(48) 蒼空の夢・1 ─── by ウィストリア・カーネリアン
今は亡きウィストリアのお話。しばらくお付き合いください。
更新もなかなかできずすいません。よろしくお願いします。
私はウィストリア・カーネリアンという。
元は天使族であり、兄と共に堕天してこの魔界に来た。天使族のなかでも兄は最高位の熾天使であったし、まだ年若い私は座天使であった。
世界は常に均衡を望むが、力有るもの達は争い、種族存続のため気に食わない者を排除しようとする。共存共栄の精神は元から無いと言える。
特に天使族と魔族、竜族は古えの頃より相容れることはなかった。
国が隣り合っているわけでもなかったが少しのことで小競り合いを繰り返していた。
我々天使族は、好戦的である。それは殆ど本能といっても良い。そして傲慢で無慈悲な種族だ。
ある時、魔族との戦いでセリムディアスが捕まってしまい救護に向かった私達数名も、魔族に捕まった。
その時、私は戦いで怪我を負ってしまった。当時、医聖はとうとう老いで命の終焉を迎えようとしており、治癒魔法に優れた天使がなかなか派遣されずにいた。私自身の治癒魔法では、癒しきれなかった傷だったが、魔族の娘が甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
我々天使族は、他の種族に無関心で、無慈悲のはずなのに、なぜ魔族は、怪我を負った我々の世話などする?敵なのだから慈悲をかける必要もないし、いずれ我々の傷も癒えるだろう。
ただ、なぜか治癒に時間がかかった。
そうこうしているうちに、捕虜となったセリムがある魔族の奥方に惚れてしまい魔界に帰らないと言い出したりetc.・・・大変だったので思い出したくもないことが色々あって、捕虜交渉が膠着した。
最高位の熾天使であった兄が来たはいいが、私の世話をしてくれていた魔族の娘に一目惚れしてしまい、魔族に堕天すると騒ぎだし・・・ああ、思い出したくない・・・悪夢のような日々。
私は兄をとても慕っていたし、案外魔族は想像していたものとは違うことが解った。
私は兄と共に堕天し、魔界に行くことに決めた。
それは、私のなかでは案外、葛藤はなかった。─── ただ、私の恋人には別れを告げなければならなかった。
「・・・・行ってしまうのね。」
「・・・・すまない。」
ミシェルの瞳は珍しく弱く揺れていた。いつも他人には決して弱さを見せることはない彼女が少しの動揺を見せていた。
いや、動揺というより諦めに近いのか。彼女はゆっくりとそれは深い溜め息を吐いた。
「 ─── もう、決めてしまったのでしょう?」
「・・・ああ。」
彼女に話したとしても、気持ちは揺らぐことはないだろう。ただ、彼女には申し訳ない気持ちはあった。
「貴方はいつも自分で決めてきた。・・・そして私が何を言っても、もう貴方を止めることはできないこともわかっています。」
「・・・・。」
「・・・私はこの天界を離れることはできない。貴方についていくことは出来ない。」
彼女ならそう言うだろうと思っていた。彼女は熾天使。天界の筆頭天使である兄が堕天し、天界を去った後の天界を守るべき筆頭守護天使 ── 大天使長に成る者だ。
美しい黄金の髪、天界一の青空のような蒼い瞳はどこまでも澄みきっている。明光力も強く次代の大天使長に相応しい。
私には過分な恋人だ。何故、私だったのか。私などは、ただの座天使にすぎないのに。
「・・・ウィル。いいえウィストリア。貴方のご多幸を祈っています。・・・出来れば貴方とは争いたくない。でも、貴方は魔族になる。私達はいつ敵対するやもしれない・・・その時、貴方は私達の敵となる。そうでしょう?」
私達はいわば、裏切り者。天を裏切り、魔族に堕天する。
天界との縁を切るということだ。堕天すれば、天界に戻ることは叶わなくなる。
「 ─── そういうことだ。」
彼女の瞳は、もうどの感情も表れていなかった。私の眼をしっかりと見つめ返し、ただ淡々と受け入れていた。
「わかったわ・・・・さようなら、ウィル。」
彼女はそう言うと、この場を立ち去った。もう、私を振り返ることはなかった。
・・・彼女と私らしい別れだといえた。ただ最後に彼女がいつも私を呼んでいた私の愛称でさよならを告げるとは思わなかった。
そこに彼女の優しさを感じた。一度は愛称を訂正し、名を改めて言ったときよりも。
感情を露にしないけど、でも優しい彼女の気持ちが私にはとても嬉しかった。
私は彼女が視界から消えるまで、そこに立って見送った。私はそうすべきだから。だから、どんな言葉も諫言をも受け入れるつもりだった。
そこへ、カサッと地面を踏む音が聞こえた。
警戒で全身が総毛立つ。別れで気を弛ませてしまったのか、自分の迂闊さに舌打ちし、全身が震える。警戒を怠ってしまった。この一瞬の隙が命を脅かすのだ。
身を翻し、素早く相手の背後に移動して喉元に武器をあてる。
「まっ、待て・・・ウィ、ウィストリア。」
そこにいたのは、キリアンだった。押さえた喉元は情けないことに震えていた。そういえば、キリアンは普段は虚勢を張って威張るのが得意だった。
「・・・脅かすな、キリアン。私の背後に忍び寄るな。しかも今の話を聞いていたな。」
この天界も完全なる階級社会。下位の天使に遠慮はしない。
「わ、悪かったよ。ウィストリア。だから、その武器はし、しまってくれ。」キリアンの声は震えていた。
キリアンは何かといつも私に絡む。少々鬱陶しい相手だった。しかもミシェルに相手にされていなかったが、懸想していた。キリアンはミシェルの従兄だったので無下には出来ないようだ。ミシェルはキリアンにも優しい。
私に絡むのは、嫉妬からだとは解っていた。あからさまな好意に気付かないミシェルもミシェルだが、私とてキリアンの行為を許した訳ではなかった ─── しかし私はこの天界を去る身だ。
だが、別れ話を他人に、特にキリアンには聞かれるのは何故か癪に触った。
「・・・今後もミシェルがお前に惹かれることはない、決して。」
「 ─── なっ!?」キリアンの顔に動揺が見られる。いつも、あわよくば私に成り代わろうとしていた。ミシェルは優しいから気が付かなかったが、影でこそこそしていたのは知っている。ミシェルに色々吹聴していることも。
キリアンの瞳が私を憎むように歪む。
本当に天使は好戦的で、狡猾で、唯我独尊。
・・・・まだ私も天使なのだか。
「・・・覚えていろ。」
「 ──── おもしろい。お前が私に優るならな。」
そうして、私と兄は天界を後にした。




