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揚足裁判  作者: 花南
第三章
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西園寺編

「ふははははははぁ! ざまぁみろ、鈴木!お前は今日この瞬間から生徒会長の階段が滑り台へと変わり、落選へと一直線に落ちていくのだ! 地獄の片道切符じゃ!」

「落選へと落ちていくと落ちるが重複しているわよ。それより西園寺、でかい声で笑わないでくれる? いくら早朝だからってばれちゃうでしょッ!」

 ガミガミと姑のように海馬が大声をだす。十分大きな声だった。

「落ちるを二度繰り返すことで強調しているのだ。Very muchと同じ理屈だ」

「ところで西園寺、思ったんだけどここ数日毎日毎日鈴木のアイコラばっか作成していたけれども、強敵のお姫様がいないけどそこんとこ、どうなってんの?」

「ふふふ、僕もそう思って一枚だけこっそりと作ってきた! 見よ、ここ数日の僕のアイコラの技術を!」

バン、と貼り付けられる一枚の写真。そこには冬姫の顔が三つついたキングギドラが写っていた。

「きゃはははははは! なんなのよこれは。笑えるわ、十分臍が茶を沸かしたところで本物を見せてちょうだい」

「おかしなことを言う奴だ。これこそがその姫のアイコラだ」

「おかしなことを言う奴だ。これは既にアイコラの域を逸脱している……ざけんなテメェ本気で会長になる気あんのか? えー、やる気あんのか? 殴るぞグーで!」

 ついオネエ口調も忘れてものすごい剣幕で怒り狂う海馬に西園寺が更に大声で噛み付く。

「嘗めてんのかきさん! 僕はいつでも大まじめだ。だからこうやって日々こつこつと頑張っているのだろうが!」

「せこい事しないで、もっと効率いい方法があるわよ?」

 ふと廊下の向こうから女の声がして二人は一緒にそちらのほうを向いた。

 茶色い髪の毛をくるくると巻いた女とその後ろから歩いてくる、一見爽やかな印象の美青年だ。

「ぬぬっ、何奴?」

「ぎゃー! 秋野千早! ついでに森下! こんな時間に何してんのよ!?」

「あなた達に会いに来たの。西園寺君、私と組まない?」


◆◇◆◇

「あいつらすっかり有頂天だったわね」

「どうだろうな。西園寺のほうはともかくとして、海馬のほうは少し疑っていたように思うけれど。まあ西園寺は乗り気だったから使えると思うよ。でもあいつは会長になるには票が集まりにくいと思うんだ」

 森下の言葉に、髪の毛をぱさりと肩の後ろに払って千早は鼻で笑った。

「最初からあいつを会長にするつもりなんてさらさらないわ。あいつには鈴木君と飯島さんを巻き込んで自爆してもらうの。そうねぇ、私はあとの五人の中から会長を選ぶわ。別に誰がなってもいいの。残りは最初から私の手駒なんだから。でもね……一番信頼がおけるのは森下君、あなたよ?」

「相対的に見て、だろう? デフォルトの信頼度が低いようだったら比較的信用できるといったってあてにできないな」

「またまたぁ、本当頼りにしているんだから。森下君普段からやさしいしー、それに今回私の代理人を率先して引き受けてくれたらしいじゃない?」

 どこから嗅ぎつけてきた情報なのだろう。裁判部の中にも千早の手先がいるということだろうか。森下はにっこりと笑った。食べ物の名前で呼んでほしいというちょっとかわったリクエストに応えて彼女をこう呼んだ。

「ぬか漬けちゃん、いいかい?僕が君に優しいのは君と寝たいから。君が好きだからじゃなく君と寝たいから。でもね、代理人を引き受けた理由は違うよ? 君が(かね)でできた鯉だからだよ。鯉そのものに価値があるわけじゃあないんだ。あるのは金」

「鯉とかぬか漬けとかそのネーミングセンスどうにかならないの? だいたいたった五万で動くなんて金にこだわる割にはずいぶんとお安いのね」

「生徒会予算から部費に五万貰うのはかなり難しいからね。悲しい貧乏人の宿命さ。つまり強い者に従うってことがね」

 誰もいないことを確認して、森下は煙草を咥えて火を着けた。肺に満たして口から煙を吐き出しながら続ける。

「生徒会長が選挙によって決められるなんていうのは欺瞞だよ。こう言っちゃ身もふたもないけれど、生徒会選挙の(かなめ)は揚足裁判……つまり裁判部のメンバーが生徒会長を決めているも同然なんだ」

「まるで何もかも自分の手によって動かしているみたいに言うのね」

「事実そうだからね。僕にとって勝ち負けは正直どうでもいいんだ」

 窓の外の秋風を吸って森下は目を細めた。

「自分の思うとおりに物事を運ぶ……そんなのちょっと神様みたいで楽しいだろう?」


◆◇◆◇

「アタシ、気が進まないわ」

「きさんは僕がやることなすこと全て否定するんだな」

「だってあの子、たぶん鈴木を誘ったあと西園寺に声かけたのよ?」

「それがどうかしたのか? 鈴木の野郎がチキンで、この僕こそがふさわしいことに気づいて誘いにきたのだ」

「それに、こんな体育館裏で何か事件が起こるとか言って、胡散臭いったらないわ」

 西園寺は会長という言葉に浮かれて足元が見えていない。あの森下が千早側にいるというのも、陸や空乃と違って脅威だった。変に森下たちに利用される前に千早の弱点を掴まねばならない。そう思った時、頭を過ぎったのは数日前に作ったあの写真である。

 鈴木と千早の密会……しかしあれは誰かに見つかると自分たちにとっても非常にマズいものだ。自分たちがアイコラを作っていたのがばれてしまうからだ。たしかあの時は無造作に現像室のゴミ箱に捨てたのだが…今考えるとうかつな行動だった。海馬は西園寺のことは放っておいて写真をとりに現像室へと向かった。

 現像室のゴミ箱は既に空になっていた。時計を見るともうゴミ収集の時間になっている。どうやら誰にも見られることなく始末されたようだと海馬は胸を撫で下ろした。


 その頃、西園寺は猛烈に興奮していた。あの小癪な鈴木が不良どもと揉め事を起こし、ぼこぼこに殴られているではないか。

「生徒会立候補者が喧嘩。これはスクープだ!」

 シャッターを夢中できっていると、なんと冬姫までが乱入してくるではないか。これはまた大きな獲物だった。しかし冬姫が入ってきたところで鈴木のほうが有利になった。

 少しむかっときた西園寺。その時である、鈍い音が聞こえた。体育館の中にいてもはっきり聞こえてくるような不快な音だった。

 鈴木が冬姫を庇って怪我をしたようだ。

「ちょい、やりすぎだぞ……いいのか、これは……?」

 やや怯みながらも、西園寺は不良どもが逃げ出したあと、鈴木が気になったのでなんとなく離れることができず、見ていた。するとなんだかいい感じの雰囲気になってきたではないか。

 カシャリ

 写真を収めたカメラを大事そうに撫でながらねっとりと西園寺は呟いた。

「鈴木と姫様のアツアツシーンゲット。ククク、感謝するぞ。千早殿」

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