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揚足裁判  作者: 花南
第六章
17/17

法廷後編

 裁判が終わったあとに飯島冬姫に声をかける人物がいた。佐藤である。

「飯島さん、これで君の当選は決まったも同然だね」

「ありがとうございます」

「何か俺にできることとかあるかな?」

 少し考えて冬姫は顔をあげた。

「私の代わりに、鈴木北斗を応援してあげてください」

「いいけど、彼降りるんじゃあないの? またなんで……」

「彼が今回、一番不幸な目に遭っているからです」

「西園寺じゃないのかい? 一番救われなかったのは」

「彼は救いようがなかっただけです。別に不幸なわけではありません」


「ぬおおお! このままでは、このままでは飯島冬姫が当選してしまう」

「まぁあのビー球少年(ボーイ)にあんなこと言われちゃあねぇ……」

(これでいい。これで陸が勝ったも同然だわ。アタシは助かる)

 勝負では負けたのにやけにすがすがしい気分の海馬だった。


「秋野さん! 先程の佐藤旧生徒会長の証言ですが、本当のことですか?」

「先ほど鈴木北斗を殴ったという生徒が生徒指導に自首してきましたが、あれも秋野さんの指示に従ったものなのでしょうか?」

「千早さん、何かコメントをどうぞ!」

 視聴率に群がる広報部を切り抜けて千早は保健室へと逃げこんだ。こんなことになるなんて予想外だった。

 今回間違いなく飯島冬姫が当選するだろう。あの女は自分の脅しなどに屈しない女だということは分かっていた。だとしたら人気を落として引きずり下ろすしかない。そうしたらまた選挙だ。今度こそ誰か信用のおける人間を会長にして……

「シラタキちゃーん、ここにいたの?」

 またしても微妙なネーミングで呼んできたのは森下だった。千早はきっ、と森下を睨んだ。

「まだいたの? あなたはもう用なしよ、出て行って」

「何? 選挙で落ちるのがそんなに悔しいの? これだから女は面倒でいけませんぜ」

「飯島の人気さえ落とせばまた上にのし上がることは可能よ」

「まぁ君以外はそうかもね。その事なんだけどさ……」

森下はポケットから一本のテープを取り出した。

「これ、何なのかわかんないと思うけれどもさ……実はここ一週間での君と打ち合わせした内容が入ってんの」

 そんな馬鹿な。記録が残らないように細心の注意を払っていたのに、何時の間にとったというのだろう。森下は続ける。

「次に君が会長に立候補したり、副生徒会長になろうとしたらこのテープ以外にもいろいろととった証拠、全部放送部と広報部に横流しするから。広報部のゴシップの恐ろしさは鈴木君の例でわかるっしょ? もっとも、君のこの証拠はどこをどう拾ってもゴシップでなくてガチだけれどもね」

「……私の代理人を引き受けたのはそういうことが狙いだったの?」

「うん。ついでにあのチンピラもどきが鈴木を殴りにいったことを加藤に教えてやったのも僕」

「わからないわ。その証拠テープを放送部にまわしたら、あなただって弁護士資格剥奪よ? そんなことするメリットどこにあるっていうのよ!」

「メリットは考えないんだ。面白いと思うことをやっているだけ。でもそうだな……強いて理由をあげるとするならば……」

保健室の扉に手をかけてノブを回すと振り返らずに森下は言った。

「佐藤先輩は僕の従兄弟なんだ」

 放課後の黄昏が廊下の窓に影を落としていた。その先に人影がひとつ落ちている。足が短いのですぐに陸だとわかった。

「仇敵は陥落したよ、お嬢さん」

「汚い弁護人とか言ってごめんなさい……千早側に回ったのはそれが理由だったのね」

「僕は誰かさんたちと違って落選したり、オセロで負けたりしたくらいであれこれ言うような人間ではないの。ああこれやるよ、音楽でもとれば?」

 ぽん、とカセットテープを放られたのを陸はキャッチした。

「それ、千早さんとの会話が入っているって設定にしたけれど、実は昨日買ってきたばかりのテープ。誰だって自分はかわいいものね」

「あんたに借りを作っておくのは気味が悪いわ。何考えているのよ?」

「借りを返してくれる気があるならとりあえず二百九十円貸してくんない? あれ切らしてんだ」

あれというのが煙草だということはその金額からわかった。


 後片付けが終わるまで裁判部は忙しい。わらわらと客が出て行ったあとの始末や、戸浪の弁護士資格剥奪の書類上の手続きやら、騒がしい中で弁護士四天王はのんびりとくつろいでいた。

