(69) 血の狂い《サン・ブルグ》──── 緋の流星 ・2
流石、天使の血肉は私にとてつもない力を与えた。
血の狂いは確実に私の命を奪うだろう。
しかし、このままにはしない。
今まで、生きている者から血肉を得ることをあえてしてこなかった。元天使族だったからか、血に餓えても生きた者から血肉を得ることに抵抗があった。あえて家畜や人工血液から糧を得ていたから、天使の血肉の力に身体の細胞の隅々まで魔力が生き返るように感じた。
生き血は、吸血鬼族としての本能が呼び覚まされる。
─── もう時間がない。最後の力を得るために、私は元の仲間であった天使を殺した。
血の狂いが蔓延するまで、既に王都も危ないだろう。しかし兄が、王都にいる。最小限に食い止めてくれるはずだ。
最大の問題が、魔王マグナス陛下がこの地に来ていることだ。多くの兵は連れてきていない。機敏に動けるよう必要最小限で来ている。護衛の多くが吸血鬼族であることが問題だった。
「ユニシース・・・」
「ウ、ウィス、トリ、さ・・ま・」十字架に貼り付けられたユニシースの命はもう尽きかけていた。
しかし、天使の血肉を与えれば、持ちこたえてくれるかもしれない。
「ユニシース、さあ飲むんだ。」
私はユニシースを十字架から降ろし、その身体を抱きかかえ、口許に血肉をあてがうが、ユニシースは力なく首を横に振ったがやっと頷き、漸く血肉を口にした。
少しずつ弱々しくそれを飲み込むと激しく噎せてしまうが、私のあまり強くはない治癒魔法をかけて楽にしてやる。そしてユニシースが回復してくるのを二人で待った。
「はぁ、ご主人様・・・御守り出来ず、申し訳あり、・・ませんでした。」嗚咽を洩らしながら謝るユニシースの創が少しずつ回復しているのを認め、血肉が失血した血を戻しはじめているのか、前より顔色がよくなってきていた。
「・・・いや、私も油断していた。まさか、ミシェルが?と。・・堕天したとはいえ、元同族だからといって、やはり魔族と天使族との隔たりは深いものだったのだと気付かされた。」自分の愚かさに自嘲気味に話す。
「・・・ミシェル様がまさかと自分も思いました。あの光輝く聖光の天使が?と。」
「・・・しかし、このままにはしておけない。」
「え?・・・しかし・・もう・・・」ユニシースは絶望的な眼差しで私を見ている。
魔力が戻っても、私が侵されている血の狂いから回復する見込みはもうない。
既に身体の色が変色し始めており、異臭を放ち始めている。身体が腐蝕し始めているのだ。魔族はあまり治癒魔法を上手く使えない。負傷した傷は直ぐに自然治癒する吸血鬼族にとって、血の狂いは、死の病だ。
治る見込みはもうないのだ。
「サルベニアに戻らなければ・・・陛下のもとへ・・」ならば命あるかぎり出来ることをするまでだ。
「・・・はい、どこまでも御供します。」私の言葉に一度は瞠目したユニシースも数回瞬くと全てを理解したのか静かに頷き返した。
サルベニアは既に大混乱に陥っていた。
夢魔族と天使族から攻撃を受け、主力である吸血鬼族の戦士は血の狂いで次々と倒れ混乱をきたし、全く機能していなかった。正に魔王マグナスが孤軍奮闘し夢魔族、天使族と戦っていた。
「おのれ、夢魔族め。この裏切り、許せるものではないぞ。」殲滅の魔将軍さながらに帰り血を浴び、自身からも血が吹き出していた。
魔王の目の前にはあのアルティオスが立っていた。
「我が魔族の国は、魔王が全て。魔王の珠を持つものが魔王と決まっている。それは"世界"の意思であり、魔族皆の総意でもある。・・・魔王の珠珠は強い者が持つと定められているのだ。お前はもう終わりだ。お前が死ねば、魔王の珠はお前から放たれる。魔王の珠は我が受け取ろう。」
「控えろ、アルティオス。お前には魔王の珠は渡さんっ!"世界"が認めぬ。天使族を引き込んで、世界の意に反して、世界の均衡を崩すのか?天使ども。」
マグナスは苦境とはいえ、魔王らしく不遜ともいえる態度で答えた。
「・・・・・」天使族はこの時もう既に傍観者だった。ただ無言で魔王マグナスに向けて弓をかまえて威圧しているのみだった。
「内輪の争いには、均衡などと"世界"は関知しない。むしろ関係が良くなって"世界"は大喜びさ。」更にアルティオスは言う。「さあ、大人しく魔王の珠を渡すのだ。」
「・・・・・・グッ・・!!」
押さえつけられるようなあり得ない力が魔王マグナスにかかる。「おのれ・・・っ!!」グワッと叫び声と共に、魔王マグナスが地面に膝をつく。
「くそっ・・・・天使族め。」魔王マグナスが地に臥せるほど力を使いマグナスを押さえ付けることが出来るのは、同等の力の持ち主しかいない。
魔王マグナスの前に力を秘めた一人の美しい天使の戦士が進んで来て、マグナスの耳元でゆっくりと囁く。
「魔族は共倒れしてもらうわ。魔族は自ら滅びる運命なのよ。」
「くそ、おのれ・・・。」
魔王マグナスも歯を食い縛り憤怒の表情を晒していた。魔王マグナスの魔力をも、凌ぐ力にあがないきれず魔王は地面に臥せる。
「魔王の珠は戴く。これで魔界は俺のものだっ!!!」
アルティオスは魔王マグナスの魔王の剣ボルググレナーレを奪い、雷撃を魔王に与え、魔剣を振り下ろそうと構えた。
「 ──── 王っ!兄者っ!」
レイウォルト・サヴィンが、魔王に覆い被さって魔剣を正面からうける。「くそっ!!どけっ!」アルティオスがレイウォルトに突き刺さった魔剣を抜き、その流れでもう一度振りかぶっろうとした。
「・・・我が身をもって、魔剣ボルググレナーレを、封印する。ま、魔王の珠は渡さない。」レイウォルトはそう言うと魔力を発動し自らの身で剣を封じた。
しかし、レイウォルトは魔王を庇ったものの、レイウォルトの身体を魔剣は貫き、剣先は魔王マグナスに達した。
レイウォルト・サヴィンは魔剣を胸に受け絶命した。魔王の魔剣ボルググレナートは魔族を弑すことの出来る唯一の剣だった。
首と胴体を離し、頭を割らないと魔族は絶命しない。しかしボルググレナートだけは致命傷を与えることが出来る唯一の剣だった。
「くっ、レ、レイ、レイウォルト・・・」目の前で部下でおり、愛する弟が壮絶な死を遂げ、しかし魔力を押さえつけられている今、魔王マグナスは死を覚悟していた。
アルティオスは今度こそ魔王を殺し魔王の珠を奪おうと雷撃攻撃を繰り出そうとしていた。
「ミシェルッ!!」
「 ──── ウィル」
私の方を見たミシェルはなぜか嬉しそうに私の名を呼んだ。




