(60) 緋の流星 ・3
緋色の流星を見届けた後、私は魔王城を辞した。王を迎え入れる準備ために、先に領地に戻らなければならない。王の出発は10日後の予定だ。
カミーユは兄ナバレ侯爵家で保護されていた。最近まで殻に隠ったように眠り続けていたが、ここ最近は開眼してはいるものの、感情のない瞳のままじっとして部屋の寝室から出てくることはないらしい。食事もとろうとせず、しびれを切らしたオーブリーが訪れて根気よく部屋から出てくるように声を掛けても、幾らかは返事はするらしいが決して顔は見せないらしい。
リシェーナも声を掛けたらしいが、気にするなと、一言返事があっただけだったらしい。
私も忙しくしていて、カミーユの元には行けていなかったが、急ぎ領地に戻らなくてはならなくなって、様子を伺いにナバレ家の本宅に訪れていた。
兄アレキサンダーは、魔王城に詰めていて在宅しておらず義姉のカリア侯爵婦人と甥のオーブリーがいた。オーブリーはただため息を吐き、首を振るばかりだった。
いつ来ても、ナバレの本宅は黒と紫色に彩られて、ごてごてしい装飾はあってもなんだかんだいっても以外に調和していて、いつ来ても賑やかで華やかであった。
多少のチカチカさは目を瞑っても、兄の趣味ではないことは確かだ。まあ、兄は義姉上にベタぼれだから、派手な色彩も笑って許しているようだ。
面会の殆どを断っていたらしいが、私の名を告げればカミーユの乳母から入ってくださいと告げられた。この年老いた乳母と夫はあのアイヴァンの屋敷で唯一カミーユを心から心配して、窮状をナバレ家に訴えてきた。年老いたためか動作はゆったりとしているが、心優しい瞳の狼族の女性だ。狼族だから、まだあのアイヴァン家に使えることができたのだろう。獣人族の中でも高位魔族である狼族は魔力も強いが、乳母という立場と魔力量から五大爵系の出ではないのだろう。
「カミーユ?具合はどうか。」
ここもまた明るい色使いの部屋で、確かに病人が心安らぐ色使いだが、ピンク色のシーツとカーテンに囲まれた女性部屋のようであった。胸元がはだけた薄い白い夜着も相まってカミーユのすっかり痩せてやつれた様子は、余計妖艶な美貌を際ださせていた。
「これまた、厄介な・・・」思わず心の声が漏れる。魔眼がなくともこれでは・・
リシェーナの見舞いも断るはずだな。
「・・・・こんな具合なので、見舞いも断りやすいので。」無表情であったが小さな弱々しい苦笑した声が聞こえる。
「・・・この度は、助けていただいて有難うございます。直ぐに御礼も詫びもせず、大変申し訳ありませんでした。」とよろよろと立って謝ろうとして、起き上がろうとしたカミーユを制して、傍らにいた乳母にベッドに戻すよう促す。暫くして乳母は茶をベッドの傍らにあるテーブルに置き、頭を下げ寝室を出ていった。
それを二人で見送り、暫しの沈黙が続いた。
私はベッドの側に置かれた椅子に腰かけて、カミーユが言葉を発するのをじっと待った。
「・・・でも、あの時私は死ぬべきでした。いや、もう死にたかった。」やっと発した言葉は、俯き加減で小さくそう呟く。
カミーユの瞳は光を失っていた。正確には魔眼を封じたためで、魔王が施しに来たと言う。魔王のみができる封魔術のひとつだ。しかしそれは仮の術でしかないらしい。魔力が弱った今なら効くが、数日たてば魔眼の力が勝ってしまうらしい。
「無理をするな、カミーユ。今後は魔王家とナバレ家がお前を守る。しかし、お前もアイヴァンやアルティオスに対し魔力を持たねばまた囚われることになる。魔物化寸前のお前を"世界"は生かした。その理由はわからないが、未来にお前の魔眼が必要になるのだ兄は言った。私もそう思う ──── 生きるのだ、カミーユ。」
「生きる? ─── なぜ私が生きることを許されるですか?私のこの忌々しい魔眼が必要となぜそう思うのですかっ?!」顔を上げたカミーユは絶望を滲ませて口調が強くなり顔が苦痛に歪む。魔眼を封じられているからこそ、今は感情を押さえていないのだろう。
散々、苦痛を味わい執着を呼び、親にいいように利用され裏切られてきた。死ぬことも許されない絶望。
「それは、まだわからない。・・すまない。私もその答えはわからない。」カミーユの未来が、私もどうなるかなど、答えを持たない。せめてカミーユの救いになる存在ができることを願う。
「・・・すいません、感情的になってしまいました。忙しいのに折角来てくださったのに。リシェーナのことも・・・すいませんでした。」そこで一息吐く。「私も、魔眼を少しコントロールする術を模索しています。・・・あの時、何かを掴みかけたような気がしたのです。」
「・・・よく、療養しなさい。私はこれから王がライハルトを視察されるので準備をしに、領地に戻らなければならないが、このまま安心してこのナバレのもとにいてくれていい。ナバレ家が君を守る。」そう言うと、カミーユはとても驚いた顔をする。
「し、しかし・・・」
「カミーユ。今後の、この魔族の国ペルラに必要となる魔力 ─── その魔眼の魔力を自分のものにするのだ。だが、使い方を間違えるな、いいな。」
死にたいと願うが、死ねない絶望。酷なことだが、カミーユは死んではならない・・未来のために。
きっと"世界"はそう望んでいる。
「・・・わかりました。」カミーユはそう言うと気をつけて行ってきてください、お帰りを待っています、と静かに言った。
****************
王のライハルト視察は数年に一度行われる。
魔族の国ペルラの重要拠点でもある魔王直轄地ライハルトはミスリル鉱石を産出し、ミスリル製品は我が国の重要産業のひとつだ。他のどんな鎧よりも刃を防ぎ、魔法を弾く。万能ではないものの、皆に好まれる戦道具である。その製品は莫大な利益をもたらす。とくにペルラの北東部ライハルトのザルマード鉱山からは最も質が良い鉱石が採れ、原石も加工製品も高くともよく売れる。鉱石の産出量は厳しく管理されて、その加工品も同じく管理されているはずだが、それに国内の魔族だけでなく天使族や竜族が不正な取引に関わってきているとなるとかなり厄介なことになる。
天使族の今の族長はミシェルのはずだ。彼女は戦は好まなかったが、この長い年月の間どう変わったかはわからない。
共に堕天したが、兄はとても強い力を持ち、天界のヒエラルキー最上位の熾天使であり、大天使長であった。堕天してから天界との繋がりを断ってしまった私とは違って、天界との何らかの繋がり持ち続けていただろうから、兄の言う"裏切り"とは何なのだろうか。
「ウィストリア様、魔王陛下受け入れの準備は万端整っております。」私の部下で、この領地を任せているカーネリアン家家令のユニシースは、暗部所属ではないが、共に堕天してきた頃からの付き合いだ。彼は堕天した鳥族の隼である。
「ライハルト、カルハリートの様子はどうだ。」歩きながら部下の報告を待つ。しかし、なかなか返事がない。後ろを振り返るとユニシースは目を瞠って首にナイフを押し当てられて立っていた。
一瞬の隙に、この結界内に入り込んで来ていた。それは、余程の魔力の持ち主 ─── いや、この魔界では異質な明光力。
「・・・久しぶりね、ウィル。」
ナイフを押し当てていた人物は、天界の熾天使 ──── ミシェルだった。




