 昇降口の下駄箱を開けるとそこには一枚の手紙と生徒会立候補のプリントが入っていた。封筒の左下にはVという字。誰かのイニシャルだろうか。

「いまのあなたのラッキーワードは

せいと

かいちょ

う」

「馬鹿馬鹿しい」

 誰がこんなのを考えだしたのだろう。学校の先生ということはありえない。近くにゴミ箱がなかったので仕方なく鞄に仕舞うと部活へと向かった。

 そして次の日、また手紙は入っていた。

「くらすのにんきものい

ちばんのあなたは

いますぐせいとかいか

んぶに」

 冬姫はくしゃっと拳に力が入った。殺気の染み出した彼女からクラスメイトの男子が離れていく。

「おい、姫がご立腹だぞ」

「冬姫様、今日も誰か曰われもない天誅に遇うかもね」

「天誅っていうか辻斬りだろ?」

「ブリザード注意報みんなに出しておかないとな」

 そんな会話が聞こえてくる。学年首席、飯島冬姫……通称雪の女王、姫である。機械のように正確すぎる為にかえって怖い印象を与えているようだ。

 そんな冬姫がクラスの人気者とは言いがたかった。手紙の内容になんとなく皮肉めいたものを感じた冬姫だった。

 しかしその後も手紙は何日にも渡って届けられた。

「誰の仕業かしら……」

 もう腹立たしさや苛立ちよりもそちらのほうが気になった。

 自宅のデスクに今まで貰った五つの手紙を並べてみる。ついでに封筒も並べた。


V「いまのあなたのラッキーワードは せいと

かいちょ

う」


Z「くらすのにんきものい

ちばんのあなたは

いますぐせいとかいか

んぶに」


F「えがおをつとめて

あなたの

にんきあっぷ」


D「とにかく

さんかして

みてよ」


E「ねがいます ふゆきさ

んこそせいとかいにふ

さわしい」


 文章の内容はとってつけたようなこじつけ臭い文だ。たぶんこれにはあまり意味がない。何か意図してやっているとしたら、別のところに何か隠された意味があるはずだ。

「どうしてこんな中途半端なところで段落が分けてあるのかしら」

 それも気になったが封筒に書かれたアルファベットも気になる。とりあえずアルファベット順に並べ替えて頭文字をとって読んでみた。

「とさみ ねんさ えあに いかう くちいん」

 意味がまったくわからなかった。逆から読んでも意味がわからない。

「でもこの手の文章は私にメッセージを送ってきている。つまりカンニングペーパーのようなものが私の手元になくても解けるように作ってあるはず……」

 そう呟いた時ふと思い当たるものがあった。そしてその勘は間違っていなかった。


「すみません。サトウ カイ って方いらっしゃいますか?」

「ああ、いるよ。佐藤、姫がお前に用だってさ」

 どうやら三年生にも冬姫は"姫"で通っているらしい。しばらくして穏やかな顔の青年がやってきた。

「やあ飯島さん。ここではなんだからちょっと外に行こうか」

「あと五分で本鈴ですよ?」

「飯島さんの成績だったら授業に一時間出ないくらい大丈夫だろう?」

「私は大丈夫でも旧生徒会長のあなたは今は受験生ではないんですか?」

「俺は次の授業は自習なんだ。さあ行こうか」

 遠いところに行くと戻ってくるのに時間がかかる。しかし学校や制服姿で近所を歩いていたら先生がいつ見回りをしているかわからない。結局歩きながら話をして、ぐるっと戻ってくるということになった。

「まずよく問題が解けたね」

「最初はよくわかりませんでした。だけど封筒のアルファベットがドイツ語だということに気づいたらすぐに解けました」

 あのあと、冬姫はドイツの数字の順番に並べてみたのだ。最初は1を意味するEins 次は順にZewi Drei Vier Funf そしてそう並べたあとにその頭文字を逆に並べていく。

 さんね んいちく みさと うかい にあえ

「『三年一組サトウカイに会え』佐藤甲斐という名前がすぐに会長のものとは分かりませんでしたが顔を見た瞬間わかりました。教えて頂きましょうか。なぜ私にこのような手紙を送ったのか」

