出発
目の前の少女を寝かしつけ、
ようやく一息をつく。
ここ最近は色んな事がたて続けに
起こっていて、少々疲れた。
・・・一度整理した方が良さそうだな。
仕舞っていたメモ帳を取り出す為に
ポケットをまさぐったが、
見つからない。
・・・落としたか?
内心少し慌てたが、
メモ帳関係は全て清瀬さんに
預けた事を思い出した。
いかんいかん。
まだ前の世界の癖が
抜け切ってはいないようだ。
常にメモを取る、社会人の性。
目の前には
ベットに横たわる少女。
静かに寝息を立てているが
彼女には翼が生えている。
作り物では無い。
その翼は背中から直に生えており、
目を凝らして観察すると
血管が浮かび上がっている。
「・・・ふむ。」
試しに触ってみると少し固い。
触感は烏等の羽に似ている。
山の時は助ける事に必死で
あまり詳しくは見れなかったが、
紫色の固い羽が綺麗に生え揃い、
その様は一種の芸術でもある。
違う世界に来てしまったのだと、
嫌でも実感してしまう。
何気なく彼女を眺めていたが、
ふと、違和感を感じた。
ここら辺には羽が
生えてなかった筈だが。
彼女の右翼、
身体の右肩の少し下あたりに
生えている翼は
無惨にも引き千切られ、
羽並みはお世辞にも
綺麗とは言えない状態の筈
だったのだが、
今の彼女は翼がとても綺麗に
生え揃っている。
そう言えば、清瀬さんが前に
夜雀族は自己治癒能力が高いと
言っていたが、もしかしたら
この事なのかもしれない。
「松村さん・・・でしたか?」
彼女の羽をじっくり観察していると、
隣にいた医師に声を掛けられた。
確か、草薙と名乗っていた医者だ。
「はい、何でしょうか?」
「あなたは何故、
この者を助けたのですか?」
「何故・・・とは?」
医師は低く唸った。
眉間に皺を寄せ、
深く考え込んでいる。
私はこの医師が何故
先のような質問をしたのか
理解できなかった。
困っている人がいれば
誰だって助けるだろう?
その人が死にかけているなら尚更だ。
「その娘は貴方とは何ら関係の無い、
赤の他人に過ぎないのですよ?」
「他人を助けるのに、
理由が必要なのですか?この世界は。」
医師は唇を噛んだ。
まるで頬を殴られたかのような、
痛々しい表情を浮かべる。
「・・・いえ、その様な事は。
しかし・・・。」
何かに、悩んでいるのか?
「貴方も、草薙さんも
彼女を救いましたよ。」
「・・・え?」
「全く面識の無かった私に対し、
草薙さんは今こうして
安静出来る場所と機会を提供して
頂きました。
彼女と同じように。」
「それは・・・!」
「私と同じ事をしているのに、
貴方はその理由を聞きたがる。
ならば答えさせて頂きましょう。
貴方が
"私や彼女を救おうとした"
気持ち。
それが
"彼女を救おうとした私の理由"
です。」
「・・・。」
医師はまた、唸った。
彼の中で、
まだ何か悩む理由があるのだ。
私にはそれが何なのかは
見当がつかない。
だが、敢えて追求はしない。
みたところこの医師はまだ若い。
大いに悩み、そして答えを導きだせ。
そうやって人は成長するのだから。
暫くすると、一人の男性が
病室に現れた。
前に里へ来た時に会った、
山県さんだ。
聞けば先程露店で私が
頂こうとした野菜をわざわざ持って来て
くれたらしい。
「すみません。わざわざここまで。」
私は山県さんから
野菜を受け取りつつ、
彼の心遣いに謝礼を述べた。
「いいってことよ!
おりゃあ、
あんちゃんの人柄に惚れてんだ。
あんなことは普通やれることじゃない」
うんうんと腕を組みながら
店主は何度も頷く。
どうやら私が夜雀族の娘さんを
この里に運んだ事に、
好印象を抱いているようだ。
これはありがたい。
まだこの世界に来て
間も無い私にとって、
彼のような存在は貴重だ。
「あれ、
でも買った量よりかなり多いような?」
「サービスだよあんちゃん!
気にする事ぁねぇ!」
店主は豪快に笑う。
成る程、こういう人か。
「タツさん、ここ診療所ですよ?」
もっと静かにしてくださいよ。と、
草薙さんはかけていた眼鏡を
拭きながら呟いた。
"タツさん"と呼ばれた山県さんが、
更に豪快に笑った。
「んなことぁ気にせんでも
いいじゃないか!
どうせこの二人しかいねぇんだ!」
・・・言われてみれば。
ここの診療所で
私達以外の患者には
出会った事が無い。
「・・・それは皆さんが
健康だって証なんです。
私が忙しかったら
それはそれで問題なんです。」
ため息をつきながらも、
草薙はどこか楽しそうだ。
「失礼ですが、
タツさん・・・でしたか?」
「おお!あんちゃん。
そうだ、俺は山県達也ってんだ!
二度目だよな?
皆からはタツさんって言われてる!」
「あっ、これは失礼しました。
以後よろしくお願いします。」
「堅い!堅いぞあんちゃん!
俺達はもう家族だ!
