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不死の配送人  作者: ヘロー天気
序章
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プロローグ

ちょっと書いてみたかったゾンビ物です。






 ――秋の風はまだ温かく、生い茂る街路樹の葉がそろそろくたびれ始める神無月の朝。異変は静かに始まっていた。



 その日は、朝から身体が怠かった。風邪でも引いたのかと思ったが、そんな程度で日々の糧を得るバイトを休む訳にはいかない。

 薬を飲んでいつものように出勤して、工場内での運搬作業を終えて事務所に戻ると、工場長から一言。


「ごめん、ススム君。キミ今日付けでバイト終了ね」

「へ?」


 思わず素で「どういう事なの?」と疑問が零れた。

 工場長の話によると、工場内での運搬作業を担う部署が他の部署と統合されて無くなるため、運搬専門のアルバイト作業員は解雇されるのだそうな。

 本来なら三日前に通達されるはずだった解雇通達の連絡ミスとの事。


「なんてこったい」



 今日までのバイト料を貰い、ロッカーから『大木』と書かれたネームプレートを外すと、私物を纏めて引き揚げる。

 元々短期の募集に乗ったバイトだったのでこの職場には特に思い入れも無いが、予定より半年も早く無職になってしまった。

 給料袋から『大木(おおぎ) (すすむ) 様』と書かれた明細書を引っ張り出して金額を確かめる。


(まあ、高給だったから結構蓄えもあるし……今はとにかく身体を休めないと)


 立ち寄ったコンビニで風邪薬や栄養剤、数日分の食料を買い込み、自宅のマンションに帰宅した時はすっかり暗くなっていた。


「う〜ダルい……とにかく飯食って薬飲んで寝るか」


 ベッドに潜り込んでぼーっとしていると、遠くにサイレンの音が聞こえた。別の方向からはやたらと長いクラクションの音。そしてマンション前の広場だろうか、やけに騒いでいる人々の声。


(この時間帯なら……まだまだ遊んでる人も多いよなー……)


 随分はしゃいでいるらしく「わー」とか「ぎゃー」とかいう声が響き渡る。怠さと寒さで朦朧としているせいか、普段ならイライラしそうな騒音も気にならない。

 そのまま布団に包まり、睡魔に飲まれるまでぼんやりした時間を過ごした。



 目が覚める。まだ熱っぽく、身体は相変わらず怠い。空腹感は感じない。トイレも大丈夫なようだ。閉め切ったカーテンの隙間から、細く眩しい日差しが射しこんでいる。


(もうお昼か……翌日まで爆睡したっぽいな)


 昨日寝る前は随分と騒がしかったが、今日も遠くでサイレンの音が響いている。何だか普段より多い気がした。どこかで火事でも起きたのだろうと、気にせず布団で丸くなる。

 マンション前の広場は、昨日に比べてとても静かだ。平日の昼間ならこんなものなのかもしれない。


(どうせ仕事も無いし、このまま飽きるまで寝てしまおう……)


 これだけ休めば熱だって引くだろうと、栄養剤と薬を飲んで引き続き惰眠を貪る。



 次に目が覚めたのは深夜だった。身体の調子は悪くない。遠くでサイレンの音が響いている。


(そういやずっと鳴ってた気がするな。どんだけ大火事なんだ)


 なんだか身体がふわふわする。少し軽くなったかのような感覚に、恐らく疲労が回復して風邪も全快したのだろうと、深夜の暗い部屋で晴れやかな気分になった。

 流石に目も冴えて来たのでこれ以上寝て過ごすのは却って怠い。

 ベッドから起き上がり、テレビのスイッチを入れる。画面にはアナウンスもBGMも無く、ただ『市内の様子』とテロップの書かれた町のライブ映像が映し出されていた。

 深夜はその日の番組が全て終わった後、放送局の建物の屋上にあるカメラから朝まで夜景を映している時があるので、これもその映像なのかもしれない。とりあえず、顔を洗いに洗面所へ向かう。


 そうして洗面所の鏡の前に立ち、自分の顔を見た瞬間、思わず叫んだ。


「なんじゃこりゃー!」


 そこには、顔の悪い不気味な男が映っていた。顔ではなく顔色だ、と一人ボケツッコミをやる余裕も無いほどに酷い状態の顔を見る。

 目の周りには黒い粒々の塊。肌は薄紫で、血管の部分が黒く浮き出ている。まるで死体だ。


(死体とか見た事ないけど……これマジでヤバいだろ)


 とりあえず目の周りの塊を洗い流そうとして、自分の手も青白い事に気付いた。腕も同じく、青と紫の痣みたいな(まだら)模様に黒い血管という酷い有様だった。

 もしやと思い、身体を確かめるべくシャツをまくり上げると、朱の交じった黄色い染みがベッタリ付いていた。


「ぎゃーっ」


 まるで全身から何かが流れ出したかのような痕だった。


「……とにかく洗い流そう」


 謎の体液で汚れたシャツや下着は、とりあえずビニール袋に入れてぐるぐる巻きにしてゴミ箱へ。お風呂場のシャワーで全身を洗い流す際、髪の毛も結構抜けた。

 身体に沁みたりはしなかったが、湯を浴びている感覚もどこか曖昧だ。


(うわー……)


 とにかく普通じゃない。病院に行った方が良いと判断しつつ、風呂場を後にする。


(深夜だから救急医療センターに行けばいいのかな?)


 リビングに置いてある全身を映せる大きい鏡でシャワー上がりの素っ裸を確認してみたが、全身貧血を起こしているかのような青白さだ。斑模様になった皮膚と黒い血管が気持ち悪い。

 服を着替えて、保険証と財布を用意。そこでふと、携帯のスマホを見て違和感を覚える。


「あれ? 俺が解雇されて不貞寝始めたのって、確か四日の水曜日だったような」


 スマホの画面に表示された日付は、十三日の金曜日になっている


「……嘘だろっ、十日近く寝てたってのか?」


 ほとんど飲まず食わずで約十日も横になっていた事に驚愕する。身体が軽く感じられたのは、本当に軽くなっていたようだ。これでよく身体が動くものだと、生命の神秘を感じたいところだが、今はまさに生命の危機。

 もはやいつ倒れてもおかしくない。


「と、とにかく病院へ行こう」


 コートで厚着をしてニット帽を深めに被り、手袋とマスクも着用して家を出た。





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