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揚足裁判  作者: 花南
第四章
14/17

西園寺編

 西園寺は千早の言うとおり、鈴木の喧嘩と冬姫のシーンを収めた。

 海馬のお説教を聞き流しながら、現像された写真を一枚一枚チェックしていたのだが、中でも何度も見てしまうものがあった。

 鈴木が冬姫を守り角材で殴られたシーンである。あの怪我では当分箸すら持てないだろう。

「鈴木の怪我が気になるみたいね。そういう気持ちが少しでもあるなら、千早と組むのなんておやめなさいな。もっと自分の首を絞めることになってよ?」

「あああああ、うるさい弁護士だ! 明日のためにどれだけ苦労していると思っているんだ? 僕は鈴木の怪我なんて気になってないし、この写真を見ているのもこれが明日使えるかどうか検証しているからだ! こんなもの、使えん。捨ててくれる!」

 西園寺は乱暴にゴミ箱に先ほどから見ている写真を捨てると立ち上がった。

「僕は千早に会いに行く。貴様は明日の計画でも練っとけ!」

「アンタは大人しく鈴木のアイコラでも作ってりゃあいいのよ! ボケがッ!」

 封筒を持って千早のもとへと行ってしまった西園寺を見送り、残った海馬はなんだかすごく精神的に重かった。

「ホント馬鹿、馬鹿だわあいつ。救いようがないわ」

 問題は明日だ。まず西園寺が攻撃された時の逃げ道……やはり裁判のあとに必ず来る広報部と放送部を回避せねば。このままでは西園寺が負けた時、記者会見が怖い。

 とりあえず、誰か一人を徹底的に撃破してそちらに注目が向けばそれでいい。

 それじゃあ今回の裁判は誰に注目が集まるかだが…思えば一番叩かれるのは冬姫、次に鈴木、西園寺、千早だと思っていたが、その逆も十分ありえる。そして今ネタにできるとしたら鈴木と千早……では敵に回したくないのは? 味方にして得をするのはどちらだろう?

「ここはやっぱ鈴木を攻撃……」

 海馬は先ほど捨てられた写真を拾い上げた。以前ゴミ箱に捨てた時は運に救われたが、やはりゴミ箱に捨てるのは迂闊だ。

 じっくりとその写真を見ていると、やけにその写真には惹き寄せられる気がした。

 写された鈴木の横顔は今までのありふれた表情と違い、目がとても凛々しく、美しかった。まるでビー球のようである。子供の頃にラムネの中に入っているビー球は宝石のように見えた。たとえそれがただのガラス球だったとしても、だ。

「こいつこんな顔できたのね。これはさすがの西園寺も使わないでしょうよ……」

「なんのー写真を見ているんですかぁ?」

「キャー!?」

 後ろから唐突にかけられた声に海馬は甲高い声をあげた。何時の間に近寄ったのだろう、そこには空乃が立っていた。

「うにゃ~ん、気色悪い声出さないでください~。びっくりするじゃないですかぁ。今の写真……なんですかぁ?」

「去年亡くなったオバアサンの写真ヨッ! キショイ声だしてんのはアンタでしょッ!? びっくりするじゃない。何なのよ、もう。なんか用!?」

 慌てて写真を懐に仕舞う海馬に空乃は大きな封筒を取り出す。

「実は~見てほしいものがあるんですぅ。じゃーん、これでーす!」

 中から引っ張りだされたのは海馬と西園寺が作成した鈴木のアイコラだった。空乃はそれの端を爪で持ちながら続ける。

「例の謎のアイコラですぅ。海馬君、知ってましたかぁ? 印刷したての時ってぇ、指紋すっごくつきやすいって。ホラ見てください、こんなにベッタリ!」

「ははは、馬鹿なアイコラ作りもいたものだな」

 やってしまった。あれほどアイコラをアナログで作るなとか言っておきながら、打ち出す時にすっかりその理由を忘れて素手で作業していたことを思い出した。焦る海馬に空乃がマイペースに話し続ける。

