冬姫編
「飯島さん! こんなのが貼られていたわよ?」
東校舎からやってきた陸と加藤の手には鈴木のアイコラが数枚と、冬姫の顔が三つ並んだキングギドラの写真があった。
思わず鼻で笑い飛ばす冬姫を見て、加藤が「姫って笑えたんだ」と呟いた。陸が憤慨したかのように
「まったく、誰がこんな下らないことをしたのかしら」
「飯島の写真はどうかしらねーが、鈴木の写真撮っていたのは誰か知っているぞ」
「誰よ?」
「不衛生なロン毛で、眼鏡つけてて…あのいつも鈴木にやたら突っかかってくる奴だよ」
「西園寺勝ね。どこで見たの?」
「そうそう、そいつだ。千早が鈴木に告ってたとき、奴を見た。写真撮ってたぞ」
「なんですって? 千早の証拠写真を撮っていたってこと!?」
陸が一際大きな声をあげてから慌てて声を小さくした。冬姫は写真を畳んで茶封筒に仕舞うと加藤に言った。
「加藤……現像室へ行って証拠が残ってないか探してきて」
「へいへい。そうそう、例の約束忘れんなよ?」
ひょいひょいと足早に現像室へと向かう加藤を見ながら陸は
「あの男、何考えているのかしら? 生徒会に自分の席を用意しろとか言って……第二の秋野千早にでもなるつもりかしら?」
「奴にそんな能力は無いわ」
やたらきっぱりと冬姫は言い切った。
「学校とか生徒会とか、そういうことに興味がないのよ。それより問題はちゃんと動いてくれるかどうかよ」
と、ポケットにいれていた携帯がタイミングよく鳴った。
「冬姫です」
「俺だ」
加藤の声だった。
「やけに息があがっているじゃない。変態かと思ったわ」
「ちょっと鬼ごっこしてた。それより、千早が動いたぞ。数人の手駒を集めて体育館裏に回ったそうだ」
「そうだですって? それは誰からの情報なの?」
「内緒。確かな筋だってことだけは言っておこう。それより急いだほうがいい。ターゲットは鈴木だ」
「体育館裏よ」
携帯を切ると冬姫と陸は走り始めた。
体育館裏では鈴木が既にぼこぼこに殴られていた。
しかし鈴木に抵抗する様子はなく、周りの連中も調子に乗っているようだ。まず千早の姿を探したが、自分の見える範囲にはいないようだった。
「あの女がそうそう自分から出てくるわけないか。どうせ蜥蜴の尻尾きりよ」
いまいましそうに陸が吐き捨てる。その間もいたぶられている鈴木を見て、苛々したように冬姫がそちらへと歩いていこうとしたのを陸が慌てて止める。
「どこで敵が見ているかわからないのよ?下手に手を出せば巻き込まれる。危険だわ」
「15603 15604」
「?」
ぽつりと数字を言った冬姫に何のことだろうと陸が首を傾げる。
「私と鈴木の繋がりよ。見捨てられない」
「……これを使って」
止められないと判断して、陸は近くにあったビニール傘を手渡した。長さは普段使っている竹刀の刃渡りより少し短いが、気にしてはいられない。竹刀を握るようにして冬姫はつかつかと近づいていった。
「あなたたち――」
不意打ちのほうが後々の面倒を避けれたかもしれないが、ここはあえて声を後ろからかけた。振り向いた男たちの表情が一斉に変わる。
「おい、なんでこんなところに姫が来るんだよ?」
「しらねぇよ。しかもなんか武器もってんぞ武器!」
異様な慌てぶりだったので、これはこのまま戦わずにすむかもしれないと思いつつ冬姫は続けた。
「誰の差し金かは敢えて聞かないでおきます。このまま帰ってくだされば」
「おいおい、ふざけんな。俺達はお前相手に引き下がるほどチキンじゃねぇんだよ!」
「俺達はなぁ! 安藤組の舎弟なんだよ。嘗められてたまるか!」
「そんなふざけた髪型の方たちは知りません。あなたたち、そもそも不良でもなんでもないわね?」
「んな!?」
どうやら図星のようである。あまりにも露骨な格好をしているのでそんな気がしたのだ。びしっと傘で指して冬姫は言った。
「特にそこのあなた、あなたのそのパンチパーマはカツラだわ」
「フ、フルウィッグばんざーい!」
怯えつつもやけくそになって叫ぶ男に冬姫は突進した。
「めーーんッ!」
叫んだ瞬間顔をガードした男の胴を薙ぐ。先手必勝。
「今面って言ったろ!? なんで胴なんだよ」
「あっち向いてホイで言われた方向と同じ方向を向いたら負けなのと同じ理屈です」
しれっと言って傘を正眼に構えると、きっ、と相手を見つめた。どうやら本気のようだと男たちがやばい空気を感じとり、顔を見合わせる。そんな膠着状態が少し続き、後ろから先ほど殴られた男が片手に何か握った。
「ふざけんなぁあぁああ!」
落ちていた角材を振りかぶって冬姫に振り下ろした瞬間、冬姫の前に出た影があった。鈴木だ!
カラン……
角材が地面に落ちた。
「あれ……?」
間抜けに呟く鈴木の額から血が流れている。ガードした腕もこころなしか不自然にぶらぶらしていた。
「おい! 本当に怪我させちまったよ」
「マズイよ、ずらかろうぜ!」
口々に何か言いながらあっという間に姿をくらました不良もどきを、鈴木はぼんやりと見送って、冬姫を振り返った。
「ごめんね。危ない目にあわせちゃって」
「そんなことよりもその傷を……」
「ああ、顔っていうのは出血が派手に見えるけれどもそう傷はつかないもんなんだ。後頭部を狙われたらやばいけれどもね。ただこっちは医者に診てもらわなきゃいけないかもな」
腕のほうをもうひとつの指で差して鈴木は笑った。
冬姫は慎重に鈴木のシャツを捲し上げると傷口を見た。打撲による紫色の痣がある中にひときわ黒く鬱血している箇所がある。これは自分の手にはとうてい負えそうもなかった。
助けるつもりが助けられて、しかも大怪我までさせてしまった。
すべては自分の落ち度だ。自分がお節介なことをしたばかりに鈴木はこんな目になった。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、胸が苦しくなる。そんな時は奥歯を噛み締めるのが常日頃の癖だったが、それだけでは目に上昇してくる熱いものは止められない。
人前で泣くのだけは避けたかった。こんなところで泣かれても鈴木が困るだけじゃあないか。俯く冬姫の首にそっと折れてない腕をまわして、そのまま鈴木は自分の肩へと引き寄せた。何も言わなかったが、それはなんとなくこうしておけば冬姫の顔は自分に見えないと、そう言っているように冬姫は思った。