「あー終わったー、解放されたのね! アタシ、西園寺とアイコラから解放されたんだわ!」

「なんかー、アイコラの作り方が~すっごぉく海馬君じゃないかなぁって思っていたんですよぉ」

「どこらへんでそう思ったのよ?」

「知りたいですか?殴りかかってこないって約束しますか?」

「殴りかかってくるってわかってんなら言うんじゃないわよこのクソアマ! あの時はよくも……」

「まぁまぁ、これでみゅーたちはいつもどおり仲良し四人組に元通りですぅ」

「誰が仲良し四人組よ! 訴えてやる、裁判で訴えてやる!」

「裁判といえばぁ~、森下君はー、裁判のときのみゅーと普段のみゅーとどっちが好きですかぁ?」

「あははは、究極の選択だな。どっちも敵に回したくないってのが本音かな」

 森下は普段の余裕が消えて渇笑だった。

「でもぉ、みゅーは今回陸ちゃんの扱き下ろしかたが最高だったと思います」

「西園寺劣! あれ過去最高の傑作だわ」

「なんで親は彼に劣って名前をつけなかったんだろうね?」

「それに比べて海馬君のビー球ボーイってネーミングセンスはどうかと思いましたぁ」

「それ言うならばネーミングセンスが一番最悪なのは森下でしょ! キングオブザワースト森下」

「ありがとう」

「褒めてないわよ!」

「こりゃあ今回の勝ちは私で決まりかしら……何言うこと聞いてもらおうっかなぁ」

 にやにやと笑う陸に空乃と海馬が猛然と食って掛かった。

「馬鹿お言いでないわよ。アタシが証言するって前もって約束してたから、千早をやっつけられたんでしょ!」

「今の飯島さんの人気を確実にしたのは鈴木君とみゅーの感動的なスピーチですぅ」

「じゃあ今回は引き分けってことで……」

 誰が一番か決めようとしていた三人に森下が前もって釘を刺す。あまりにも今回謙虚すぎる森下に陸が気味悪くなったらしく聞いてみる。

「そういやあんた千早から五万も貰ったんでしょう? 奢りなさいよ」

「本当ですかー? ワニ~みゅーはワニの刺身が食べたいですぅ」

「五万でワニは買えないから。それにあんなはした金、もう使っちゃったよ」

「たった一週間で!?」

 信じられないと呟いた陸に森下は説明する。

「部費の五万円と合わせて十万円にして、経済部に投資してみたんだけど……」

 経済部は校内のマーケティングを目的としている部活である。通常は自分の部の株を自分たちで買うことぐらいしか役目を果たしていないわけだが……

「あんたそのギャンブル癖どうにかすれば!?」

「ちょっと馬鹿部長! 何こいつの道楽にアタシたちの血税つかってんのよ!?」

「ぎくっ……」

 背中をずっと向けていた裁判長こと部長が海馬の言葉に振り返る。その腕には大きなハーゲンダッツのカップが抱えられている。

「ハーゲンダッツにつられて五万も捨てんなアホー! 劣だってもっと利口よ!」

「まぁまぁ、海馬……そこの動物占いコアラの森下に詳しく事情を聞いてみるといいわよ」

「森下ぁ! 説明しなさいっ。もし納得できない理由だったりして御覧なさい?あんたのアイコラ作ってやるんだから。今度は西園寺がいないからもっと恥ずかしいもの作ってやるからね!」

