(4)幼き主人──by カミーユ・クリストフ・アイヴァン
カミーユ視点です。
カミーユは奔放な父や母のせいで、特に女嫌いになってしまいました。
これからオルテンシアと接していくなかでどう変わっていくのでしょうか?
今日は次期魔王であるナバレ侯爵令嬢オルテンシア様がこの魔王城へ入られる。
長年の我々の悲願、生まれながらの属性"魔王"、尊き暁の瞳を持つオルテンシア様は、伝説の魔族でもある不老不死者アレクサンダー・ナバレ侯爵の御令嬢だ。
この度、オルテンシア様が魔王になられた時は、正式に公爵になられるだろう。そうでなくとも、先の魔王が病んで混乱した我が国に憎き天使と竜が攻め入ってきた時、魔王に代わって魔王軍を指揮し、撃退した功績は高い。
元々、世界球の間の管理の任は天使達の国天界にあった。
しかし先の魔王が病んだ隙に我が国に攻め入った際、世界は均衡を乱した天界と竜国に罰を与えた。世界球の間の管理を我々に与え、天界と竜国の向こう500年の謹慎及び子孫の誕生を停止した。
我らが思った以上の罰を与えた世界にも驚いたが、それ以上に天使と竜は混乱していたな。 まあ、いい気味だ。
厚かましくも天使と竜は敗戦補償に次期魔王と大天使との婚姻を結んでもいいなどと言ってきたが、もちろん無視した。
世界は均衡を求めているから、婚姻を進めることが世界の望む形などとわめいていたが、天使や竜と我らの王が婚姻するなど寒気がする。
我ら魔族は狂暴で好戦的であるように言われるが、他国との戦はいずれもあちら側から仕掛けられたものばかりで、我らから仕掛けたことなど一度もない。なかにはどうしようもない馬鹿はいるが、よほどあの天使供の方が、好戦的で始末に終えないほどしつこい。
ただ単に面倒事が嫌いなだけなのだが、干渉だけには一切容赦するつもりはない。
そして、あの混乱のなか新しい我らの魔王が誕生した。そのためにあの争いが決したといえる。
暁のオルテンシア ─── 暁の時の刻々と変わる神秘的な空を映したような、赤とも紫とも青ともいえる美しい瞳。髪の色は魔族最高の印でもある漆黒。
だが、あまりにも幼く儚い身体に魔王が務まるのかと思ってしまっても仕方あるまい?
思った以上に感情を落ち着かせることができず、小さき王を怯えさせてしまった。
無表情はまだ年若い私の鉄壁の防御でもある。
周りからの誘惑 ─── この顔がなぜ男女問わず好かれるのかはわからないが、父や母のような淫らな愚かしい大人にはなりたくないと、感情を殺してこの世界で生きてきた。
昔から魔力制御に優れた能力に秀でていたとは思う。攻撃より、制御を得意とし、魔法磁場の安定を担うことの多い私が、まだ幼い魔王が魔王の珠を引き継ぎ受け入れる際に魔力の暴走を制御する役目をすることはわかる。
しかしなぜ私が専属侍従をしなくてはならないのだ?
侍従推挙は、魔王の父であるナバレ侯爵からだと聞いている。
一応私は伯爵で、外との交渉事を担ってはいるが、幼い子供の面倒など見れるはすがない。
しかも魔王であっても女子だ。あと数年もすれば、いずれ魔族の女供と同じようになってしまうに違いない。
考えただけでも恐ろしい。
「おいおい、カミーユ!しかめっ面を止めろよ。睨むからオルテンシアが怖がってるだろ?」
考え込んでいたら、オーブリーに逆に睨まれた。オーブリーは年も近く同じ吸血鬼だ。学院でも同じ時を過ごして、悪戯も共にした云わば悪友だ。いつでも変わらぬ友情、ほぼ唯一といえるほどの信頼できる親友だ。
睨んでいたわけではない。「……いや。」と否定しておくが、オルテンシア様は明らかに怯えている。オルテンシア様は私の友の大事な妹だ。
私の仕業なのか?
そこへ「まあまあ、オーブリー落ち着け。カミーユ殿はオルテンシアに会うのは初めてだろう?あまりにも幼いので驚かれたのだよ。…… 確かにオルテンシアが生まれてたった6年。これから魔王教育を受けるよりも先に魔王の珠を受け入れなければならない。受け入れる身体うつわがこんなに小さくて耐えられるのかと思うのは当然だよ。」と言うナバレ侯爵の声と「私もそう思います……。」と信じられない同意の言葉。
「ふふ、魔族にしては謙虚な子だろう?」我が子にメロメロな父親が自慢げに私に言う。
「でも魔族は他者にへりくだったりしないのだよ、オルテンシア。」
オルテンシア様は瞳を瞬き、首を傾げている。
大抵の魔族は尊大で自から間違いを認めたりはしない。殆ど他人との交わりをせずに成長した、云わば魔族らしくなく純粋培養された魔族はいなかったはずだ。
まだ生まれて間もない幼き魔王。
長年の鉄面皮はそう簡単には崩れない。とにかく、オルテンシア様の私の第一印象は最悪だったはずだ。
─── 私は思いもしなかった。
この後、この "暁のオルテンシア" に感情を揺さぶられ、翻弄されるなど夢にも思わず、ただ変わってほしくないなどと呑気に思ってしまったことをとても後悔する羽目になる。