「みゅーはぁ、趣味で指紋をとるセロファンを持っているんですけどぉ~指紋って一つじゃ証拠にならないんですよ。八つくらいとらないといけないんですぅ。八つですよぉ? 信じられませーん」

 困ったように眉を寄せる空乃を見て海馬はまだ空乃は決定的な証拠を掴んでいないと思ったが、まだ続きがあった。

「採取した指紋の数は二十三個ですぅ」

「ぶっ!?」

 笑って誤魔化そうとしたが、空乃は海馬を逃さなかった。

「この指紋の犯人、誰でしょうねぇ? 気になりませんかー?海馬君」

 空乃が狙っているのは自分と西園寺の指紋だ。確実に海馬たちの指紋とわかるものを探しにここまでやってきたのだ。証拠になるものを渡してはならない。

 空乃は辺りを見渡している。現像室は自分たちがずっとべたべた触ってきたため、どれもこれも空乃の手には渡したくなかった。何を持っていくつもりだろう。

「あっ、そうです! あれ見せてなかったですよね? ちょっとこれ持っていてください!」

封筒を押し付けられて海馬は思わず手にとった。空乃は自分の鞄からもう一通の封筒を取り出した。

「わたし~、知ってますぅ。海馬君と西園寺君、千早さんに脅されていたんでしょお?」

 こいつにバレていたとは! やっちまった! 

 思わず血の気が引く気がした海馬に憤慨したように空乃が言う。

「酷いですよね、千早さん。でも大丈夫です、西園寺君と海馬君は被害者です! これを証拠に秋野さんをギャフンと一発困らせてやりましょう!」

なんと! 仲間になれと言うことか? これさえあれば、千早を吊るし上げることができるかもしれない。海馬はにやりと笑った。

「空乃……アンタやっぱり侮れない女ね。一緒に叩き落してやりましょう、あの雌豚を!」

空乃の封筒を受け取ろうとしたが、空乃は空いている手をひらひらとさせてもうひとつ要求してきた。

「海馬君、その写真もください」

 写真というのは、先程の鈴木が殴られているシーンである。物々交換というわけか……この写真は指紋がついていたが、この交渉は成立させたい。しかたなく海馬は写真を渡した。

 ぱっと明るい顔で写真とアイコラの封筒を受け取ると空乃は言った。

「ありがとう、お互い裁判でがんばろうね!」

 飛び跳ねながら手を振って、空乃は上機嫌でスキップしつつ出て行った。

 海馬はほっと胸を撫で下ろす。例の証拠となる封筒が手元にはあった。その中身を確認すべく開くと中から一枚の紙がでてきた。そこには空乃の丸文字でこう書かれていた。

――鈴木北斗の暴力シーンを出したら、西園寺もろともブッ殺す。

「ビッチがッ! お前のほうが千早より雌豚じゃねぇかこのクソアマッ」

 廊下を歩きながら先程海馬に触らせたアイコラの茶封筒と写真をビニール袋に仕舞いつつ、空乃はピースした。

「証拠物件AとBを手にいれちゃいました。ブイッ!」


◆◇◆◇

 そんなことは露とも知らず、西園寺は千早と合流していた。

「西園寺くーん! こっちこっち!」

「千早殿、待たせたな……。これがその写真だ」

 渡した茶封筒の中身を確認して、千早が微笑む。

「すごい。よく撮れているわ。これなら十分いける……ねえ西園寺君、もうひとつお願いできる?」

「なんだね? どどーんと言いたまえ。会長になるこの僕に!」

 胸をどんと叩いて西園寺が鼻の穴を膨らます。

「加藤君が保健室に待機しているわ。西園寺君には二つのお仕事をしてほしいの。まず鈴木君を保健室に呼び出す。加藤君が鈴木に近寄って、キスすることになっているんだけど……うまくやってくれそうになかったら、西園寺君は加藤君の背中を押してくれる?」

