鈴木編
加藤竜弥は額にゴーグルをあげた。
なぜ着用しているのかわからないが、いつも水泳用のゴーグルを着けていることから加藤の名称はゴーグル少年という奇妙なものになっていた。
前の席の子がまわしてくれたプリントに目をやったのだ。そこには昨日から学校のあちこちに貼られたポスターと同じ絵が描かれていた。それは生徒会立候補者公募のプリントだった。
「鈴木ぃー」
帰りのショートホームルームが終わる頃、加藤は鈴木北斗のクラスを訪ねた。
「ああ、加藤か」
やや諦めたような、それでいてげんなりした声で鈴木が顔を上げる。加藤はずいっと例のプリントを突き出した。
「これなんだけどさ、お前も貰ったか?」
「え、生徒会立候補者募集? なんだよ、担任の奴またプリント配り忘れて」
「まあこれなんだけどさ、お前出てみる気ない?」
「はぁ? なんでだよ」
平平凡凡といったどこにでもある顔を思い切り歪めて鈴木が反応する。加藤はにやりと笑って鈴木の肩に腕を回すとこっそりと囁いた。
「そんなの決まっているだろ。面白そうだからさ。特に惨敗するお前が見たいんだ。やれよ、さあやれよ、寧ろやれ、今すぐ立候補、GO!」
そんな加藤の腕を邪険に払いながら鈴木はしっしと手を振った。
「そんな時間はないんだよ。俺は予備校行って帰ってくるだけで精一杯なんだよ。だからこんなものに出ている暇はないんだ」
「こんな最高に暇つぶしになるものってないと思わないか?」
「暇ないって聞こえなかったのか!?」
噛み付きそうな勢いで反撃してプリントを押し返す。
「ともかく、お前の道楽に付き合っている暇はないんだ。わかったな?」
加藤をおいて逃げるように階段を下り、昇降口までやってくるとようやく後ろを振り向いた。どうやら加藤はまだやってこない。今のうちに家に帰ろうと思って下駄箱の戸を開くとそこには何かが入っていた。
「手紙……?」
と、先ほど加藤が持ってきたプリント。プリントはどうでもよかったので鈴木は手紙を開いてみた。するとそこにはどこにでもあるコピー用紙に雑誌の切り抜きで「生徒会長になれ」と書かれているではないか!
「……」
無言のまま封筒に戻すとゴミ箱に捨てた。
なんて性質の悪い悪戯なんだ。いくら加藤の行動が普段から変わっているからってこれはちょっとどうだろうと思った。
しかしなんてことだろう。朝学校に登校してきた鈴木を迎えたのはまたしても昨日と同じ手紙だったのだ。
「加藤ーッ!」
「なんだ?」
本鈴ぎりぎりに来る加藤をショートホームルームのあとに問い詰めても知らないと言われた。もともとへらへら笑っている顔だったのだが、腹を立てている鈴木を見て面白がっているような気がして尚更腹が立った。
次の日も、次の日も、同じところに手紙が入っている。これは悪戯にしては度を超しているんじゃあなかろうか。
「いいかげんにしろよな! 加藤」
「だから俺はそんなことやっていないって言ってるだろう。きっとあれだ、お前を会長にしたいと思っているプレアデス星団からの謎の――」
「いいかげんにしねーと――」
その時だ。ポケットに入れていた携帯が鳴った。
――ソトヲミロ
それは加藤の声ではなかった。あたりまえだ、加藤は目の前にいるのだから、電話は別の人間からなのだ。廊下の窓から校庭を見下ろすとどこから募った有志なのだろう、そこには大きく人文字で「会長になれ!」と書かれていた。
呆気にとられている鈴木の肩をぽんと叩いて加藤が言う。
「あんだけ応援されてんだから出れば?」