「僕の名誉にかけてそれは避けたいな。まあとりあえず、僕が投資した内容だけれども」

と言ってパソコンのブックマークから経済部のページを開くと目にもとまらぬ速さでパスワードを入力し、あるグラフを表示した。

「生徒会選挙宝くじ? 何ですかぁこれは……」

「そのまんまだよ。九枚の名前が書いてある宝くじを1枚千円で売ってるんだ。賞金は当った人で十万円を均等に分配……これのいいところはね、最初から損失が十万円と決まっていることだよ。つまり百枚以上売れれば利益があがる。そしてちょっと他のやつと違うところは、他の株価は買えば買うほど上昇していくのに対して、これは買う人間が多ければ多いほど自分の貰える額は小さくなっていくこと……今何人が飯島冬姫を買っている?」

「一三二人ね」

「自分がお金を儲けたいからこの一三二人は確実に飯島冬姫に票を入れるだろう。この人数が他の人達には見えないのがいいところで、これから飯島冬姫を買う人達もいるだろう。この時点で既に三万二千円の利益が飯島冬姫だけであがっているわけだ」

「でも森下、これ一枚千円ってことは百人以上が飯島さんを買ったら原価を割るんじゃないかしら? これだけ飯島さんが人気なんだもの。馬鹿じゃなきゃ買わないわ」

「馬鹿が多いから商売になるんだよ。更に馬鹿をおちょくるためにこんなものも用意してみた」

 と、今度は違う窓を開く。そこには『宝くじ、半額で買います!』と書かれていた。

「今のところ鈴木北斗や秋野千早を買っていた人が売り払っているけれども、けっこう飯島を売っている人もいるだろう?」

「こんなことしてぇ~何になるんですかぁ?」

「これで飯島冬姫が当選したら……まぁ今のところは十万円中の二割…二万が戻ってくる。これは元手が半額ですんでいるから一三二〇〇円かかっているけど残りは利益になるだろう?それにこのデータを見ているかんじだと万が一、他の誰かが当選したとしたらほぼ十万円まるまるが自分の手元に戻ってくる計算になるわけだ」

「あんたやることがいちいちセコいのよ! さっきあれだけ千早を叩きのめしておいて、影ではこんなことやってたなんて、その金の汚さどうにかしたほうがいいわ」

「いつも言っているけど、僕にとって勝ち負けはどうでもいいわけ。そりゃあ弁護士やっている以上成功報酬はおいしいし、義務は果たすつもりだけれども、気に入らない依頼人にたかだか5万円で尻尾ふるわけないだろう? これは海馬が言ったとおり、僕の道楽といってもいい、オセロと同じだよ。ああ」

 そこでやっと思い出したかのように森下は陸たちのほうを向いた。

「今ようやく時間空いたし、オセロでもやる? 勝ったら部費の五万円返した全額あげる」

(こいつにだけは負けたくない。)

(このスカした野郎をあんあん言わせてやる。)

(ワニワニワニワニワニワニワニワニ)

 そんな闘志が三人にみなぎった。本気にさせないとつまらない、森下式哲学だった。


 本気にさせないとつまらない、そう考えるのは森下だけではなかった。

「かぁあぁとぉおおう!」

「すげーな鈴木、最高記録だよ。まだあの目のまんまだよ」

「貴様、あんだけ俺に恥をかかせておいておめおめと顔が出せたものだな。一発ぶん殴ってやる!」

「なんだよ、やっぱ怒るんじゃねーか。俺は鈴木がどーんと来い迷惑って言うから……」

「お前に怒らないなんて一言でも言ったか!? 言ってねぇよな、一発殴らせろー! 一発と言わず百発くらい殴らせろー!」

 家庭科部のもやし少年の猛ダッシュなんてなかなかお目にかかれるものではない。東校舎から西校舎までくまなく網羅しつくして走る鈴木に広報部の井上が叫ぶ。

「っきゃー北斗くーん。もっと怒ってー、もっと本気だしてぇ~!」

「妙な応援すんじゃねぇ、っは!? 加藤を見失った!」

 その一瞬の隙をついて加藤は姿をくらました。手当たり次第に近くの教室をあたっていこうと手近な部屋に入ったら、そこには飯島冬姫がいた。そこは飯島冬姫の席ではないはずだが、鉛筆をころころ転がしながら座っている。

