(66) 血の狂い《サン・ブルグ》・1 ──── 血の饗宴
「どういうことだ。先に戻っていたはずのウィストリア殿が2日前から居ないとは?」
サヴィン伯レイウォルトは怪訝そうに、カーネリアン家家宰アルカンに問う。
王都からの魔王一行が御忍びでカーネリアン家の領地サルベニアに寄りミスリル鉱山のあるカルハリートに行く予定で、先行してウィストリアがカルハリートとその領地を治めるゼフル子爵の様子を探る算段だった。
「皆様を迎え入れる準備はすでにできておりました。しかし、ご主人様が何も言伝てなくお出掛けする時は、今までもございましたので、魔王陛下がいらっしゃる時まではお戻りになるとばかり思っておりました。ですが何の連絡もなく、私共も困惑しております。」
カーネリアン家家宰アルカンはウィストリアが魔界に来てからの家来であったが暗部を引退した老齢の人狼族だ。若かりし頃は凄腕の暗殺者も、今は領地の一切を取り仕切る家宰だ。
「・・・・暗部で急に動きがあったのか?」魔王マグナスも怪訝そうに尋ねた。今までのウィストリアならば今回のように魔王が御忍びでの行幸時にも、暗部として表立っては側にはいなかったが、幾度もなく付き従っていたからだ。
「・・・共にいたはずの、ユニシースもいません。はじめは些細なことと思ったのですが・・・」アルカンの不安げに表情を歪ませた。
「何だ?」一同、この今は老齢であれ、暗部の第一線にあった術者であった家宰が、不安を露出するのは余程なことだと思った。
アルカンは不安を追い払うようにため息をひとつ吐くと、「・・・天使族のいた痕跡が僅かですがありました。」
「天使族だと!?」
「天使族が堕天すると大抵ご主人の元に来て、魔界での生活の相談や面倒をみていました。多くがナバレの暗部で働いております。しかし、そこに残されていたのは、魔界では異質の魔法の残滓でした。おそらく高位の天使族のものと思われるもので明光力と呼ばれるものです。そしてユニシースの血痕が残っており、何かしらのトラブルがあったものとしか考えられません。しかしながら、ご主人様の痕跡は全く残って居ないのです。」
「しかし暗部の者であれば痕跡は残さんだろうに。」
「いえ、ご主人様は時にわざと残される時もあります。連絡時や危機時は、仲間に対して自分の痕跡を残すことはあります。しかし、その隙さえなかったのです。何もこの屋敷で痕跡を消す必要もないのですから。」
「それもそうだが・・・。その高位の天使族は自分の痕跡をわざと残したと言うのか?」
「それはわかりませんが、ご主人は当代最高の追跡者であり、私もご主人様には劣りますが、追跡は得意としています。・・それでも掴めないのです。追跡すればするほど、靄かかって曖昧になります。」
「・・・ふむ、わかった。ウィストリアに何かが起こったことにはかわりはないようだ。」
「魔王様・・・・。」
「ここの警備態勢王城に次ぐレベルのはず。他種族の侵入に対する警戒も高かったはずだ。」
ウィストリアは影でその他なら魔王の側にいて守ってきたひとりだ。当然、魔王からの信頼も厚く、生まれながらの魔族よりも魔族らしい男だった。
「はい。ですので、誰かが手引きしたのではないかと考えます。」
「我々の動きは秘密裏に行われ、ここに来ることすら知るものは少なかったはずだ。」
「・・・王。これはキナ臭い。今回の視察は諦めて、王都に戻るべきです。」レイウォルト・サヴィンは普段からも慎重派であった。魔王の実の弟でもあり、長くサヴィン家の当主として魔王のそばを守り、魔王主翼軍大将軍の地位にあって、時に大胆な決断を下すことはあるが、大抵は熟考を重ねた決断をしてきた。
その彼が言うのだ。どうも嫌な予感がする、と。
「・・・あながちお前の勘も外れてはいなそうだ。」魔王も深いため息を吐く。
そこはすでに敵?に囲まれていた。
「ニナはどうしたっ!?」レイウォルトはそう叫び、皆警戒のため魔王を守り固めるように囲んだ。
暗部の副長のニナは感知能力に優れる吸血鬼族だ。そして、どんな侵入者をも感知し、自陣地に、敵を踏み入れさせることはないのだが、今回は違った。
ちなみにニナは、魔王とレイウォルトの実の妹でもある。ナバレ暗部の探索部隊の長でもあるマティウスと結婚している。当然、当主を守り、王都から同伴してきていたはずだった。しかし、今のところはまだ会えていない。
魔王は不快げにチッと舌打ちして、腰の魔王の剣をサッと抜いた。
そこへヨロヨロと力なくひとりの吸血鬼族が魔王の前に出てくる。
明らかに血の狂いに侵されている。全身の穴という穴から血が吹き出し、皮膚は紫色になって腫れ上がり、髪の毛は逆立ちかきむしったように乱れている。いる。
吸血鬼族長命であり、ほぼ不死身である。毒に対しても大抵のものは身体の中で中和することが出来る。高位であれば身体を流れる血液を自在にコントロールすることも出来る。
吸血鬼族がこのような姿になるのは、血の狂いによるものとしか考えられない。
「これは!?もはや、見間違えのないようない血の狂いの症状そのものだ。」ケヴィンが呟く。
「まさか、あれが・・?」
「一体あれは誰なのだ?」
「・・・お・・おに・・いさ・ま・・に、げ、て・・」血の狂いに侵された吸血鬼族が、か細いが、なんとか声を絞りだしていた。
「──── !!まさかっ!?」
「ニナ?ニナなのか!?」
兄たちの驚愕は計り知れない。
自分達の愛する美しい妹が、見る影もなく全身から血を流し、皮膚は紫色に脹れあがっている。辛うじて髪の色がサヴィン家の色、藍色の髪がわかる程度だった。
「お、おのれぇぇぇぇぇぇ───!!!何処のどいつだっお前をそんな姿に変えてのはっ!」兄たちは怒りを爆発させるが、血の狂いは吸血鬼族のみが感染する死病。ニナに近づこうとすれば、周りが必死になって止めた。
ニナが血の狂いてあれば、吸血鬼族である自分達が、迂闊に近づくことは出来なかった。
冷静になろうとすればするほど歯噛みするような屈辱と怒りで全身を震わせた。
「・・・ウィ、ストリア、様が・・っ・・天使族と、アイヴァン家のの・・・うっううっっ!」さらに身体から血が流れる。
「もう、いい。ニナ喋るな。」
「・・・う、・・ウィストリア様は、・ラ・・ライハルトに、うっ、はぁ、連れて、いかれ・・
ました。」