「実はぶっちゃけあと数名にも同じような手紙を送ったんだ。だけど解いたのは君だけ。たぶんこれからも解く人はいないだろう。他の人は手紙を捨てちゃったり、破いちゃったり、あとは封筒をごちゃごちゃにしたりしていたからね」

 どうやら図らずともゴミ箱が見つからなかったことが今この現在につながっているようだ。

「さて本題に入ろうか。もう分かっていると思うけれども、君に生徒会に立候補してもらいたいんだ」

「それは私にメリットがあるのですか?」

「メリットが必要だとは思っていないはずだ。君は意味のない暗号を解くことにメリットがあると感じたかい? 少なくとも会長が決まってしまうまで待てば、暗号は無意味なものになる。思ってもいないことを口に出すものじゃあない」

「失礼しました。たしかにメリットが必要だとは思っていません。しかし生徒会長には私のような人よりももっと相応しい人物がいるはずです。それこそ、メリットを考えないような」

「まだ話は続くんだよ。生徒会に立候補してもらいたいだけで、当選しなくてもいいんだ」

 冬姫は訝しげに眉をひそめた。

「どういう事ですか?」

「メリット……私欲を追求する人を生徒会長にはしたくない、それが理由だ。旧副会長の秋野千早を落選させてほしいんだ」

 ぴたっと冬姫は足を止めた。数歩して佐藤も止まる。無表情のまま冬姫は淡々と言った。

「それは私が決めることでも会長が決めることでもありません。選挙で決めることです」

「しかし誘導はできる。ごめん、言い方が悪かったね。いきなりこんな話を持ちかけるのも俺がずっと千早さんの傀儡(かいらい)だったからなんだよ」

「傀儡、ですか?」

「そうさ。彼女は前選挙で一年生の時から生徒会だけれど、それは彼女が会長になる人間に付け込んだり取り入ったりして影から操っているからなんだ。次の生徒会に彼女をいれたくはない。もし彼女を生徒会から追放できないようだったら、君に生徒会長になってもらって彼女の言うことを聞かないでいてもらいたいんだ」

「……会長は、佐藤先輩は何か弱みを掴まれていたんですか?」

「どこから調べたか分からないけれど、俺の父親が刑務所にいることをばらすって言われた。父のことを隠蔽したいわけじゃないけれど、彼女のことだから尾びれ背びれもつくに決まっている。卒業して終わりにならない恐怖ってものもあるだろう?」

 冬姫は唇を嚼んで聞いた。

「どうして子供じみた裁判が重要なんですか?」

 ふうん、と佐藤は呟く。少し考えて

「まあ、金かな。各部が自分の部に有利な法案を通すとき、部から部へ金が移動するとき、あと単位の足りない生徒からの交渉料とか、金が動くと結構な額になるんだよ。生徒会長になったら頂点に立つことになる。まあ生徒会室、見晴らしは良かったよ」

 そしてそこまで話したところで学校の裏門が見えてきた。

「飯島さん、そろそろ答えを聞いてもいいかな?」


 候補の届け出箱の前で冬姫は迷っていた。

 あの会長は馬鹿ではなかった。もしかしたら自分も旧生徒会長の手駒のひとつなのではないかと。しかしそれ以上に千早が会長になることは許せず、副会長になって誰かを脅すことはそれ以上に我慢ならなかった。

「あれ? 飯島さんも立候補するんだ」

 ふと声をかけたのは褪せた髪の少年だ。上履きの色は同じ学年を示していた。

「考えているところ。ところであなた……どこかで、会ったことあるかしら?」

 自分の名前が学校で割と有名なのは知っていたので面識がないのに自分の名前を知られていてもおかしくはなかったが。

「ああ、ごめん。1年3組の鈴木北斗。いちおう君の次…次席なんだけど。まぁ会うのは初めてじゃないかな?」

 次席かどうかはあまり関心がなかった。だがこのどこにでもいそうな顔に、なんとなく見覚えがあるような気がしてふと聞いてみた。

「ねぇ。あなた……15603って数に心当たりある?」

「え?……まぁ、心当たりっていうか……俺のあのときの数字……」

「そう」

「え、どうかしたの?その数字が」

「立候補するわ、私。ライバルとしてよろしく、15603の鈴木君」

「はぁ……よろしく」

 なんとも曖昧な返事をする少年の名前は鈴木北斗であった。

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