「あれ……飯島さん、ここに加藤が来なかった? ゴーグルは……あー、つけてなかったな」

「来なかったけれども」

「そうか……。あのさ、裁判の時……なんかマジになってあんなこと言っちゃったけど……」

「鈴木君、覚えている? この教室……あの番号……」

「番号? ええと……」

 教室の番号をちらっと見て、合点がいったように

「ここ受験のとき、俺が試験を受けた場所だ。俺の番号はたしか……15603」

「私もこの教室だったの」

「あれ、そうなの?」

「そのまま持って帰っちゃったんだけど、これ、今返すわ」

 すっ、と今まで転がしていた鉛筆を差し出された。その鉛筆には鈴木の汚い字で「合格!」と彫られていた。

「あっ! 後ろ、後ろの女の子? あの時髪長くなかったっけ? あと天然パーマだったし」

「……髪くらい切ります。それにこれは縮毛矯正」

 冬姫は少しだけショックだった。自分は鈴木の顔を覚えていたのに鈴木はからっきしだったのだから。

「鈴木君、これ受け取ってくれる? そして出なさい」

「はい? な……何に?」

「選挙よ。出てちょうだい」

「でも、俺は飯島さんのほうが生徒会長に相応しいと思うんだけれど……」

「私は佐藤先輩に頼まれて秋野千早を失墜させるために出ただけ。それにね……」

 冬姫はまっすぐに鈴木の澄んだ目を見つめた。その目はまだ本気の目のままだった。

「あなたこそが私が理想とする生徒会長だからよ」

 鈴木が追いかけてこないので、戻ってきた加藤はそんな会話の一部始終を聞いて、一人納得したように歩いていった。今日は一人で帰ろう。

 正門を出ると案の定、広報部と放送部が待ち伏せしていた。鈴木といっしょに出てきたらアウトだった。

「加藤君、加藤君、加藤君! 鈴木君が選挙を降りるという法廷の発言は本当ですか?」

「あー……まー、あれはたぶん無しってことで」

「あなたと鈴木君との関係の疑惑は結局晴れていませんがそこらへんどうなんでしょう?」

「本当のところ鈴木君は誰と付き合っているんですか!?」

「どうもこうも……奴は……」

 と、いうことで先程見て聞いたことを加藤はあらん限りしゃべった。

 受験で冬姫に鉛筆を貸したことや、実は森下と接触して冬姫に連絡した直後、体育館裏にこっそりまわって見ていた一部始終、鈴木と冬姫の一挙手一動の再現などをしつつ細かく説明した。その内容がかなり美化されて広報部の新聞に華を咲かせたのは言うまでもなかった。


「社長~! 念願の会長おめでとうございます」

「社長じゃなくて生徒会長……ですよね? 鈴木会長」

「お飲み物は何にしますか? 鈴木会長」

「いや~、それにしてもあのときの会長の台詞……しびれました」

「会長、ここはぱあっと当選祝いを……」

 なんなのだろう、この手のひらを返したかのようなその他五人の待遇は。鈴木はややぎこちなく会長の椅子に座っている。その両サイドにムスっとした冬姫と西園寺が座って、何か言いたげにこちらを見ている。