「はぁぁ? 何故僕がそんなことを…」

「やってくれないの? 会長さん」

「加藤が鈴木に近寄ってキッス……どうやったらそんな危ない展開に……」

「加藤君を誘ってみたんだけど、やってくれるって。でも彼、なんだか気乗りしてなかったから土壇場でやめちゃうかもでしょ? だから、お願い」

「……ぬぅ。てっきり広報部のくだらんゴシップだと思っていたが、奴らはそういう類だったのか」

 西園寺はショックだったが、会長へと歩みだした道だった。今更断れるはずもなく、そのまま承諾して鈴木を探しに行くことにした。


 鈴木北斗は職員室から出てきたところだった。なるべく自然に気づいたかのように鈴木に話し掛けたが、振り返る鈴木は露骨に悪態をついた。

 ちらりと見た鈴木の手は思ったとおりに無残なものだった。西園寺はなぜかいつものように素直にざまぁみろとは思えなかった。だがいかにも上機嫌といった声を出す。

「やぁ、奇遇だな鈴木君。おやおや、その手はどうしたんだい?」

「また俺を馬鹿にしに来たのか? 悪いが君に付き合っている暇はないんだよ」

 平常心。平常心。ここはいつもどおりに振るまわなければならない。会長である自分は常に人の視線を意識するものだ。さらりと前髪を掻きあげてわざとらしく周りをきょろきょろと見わたす。

「そういえばあのお前の周りをいつもウロウロしているアホはどうした? 最近お前の近くで見かけんなぁ~。喧嘩でもしたのか?」

「関係ないだろ?」

ここだ! 笑え。西園寺はにたりと笑った。ついでに嫌味を言え。なんか嫌味! そして保健室に誘導するのだ。

「喧嘩したならば早めに謝ったほうがいいぞー。傷は早めに治療しないとどんどん広がる。後で治そうとしても壊疽になってたりするものだ。お前の傷も、奴の傷もな……奴は今怪我をして保健室にいるぞ?」

 ……あれ?

 今のは嫌味になっていただろうか?

 なんだかちょっと嫌味っぽくなかった。ちょっとはずしたかもしれない。

 だが鈴木は無言のまま保健室のほうへと向かったので、あとをつけていくと保健室に入っていくではないか。

「ふふふふ、鈴木め……何も知らないで……このあとお前達がいい雰囲気になってキッスしてしまえば貴様の人生そのものがジ・エンド、こんにちは、ようこそ地獄へだッ!」

 しかしいっこうにそんな雰囲気にはならなかった。終いには鈴木が「ウザい」と言っているではないか。

「ぬぅ……しかたがない。ここは少し強引だが……僕が直接手を……」

 加藤が能動的に動いてくれれば楽だったのに、結局自分の手を汚さねばならないとは。

 保健室の窓の外をちらりと見ると、千早がこちらに合図を送っている。今更引き下がるわけにはいかない。

鈴木と加藤が向き合っている今がチャンスだ! どうした、会長。行け、会長。怖気づいたのか会長。行け、行け、行け、GO!

 西園寺は意を決して加藤へと突進した。するとどうだろう、加藤がするりと横に避けたではないか!

「「あ」」

 加藤と西園寺の声が重なる。

 ドーン!

 ぶつかった。激しく衝突した。そういう表現しか当てはまらないような接吻だった。

 顔が潰れるくらいの激しい痛み……いや、潰れた。

 鈴木はしたたかに頭を打って気絶。西園寺はもはや人語が喋れなかった。痛い痛い痛い痛い。

 加藤はしばらく固まっていたが、踵を返して「じゃ、俺はこれで」とすたこらさっさと逃げ出していった。


◆◇◆◇

「なんだか計画とは違うけど…まぁいいわ。これで四角関係ってことで片付けば」

 窓の外で千早は高笑いした。


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