(49) 蒼空の夢・2 ─── by ウィストリア・カーネリアン
私が魔界に来て唯一がっかりしたのは、陽の光が届かないことだった。
ミシェルのような澄みきった蒼空の瞳のような空を、この魔界で見ることはない。
代わって魔界は夜が大半を占める。
夜の空に浮かぶ月は、時に妖しい色を帯びる赤い月。そんな夜は魔力が強まり全身の血が浮き立つ。
堕天をするまでこの身体の底から沸き立つような高揚感は味わっとことはなかった。
剣を持って狂うように振り回していた時よりも、赤い月の夜は、このカーネリアン・レッドと言われるこの瞳がより濃い色に変わる。
私達は狩りと評して、空を駆ける。天界にいた頃は今よりもっと自由であったが、─── つまらなかった。
──── 血に狂う。
そんな言葉がとても似合う。狂喜と狂気が責めぎ合う。
何時しか魔界に来て、もう200年も経とうという頃、私はある魔族の娘を妻にした。
彼女は大人しいが芯が強く、控えめで私の後ろにそっといる、心安らぐ存在だ。
この私に安らぎなど感じてしまうときが来るとは思わなかった。
彼女は他の魔族の女の多くが持つ妖艶で豊満な身体というより貧弱といっていいほどの身体だ。いつも研ぎ澄まされた剣先のように神経をすり減らしていた私が、そんなほっそりとした妻を抱き締めると心安らぐことが出来る。
そして生まれた娘も妻に似て、美しい子だった。妻は夢魔族で娘も夢魔族だ。夢を扱うが初めはとても抵抗を覚えた。しかし、その力は私に安らぎを与えてくれていることは確かだ。
ナバレ一族の暗部"黒水仙"の頭領の私は気を弛ませる訳にはいかない。妻と娘という守るべき存在を得てから、益々気を弛ませないように細心の注意をはらった。部下は優秀であったので全面の信頼を寄せ、また一族をまとめる兄には絶対の忠誠を誓っていた。
堕天した我ら兄弟を、魔界はすんなりと受け入れたわけではなかった。
天使から魔族にまさに、生き変わる。
我らは自らの意思で堕天したが、普通は天界で罪を犯せすと、否応なしに堕天させられ魔界に堕とされる。
天使の明光力は失われ、新たな魔力を得る。
天使と魔族は敵対しているから当然受け入られはずもなく、堕天して魔族と魔力が低ければ、やがて魔界の底辺で狂い、魔獣化するものが殆どだ。
そのための討伐を我らは率先してやった。討伐という名の、浄化だ。
兄には天使だった頃からの特殊な力"浄化"能力にたけており、堕天して魔族となってもその力は幸い残っていた。堕天して無くなるはずだったその特殊な明光力を兄は"世界"が許してくれたのだ、と言う。
我らは密やかに魔界の底辺で蠢く、"闇"を始末する暗部を担うようになる。我らを蔑みながらも魔族は、依頼する厚顔さを見せる。知られたくない暴かれることを恐れるのは魔族とて同じた。弱みを知る我らに魔族達は受け入れざる得ないことになった。
まあ、そう仕向けたのだが、そうして我らナバレは魔族五大爵としての地位を掴んでいった。
"浄化"した天使や魔族、そして獣人をナバレの暗殺者や間者に鍛え直し、黒水仙の一員として迎える。
「ウィストリア様。アイヴァン家の子息が地下に監禁され、表に出てこない、救出してほしいとの訴える者がいるそうです。」影として仕えるこの男も元は天使。罪を犯し堕天し魔界に堕とされた。
「アイヴァン?」最近、良い噂は聞かない一族だ。「確か、あそこはその子息のみが、吸血鬼だったな、アイザック?」アイザックは堕天して黒烏、鳥族となっていた。
「はい、そしてご息女リシェーナ様の幼馴染でもあります。」
アイヴァン家の殆どが夢魔族である一族に異色の吸血鬼が本家に生まれたと当時は話題になった。親たちはその息子を顧みることなく、放置して快楽を貪っているらしい。魔族は一族の絆が強いが、種族としての絆も深い。例え吸血鬼の両親といえど生まれてくる種族が違うことがありえる。種族が違えばそもそも能力も違うので、親は教えることはできない。そこで一族に同じ者がいれば息子、娘を預けてその能力の使い方を教授する。いなければ家庭教師を雇い、教授する。
五大爵はとくに血族を重視し、いずれこのペルラ王国の中枢を担うので、息子、娘の教育には熱心であるのが普通だが、あのアイヴァン家は夢魔族のみで構成される特殊な一族であった。享楽、惰性を具現化させたような一族は、おおっぴらに堕落した生活をしている。隷属支配、奴隷の売買、娼館など性を売り物にする商売をしている。
それだけにあの一族で吸血鬼であることがどれだけ難しいのか想像がつく。同じ同種族として以前、手を差しのべたこともあったのだが息子自らこちらと縁を切ったのてはなかったか。
「リリィもリシェーナも夢魔族であったから、私がカミーユの教授をしていたが、カミーユ本人が断りを入れてきたのだぞ。」美しく繊細で魔力は弱く、そして親の愛情に餓えていた。
そんなカミーユをリリィとリシェーナは気にしていたがカミーユ本人が私達から縁を切ると言ったのだ。何度も言い聞かせたが、カミーユはもう十分ですと言って聞かなかった。こちらで保護することは出来たが、しまいにはアイヴァンから慇懃無礼な礼状まで届き、これ以上手を出すことが出来なかったのだ。
「解った。浅からぬ縁もある。アイヴァンを調べろ。まあ、あの一族は影で色々やっているからボロボロと要らぬものまで出てきそうだが、カミーユに関しては別だ。監禁が真実なら──── 救出する。」