「なんでよりによって劣が議長なのよ? 顔を上げると正面にあいつがいて不快だわ」

「飯島が副会長なのも気に食わんが、それ以上に気に食わんのは…あいつだー!」

 生徒会室の端っこに革張りのソファ……校長室と同じものに腰掛けた加藤の姿がある。西園寺が加藤を指差した。

「なんで部外者がここにいるんだ!? 出て行け!」

「俺なんか喉渇いたんだけど、劣さぁ……職員室の冷蔵庫から何かパクってこい」

「貴様なんぞ水飲んでりゃいいんだぁ!」

「劣……行ってこい」

「鈴木の言うことなんか聞いてられるか!」

「……生徒会長の命令は?」

「「ぜったぁーい」」

 五人の声が見事にハモる。西園寺が憤慨したように

「そんな王様ゲームみたいなノリでいいと思っているのか、暴君ネロか貴様は!」

「では民主主義に則り多数決で決めましょう。西園寺の奢りで全員分のジュースを買わせに行くことに賛成の人は挙手してください」

「「はーいっ」」

「数の暴力だぁああ!」

 そう言って財布を持ってコンビニへと走る西園寺の絶叫がこだまする。

「おのれぇえ! 鈴木、許すまじッ! 会長の席を乗っ取っただけでなく彼女までつくりやがって。ちやほやされて有頂天になってやがる! あんな男をのさばらせて、コンビニまでこの僕をパシリに使うとは……うわあああ! 鈴木の人気を落としてくれる、アイコラで落としてくれる! せいぜい今のうちに会長の椅子の感触でも確かめているがいい。次の選挙では、勝つ!」

 西園寺の姿が完璧に消えるのを確認して鈴木は西園寺が戻ってこないうちに冬姫に言った。

「劣を議長に任命したのはね、あそこにいる限り会議では運営する立場で、それ以外のことが喋れないからだ。だって他の配置にすると五月蝿いだろう?」

「パシリが近くにいるのはたしかに助かるわ。加藤もパシってくれればいいのに」

「あー駄目。俺の役職『加藤』だから」

 残り五人は西園寺がいない間に議長のプレートの裏に大きく「でっ稚」と書いている。鈴木はやれやれとため息をついた。少なくとも西園寺が帰ってくるまでには冬姫の機嫌は直るだろう。


「鈴木、許すまじ。鈴木、許すまじ。アイコラ、アイコラ、アイコラ、失墜、失墜、失墜」

 まるで何かの呪文のように唱えながら正門を走り抜ける西園寺を海馬は二階の部室から双眼鏡で眺めた。

「あいつまだアイコラとか言っているわ。アタシの予想……アイコラの作りすぎで過労死」

「それは鈴木君のアイコラで学校がパンクしますねぇ~」

「あいつはわかってないわね。鈴木のアイコラ、特に目がカルトな人気を呼んでいるってことを……さすがね、ビー球ボーイ……選挙に再起したかと思ったらあっという間に票を攫っていったわ」

「アイコラが劣の人気を低下させていることにもきっと気づいてないわよ。あいつにおいては進化論はネアンデルタール人で止まってんじゃない? そういや森下、結局鈴木君が勝ったことで十万丸々戻ってきた上にいくら儲けたのよ?」

「ふっ……空乃、ワニを飼ってあげようか?」

「本当ですかぁ? 名前はやっぱりオトルがいいですぅ~」

「そんな不衛生そうなワニはやめてちょうだい。森下、そいつ絶対部室でワニ飼う気よ。そんなの認められないわ!」

「じゃあワニは諦めるとして……どうしよう、金を稼ぐことだけ考えていて金の使い道を考えていなかった。これは落ち度だ」

 困ったように呟く森下が口に咥えているのは高そうな葉巻(シガー)だった。

「あんた稼いだお金を全部煙草とギャンブルに使うのやめたら?」

「ハーゲンダッツ、ハーゲンダッツ! ハーゲンダッツのお店を買いましょう」

 最後に乱入してきたのはもちろん部長である。裁判部には奇怪な人間しかいない。いや、この学校そのものが奇怪な人間の標本を集めたのではないかと思われる。

 陸は何か思いついたかのようにまたパソコンに向かう森下を見ながら「こいつ、最初から鈴木が勝つことを計算のうちに入れていたんじゃなかろうか……」と考えた。

 さすがにこの男も神様ではないので、それは過大評価のしすぎかもしれない。しかし、裁判部によって生徒会長は決められる…そんな森下の言葉はあながちハズレでもなさそうだ。

「ねぇ森下、生徒会長を決めるのは誰だと思う?」

「東雲高校の生徒たちでしょ。当り前なこと聞かないでくれよ」

 それが本音なのかどうかはわからないが、生徒会長は生徒によって決められる。それが生徒手帳の中に記されている一節である。


(了)

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