そんな他人行儀にならんでもいい!」
がはははは!っと、
山県さん・・・もとい、タツさんは
大きな口を広げて笑う。
「ねぇ!」
っと。
どうやら夜雀族の娘、
沢見可奈子さんが目を覚ましたようだ。
無理も無い。
大声でタツさんが話していたのだから。
「この包帯、取ってくれない?」
いつの間にか右翼に巻かれていた包帯が
ボロボロになっている。
さっき見た時はこんなボロボロじゃあ
なかった筈だが・・・。
「解った。
替えを持ってくるから、
少し待ってろ。」
よいしょ。っと、
草薙さんは少し腰を浮かせる。
心なしか、草薙さんの彼女に対する態度が
冷たい気がする。
「必要ないわ。」
「え?」
「とってくれれば解るわ。早くとって!」
「はぁ・・・。」
草薙さんはゆっくりと、
沢見さんに巻かれている
包帯をほどいていく。
「おお・・・!」
「・・・ね?」
鼻をならし、
どや顔を浮かべる彼女。
草薙は私に向き直ると、
手を引いて彼女の後ろに立たせた。
「も、もう治ってる・・・のか?!」
驚いた!
昨日あれほどの重症だったのに、
もう傷が塞がっている!?
「ちょっと見てて。」
沢見さんはベットから窓際へ移動し、
勢いよく窓枠から飛び降りた。
「あ、おい!なんてことを!」
ここ二階だぞ?!
私は急いで彼女が
落ちているであろう場所を探す。
何て事だ!
まさか飛び降りるとは
思ってもみなかった。
折角!折角傷が癒えたというのに!
・・・いや、違う。
私は心のケアをしていなかった。
あれだけの傷を負った少女を
ほったらかして、
私は暢気に買い物を
していたじゃないか!
あぁ・・・。
なんて身勝手だったのだろうか。
彼女は相当心細い思いを
していたに違いない。
結局は私の自己満足だったのた。
診療所に運べば終わり。
簡単に思っていたのかもしれない。
その結果がこれだッ!!!!
私は頭を抱えた。
何度も何度も自分を責める。
「あのー?もしもーし?」
彼女の声が聞こえる。
あぁ、恨めしいだろう。
彼女の気持ちも考えてなかった私を
呪うために、化けてきたのだろう?
「もしもーし?」
頬をぺちぺちと叩かれた。
・・・え?
私は顔を上げた。
「!!!!」
「なんて顔してんのよ・・・。
私は夜雀族よ?空ぐらい飛べるわ。」
そこには呆れ顔で
私を見つめる沢見さんがいた。
「・・・え?」
何が、起こっている?
「治ったって言ってるのよ。」
「・・・?」
は?え?治った?
「だーかーらー!」
一呼吸置いて、彼女は再度口を開く。
「あなたが心配し過ぎるから、
治ったことを見て貰ったの!
さっきからやけに羽を触るし!
もどかしかったのよ!」
そ、そういえば、
清瀬さんに聞いたことがある。
この世界では空を飛ぶ人は
たくさんいるって。
「と、飛べるんですか・・・?」
「何のための翼だと
思ってるのよ・・・。」
呆れながら笑う彼女。
「あなたこれからどうするの?」
バサバサと羽ばたきながら
彼女は空中で肩肘をついた。
「・・・え?神社に戻るけど・・・。」
「神社?」
私は沢見さんに神社と
清瀬さんの事を説明した。
「巫女と一緒に
暮らしてるのかぁ・・・。」
沢見さんは少し考えてから、
「私も付いていっていい?」
なんて言い出した。
「え?」
「荷物、一人じゃ大変でしょ?」
「あ、いえ、そんな。」
沢見さんはそう言って
タツさんが持ってきた
野菜袋を一つ持って、
診療所の玄関に降り立った。
「待ってるからねー!」
勢いよく手を降っている。
「全く・・・。」
ため息をつく。
とんだ拾い物を
してしまったかもしれない。
後ろを振り返ると、
草薙さんとタツさんが
ニヤニヤしながら
残りの野菜袋を私に手渡した。
「早く行ってあげてください。」
「あんちゃん、上手くやれよ!」
「え?何の事だか・・・・?」
「いいからいいから!」
二人に急かされ、
私は急いで準備をして
沢見さんの元に向かった。
「さ、早く行きましょ!」
野菜袋をぶんぶん振り回しながら
沢見さんはスタスタと
歩いて行ってしまう。
「え、ちょ!待ってください!」
こうして、私達は人里を
後にしたのだった。
ーーーーー
「本当に、彼は異世界から
来たのですね。」
草薙は診療所の窓から
遠ざかっていく二人の背中を眺め、
呟いた。
片方の背中には翼が生えており、
その翼は小刻みに震えている。
夜雀族がご機嫌な時に見せる仕草だ。
「ああ・・・。
悪い奴じゃあ、なさそうだな。」
「少し変わってますがね。
とても少年の口ぶりとは
思えなかったです。」
「ほう?」
ぎらりと山県の目が光った。
「物腰が軽く、私より遥かに
肝が据わっている印象を受けました。」
「まあ・・・な。
ま、奴の世界ではあれが
普通なんだろう。
それより見たか?あの松村の反応!」
「はい。見事に驚いてましたね。
夜雀族の傷を見て驚いたフリを
した甲斐がありました。」
「ああ!ありゃあ滑稽だったな!」
二人はそうして、また笑い合う。
人里は今日も平和だった。




