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オルテンシアの瞳  作者: 香葉
第2章 魔界の黎明
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(56) 潮渦 ──── by ウィストリア・カーネリアン


短めです。

 


 魔界に来て、もうどれくらいになるのか。


 愛しい者達との別れ。過去と決別したはずなのに、私の中でまだ天使だった名残の欠片は僅かだが残っているのだろう。


 それはもう過ぎ去った思いだと思っていたのに、今になって郷愁を覚えるのだ。


 平和で穏やかな天界での生活を捨て、どうして魔族になったのか。



 兄も私も天使族との連絡を一切絶っていたわけではない。


 我々が堕天出来たのは、表向きは兄が魔界の狼族(ライカン)の姫に惚れたからという表向きな理由があったが、実はこの世界にいずれ訪れるやも知れぬ「崩壊の危機」から、"世界"が強く均衡を保つことを望んだからだ。


 三大勢力の天使族(アンジュ)竜族(ドラゴン)、魔族の力が増大しすぎ、お互いを潰すように争い始め、世界の均衡が崩れかけていた。


「崩壊」はこの世界の終焉を呼ぶ。力が強い者達は争い、浄化もされず死んだ者は腐体化し、魔物となる。力ある者達である天使(アンジュ)や魔族は特に魔物化やし、また土地の氷化が進み不毛の土地となり、魔力のなく弱い人族や人魚族は絶滅しかけ、住む場所も追われ、また住む土地を巡って争う。


 負のスパイラルを断ち、世界が望む均衡をとるため、我々が堕天した。




 我々に化せられた堕天の真の理由は、魔界の監視にあった。



 そして、いずれ来る崩壊の危機からこの世界を守り、『救いの(オーブ)を持つ宝珠(ル・オーブ)達を守る』為だ。



 『救いの(オーブ)を持つ宝珠(ル・オーブ)達』が誰であるのかはわからない。()というからにはひとりではないのだろう。ふたりなのか、もっと多いのかさえもわからない。


 だが、この先の『世界の崩壊』を防ぐ力となり、まだ幼き我が子達を守りたい。



 ──── そうずっと思ってきた。その使命を果たす為に堕天までしたはずだった。


 魔界に行くことを兄は私に言わなかった。初めはひとりで堕天するつもりで、それが私をとても淋しい、悲しい気持ちにさせ、焦燥感を覚えた。私は一族の長である兄について常に共にある気持ちに嘘はなかった。



 しかし、この感じる違和感は何なのだろう。


 危機、不安、不条理・・・ある者は不安など感じずに生きて、ある者は過剰までに不安を煽り、世の不条理を強く訴える。


 天界では、穏やかな時間、愛していたミシェルはいずれ天界の大天使長のとなり、その配偶者として傍らを護るであろう、ある意味保守的な生活と行き先の見えない魔界での生活を天秤に賭けた。


 きっとミシェルは気付いたのだろう。私が刺激と変化を求めていることを、安寧とした生活に興味が薄れ、空虚な思いをしていたことをわかっていたのだと思う。



 魔界での生活は私に劇的な変化をもたらした。


 表も裏も、駆け引きさえも、そして譲れない愛、失いたくない愛、手離せない夢・・・・魔界はとても刺激的だった。


 いくら戦いに疲弊しようとも、天界で得られなかった心の躍動を、心の暗部さえも喜ぶ自分がいる。


 その反面、私の中のもうひとつの自分が警笛を鳴らす。


 感じるある違和感の正体が、掴めない。


 兄は感じないのだろうか。血が疼くようなこの感覚。危うい、魔薬のようにじわじわとそして確実に迫るようなこの感覚を感じないという。


 ある意味、兄は皆の注目や期待を一身に浴びて光の中を進んで来た。私はその光の中にいる兄の中の影であった。いや、影であろうとした。それが、天界にあのままいたら、光の大天使ミシェルの傍らに居続けていたら、またミシェルの影となっていただろう。



 しかし、それではもっと早くに狂ってしまったはず。


 魔族に堕天したら、私は吸血鬼(バンパイア)となった。血の疼きは吸血鬼(バンパイア)故だと兄は笑う。


 しかし、私の中の微妙な変化を兄は感じ取っていたはずだ。


 少しずつ狂い始めた、この血の疼き。



  ──── さあ歌え、そして狂え。


 血の疼きはそう囁く。





 もう、引き返せないほどに狂い始めていた。









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