(70) 血の狂い《サン・ブルグ》─── 緋の流星 ・3
ミシェルは私を見つめ返し、嬉しそうに微笑んでいた。
私はその笑顔に底が冷える感覚を覚えた。
なぜこの有り様で笑えるのか…
あの時、私が天界を去り、堕天すると告げたときと同じ微笑みだった。
私はなんと盲目だったのだろう。
ミシェルの瞳に狂気の色を感じとる。
あの時既にミシェルは狂い始めていたのに・・・
私は魔王マグナスとアルティオスの前に身体を滑り込ませ、雷撃攻撃を弾き飛ばした。
「まさか・・・!?」
まさか自分の雷撃攻撃を弾き飛ばさるとは思っていないのだろう。反対に弾き飛ばされたアルティオスは体勢を整えると、驚きに血走った眼を瞠りを私を凝視している。
「アルティオス、お前が王から魔王の珠を簒奪するのか?」
「 ──── 王にもうあがなう力は残されていない。お前にもだっ、ウィストリア・カーネリアン。」アルティオスはいつもより傲慢な態度で声を荒げた。この状況で自分の勝利を確信しているかのように吠えた。
「お前に従うものなど、この魔界にはいない。 例え、魔王の珠を得たとしてもだ。」
「ふん。お前こそ解っていない。お前はもう命が尽きかけている。簒奪してでも俺はこの魔界を支配してみせるっ!」
グッと私に力が加わる。
また、ミシェルの力だ。この魔界でミシェルの明光力は衰えることはない。束縛力の高い力にまた魔力を奪われてしまう。
「ミシェル・・・何が目的だ?魔族を滅ぼして"世界"の意に反することが君の望みなのか?」私を捕らえる光の網は、ギリギリと私を更に締め付けた。
たまらず膝をつく私を上からしかミシェルが見下ろしていた。
「・・・私はね、ウィル。もう魔界は要らないと思うの。天使達が堕天して魔界に下る。そんな道があるから、罪を重ね、許されると思っている。下るなら虚無である冥界、もう時間の中の塵となって無になった方がいい。堕天したあげく魔獣化するなんて、嫌だわ。」顔に憂いを浮かべ、そして儚く微笑む。光の天使はその美しい口から、身を焦がす毒を吐く。
「・・魔獣化するもの達は、それなりの理由がある。でも罪は1度は許される。"世界"の審判、均衡の働きだ。君の力を持ってしても無理だ。光の、浄化の聖光の熾天使たる君にわからないはずはないだろう?魔界はその者達の受け皿だ。そんな者達を受け入れる魔界の懐は深い。」
「そんなの詭弁だわ。魔界は私の世界を壊す。私はね、聖光の熾天使なのよ。」
浄化を担うなかで、その灰汁を浄化しきれなくなって、少しずつ狂いはじめていたのか。
「何をごちゃごちゃ言っている?おい、そこの熾天使!!さっさと魔王とカーネリアンを殺れ!!」とアルティオスは唾を飛ばしながら激高している。
「ふん、魔界が要らないなとどと、勝手なことを言ってくれる。」と膝をついた私の背後から皮肉げな声が聞こえた。
魔王マグナスは、魔剣は身体を貫かれたが、血の狂いに侵されていないので、まだ致命傷には至ってはいなかった。
しかし魔剣が魔王の命を奪うのも時間の問題だった。
魔王の珠を奪われる訳にはいかない。アルティオスどころか、ミシェルに魔王の珠を奪われ、最悪砕かれかねない。それは避けねばならない。
「・・・ウィストリア。あの天使がお前の?」
「ええ、天界にいた時の婚約者でした。」
「天界は婚姻を結ぶのか?」
「結ぶこともある、といいますか私は天界で敵対する者達の緩衝的な役割で、調整の天使、環の天使と言われていましたから。」
「はぁ?お前が環の天使?!?」
「いいところ、面倒な役割を押し付けられる可愛そうな天使です。」
「クックッ、本当だな。」
「ええ。」とふたりで頷き合う。
「・・出来るか?」
「陛下の想いのままに。私は貴方の臣下ですから。」
我々が守るべき、やるべきこと。
それを死ぬ前にやらねばならない。
死はもう『そこ』にあった。
でも、最後まで足掻いて足掻いて、次代に残す。最適な方法を、遺恨を残さない方法を選びたい。
ああ、兄上。
リリア、そしてリシェーナ。
そして、カミーユ。
次代を担う者達の顔が浮かぶ。
死など今まで恐れることはなかったが、私は魔王と共に逝く。
この不思議な暁色の瞳を最後に見つめ、この次代の魔界を守るものたちに想いを託した。
遠くで、リーンリーンと鐘の音が聴こえ、暁色のひとりの光で包まれた。
それは『世界球』の共鳴の音
そこで私の記憶はプツリと途絶えた。
ここで魔界の黎明篇は終わりです。
第2章は暗くなりましたが、第3章は、また魔王オルテンシアの時代になります。




