(68) 血の狂い《サン・ブルク》 ─── 緋の流星・1
1話内で収まりませんでした。
ピチャン、ピチャンと規則正しく水滴が落ちる音が響く。
魔力が抜けたような気だるさに加え、身体を動かそうとするが、やはり縛られ転がされていて身体の自由はきかなかった。
今の魔力量ではこんな縄さえも外すことも叶わないようだった。
とにかく五感を出来る限り研ぎ澄ませ辺りを探る。
この場所はどうも洞窟の中のようだった。
ここは・・・?
むせるような鉄が錆びたような血の匂いが血に飢えたこの身体をジクジクと蝕んでいく。吸血鬼族としての本能、血に飢えた凶暴な本性が内から沸き上がる。
しかし魔力が枯渇しかけていて、直ぐに本性は潰れるように内で萎んでしまう。頭をハッキリさせようと首を降って、視界の中に捉えたものは ───── 少し離れた洞窟の壁のところに見覚えがある服を着た男の姿が目に映った。
「──っ!ユ、ユニ・・シース・・っ!」
ユニシースは洞窟内に立てられた十字架に張り付けにされていた。
爆発しそうな内をそのまま解放しようとすればするほど、押さえつけられる何が私の身体を覆う。
「 ──────────ぐぅぅ───っ!」
くそっ!!
しかし、何と酷いことをする。
ユニシースの身体がビクビクと小刻みに震えている。
私は霞む頭をもう一度振り払い、暫く瞬いてよく目をこらして見ると、手と足に杭が打ち込まれていた。頭や首辺りからも血が流れてい茶色い髪はべっとりと貼り付き、ユニシースの浅黒い肌が血の気配を感じさせないほど、青ざめていた。
奴等はじわじわと失血させるつもりなのだ。
ユニシースは瀕死な状態であっても、懸命に息をつぎ、私の方を見て、何かを伝えようと口を動かしていた。
『天使族の、仕業・・・む、夢魔族も・・』発声という音には、程遠い者だったが懸命にユニシースは口を動かしてくれたのでなんとか読み取ることが出来た。
魔族の鳥人族であるユニシーズは確かにそれだけでは死ぬことはないだろう。しかし、多量の失血は魔族であっても、命が奪われかねない。
痙攣するようにビクビクと震えているのは、失血により命の危険が迫っていることを示していた。
本当に ──── 酷いことをする。
これがかつての同胞の、天使族のすることか。身体中の血が一気に沸騰するような怒りに身体が震えた。
どこまで、どれほどまでに、ミシェルは堕ちてしまったのだろうか。
その明光力の残滓でミシェルの仕業なのは明白だった。
"聖光の天使"と言われた、天界最高位の天使が、私の婚約者であったミシェルがこうも変わってしまったようだ。
─── くそっっ!!身体の自由がきかない。魔力も奪い取られたのか力も使えない。
考えろ。考えろ!!
しかし時間が経つにつれ、ユニシーズの僅かな息使いと心の臓の鼓動が薄れて、命の灯が消えそうになってきていた。
そこに、カツッと足音が洞窟に響いた。それは僅かな羽音のような僅かな響きだった。
覚えのある匂い、気配。思い出して、吐き気がしてきた。
「 ──── 無様な姿だな。ウィストリア。」
痛む身体をひねって頭を挙げて見ると、そいつは私を見下ろすようにニヤニヤと笑い、私の目の前に立っていた。
「会いたかったぜ?ウィストリア。」
そこにいたのは、あのキリアンだった。ミシェルを盲目的に恋慕い、時に病的に執着し、常に側に付き従い、手足となって動いていた狡猾な天使。そして、ミシェルの婚約者だった私を恨んでいた。あまり高位の天使ではなかったキリアンはミシェルの夫にはなれない位で手に届かない恨みをよく私にぶつけていた。
「その身も、もうそろそろ朽ちるだろうなぁ、ウィストリア。お前、吸血鬼族だってなぁ。」
キリアンは、さも嬉しそうに顔を歪ませて言う。天使のくせしてその美しいかったはずの顔は歪み、目の周囲が落ち窪み、こいつも既に闇に堕ちてしまっているようだ。
「・・・・・」
「血の狂いって知ってるか?」
「あんたも感染っているかもな?あんたの美しい顔は既に腐り始めたみたいだぜ?」
「・・・・・」相変わらずペラペラとよく喋る奴だ。
「おい、なんとか言えよ!!」いきり立って、キリアンが引き起こすように私の襟首を掴んで持ち上げた。
「 ──────── っ!」
視線が合う。キリアンは私の視線に囚われて、一瞬硬直した。
「うっ!!ウガガッッ! ─── 何をするっ!やっ、止めろっ!」
奴の首に私の鋭い牙をたてて肉を引きちぎってやった。ホトホト不味い肉体だったが、久しぶりの新鮮な血肉をゆっくり咀嚼して飲み込んだ。
相も変わらずこいつは気が短い。無視すれば無視するほどいきり立つ。あっさりと獲物を捕まえられて、呆れるほどだった。
魔族である吸血鬼族の私の視線に囚われれば、逃げられるものはいない。
「相変わらず、お前は馬鹿だな。」鼻で笑うと簡単にいきり立つ。昔と少しも変わっちゃいない
「なっ!?なんだとぉぉ────!!」
─── そう、奴は愚かにも私の直ぐ側に来た。それは吸血鬼族のことを知らない奴等が、私の射程内に囚われた獲物に歯を立て、血肉を味わう。
血肉は我等の糧。
魔力が奥底から溢れ出るのを感じた。
キリアンの顔に恐怖が浮かんでいる。
逃げることなど、もう、遅い。
「 ───────── っ!!?」
キリアンの声は二度とこの世界に響くことはなかった。




