(30) 告白・4 ─── by カミーユ・クリストス・アイヴァン
「酷いです、カミーユさん!あれをアルトに見せちゃうなんて!カミーユさんだって内容聞いたのですよね?!」
振り返ると、私たちの腰の高さにも満たない、まだ幼いはずの女の子のはずだった。
暁の焔のような瞳 ふたつの燃えるような宝珠
これが、魔王の珠なのだ。 ─── 魔王の珠は瞳に宿る。
「オルテンシア様・・・」私は、眠り続けていたオルテンシア様の容態がただ心配で、夢中になってニホンゴを理解しようとしていた。オルテンシア様が書く"計画"内容も理解しないまま、ニホンゴが解るという熾天使殿に読解してもらいたいと思ってしまったので、オルテンシア様の書いた本当の思惑を逸してしまって、・・・いたようだ。
まだ深くオルテンシア様の事を理解できていなかったのだと、愕然とする。
私は何故か"解っている"という思い上がった考えになっていたのだった。
出会ってからほんの短い間のそれほどまでに、オルテンシア様に焦れ込んでしまっていたのだろうか。
幼くとも怒りを纏わすとはこういうことなのか。
身体から、沸き上がる魔王の魔力に圧倒される。
瞳を暁色に染め、纏う魔力も暁色。
─── それは、怒りを帯びた茜色だ。
私はその魔力に圧倒されながらも、その美しい輝きに魅せられていた。魔族なら、うっとりと魅せられるに違いない魔力。
しかし、その魔力は不安定で、強すぎるためオルテンシア様に多大な負荷をかけてしまう恐れが高い。
オルテンシア様の手がブルブルと震えていた。
オルテンシア様の魔力の暴走を制御しないと、と冷静に思う自分と、オルテンシア様の怒りの魔力に圧倒され、嫌われたのではないかと焦る自分がいて、心がとてもざわついた。
・・・どうしたらいいのだ。
「あれをアルトに読解してもらうなんて、酷いじゃないですか!カミーユさんは折角綺麗なお顔なのに、無表情で感情を殺して生きていて、周りによそよそしい態度しかとれてなくて、人見知りで、でも私に見せてくれた本当の笑顔はやっぱりとても綺麗で。あなたをどうしたら笑顔に出来るのかと考えた計画なのに。側にいてもらえるように私のことを好きになって貰わなくちゃならないのに、知られたら意味がないんです! ──── なのに、ニホンゴが解るアルトに見せるなんて酷いっ!」
「・・・・・・・」・・・今、何と言っていたか?
「紫陽花・・・」熾天使が呟いて、「オルテンシア・・・」私の横にいたオーブリーが手で目を覆っていた。
まさか・・・!?
「 ───── !!」オルテンシア様の顔が一気に赤くなったり、青くなったりしているのが、大丈夫だろうか。
私はというと、もう・・泣き出してしまいそうで、
・・・でもとても嬉しくて、自然と笑顔を浮かべていたと思う。
「ふーん、因みにオルテンシアのその計画は何てかいてあったんだ?見たのか、カミーユ?」オーブリーも意地が悪い。
「・・・カミーユ、まだあげないと言ったと思ったが?」ナバレ侯爵が真っ黒オーラで悔しそうに「未だ六歳なのだぞ。」呟いていたが、気になんかしていられない。
「・・・私は内容を知りませんでしたが、今、オルテンシア様が教えてくれました。」私は照れ隠しにコホンと咳払いをしてみた。
「・・因みに、熾天使殿は内容は教えてくれませんでした。以前、オルテンシア様を追求したときに、私を笑顔にする計画書であることは聞いていましたけど、人見知りでよそよそしいとまで、書いてあったのですか?」声が震えていなければ良いが。
「・・・まだ、そ、そこまでは書いていませんでしたけど。」全身を赤く火照らせたオルテンシア様がまた可愛くて、ついついからかってしまいたくなる。
「あーあ、オルテンシア。お前はどうしてこんなにお馬鹿で、可愛いのだ!」身も蓋もない言いようだが、オルテンシア様はオーブリーに抱きつかれて、ギュウギュウ締め付けられていた。本当に仲の良い兄妹で、家族の情に厚い。
こちらが嫉妬してしまうほどにだ。
そんなふたりの横にスッと私はかがみ屈んで伝えた。
「オルテンシア様にそこまでお気遣い頂き、とても嬉しいです。」全力笑顔を二人に向けた。それくらい心から嬉しくて、表情なぞ取り繕う気持ちもなかった。
「げっっ。」オーブリーが叫ぶと何やら落ち着かなげに、モゾモゾしだした。「・・・う、うっっ、カミーユ、勘弁して、・・くれよ?」
申し訳ないがもう遅い。絶賛垂らし込み中だ。
「・・・私は生まれた時から、この魔眼のせいで、周りを混乱に陥れ、魔界を滅ぼす元凶と忌み嫌われ、避けられていました。幼い頃の私に友は誰ひとり居なかったのです。でも、こんな私にもオーブリーと乳母のサラがいて、私をあの地獄から救いだしてくれたのです。」オルテンシア様は、忌まわしいと言われた私の瞳をじっと見つめ返していた。
「そしてオルテンシア様が魔王として生まれ、戦いが終結しました。・・・元凶となった私が魔王オルテンシア様の側にいてはいけないと思ったので、専属侍従の役目を辞そうと思っていましたのに、故かナバレ侯爵に選ばれ、まして小さい女の子の相手など出来ないと思っていました。・・・初めは本当に困惑しまして、失礼な態度しかとれませんでした。」
「・・・カミーユさんも、力もない身体の弱い魔王に、さぞ呆れたでしょうね。」優しい声でオルテンシア様は言う。
「・・・実際、あの時私の心はもう死んでいたのです。でも、オルテンシア様のお優しい気持ちに触れ、考えを改めたのです。」
そして、心を落ち着かせるために一息吐いた。
「─── もしオルテンシア様がよろしければ、ずっとお側に仕えることをお許し頂けますか?」
泣きそうで、でもこれまでにない極上の笑みをオルテンシア様に向けた、と思う。
「・・・・カミーユさん。」この私の魔眼を、まともに見つめ返せる者など今までいなかった。
視るものを狂わせる"狂喜の瞳"・・・全ての者を狂わせると言われた。親でさえも私を遠ざけ ─── そして闇に突き落とした。
だが、何故だかオルテンシア様にはこの魔眼が効かない。何故なのか?
オーブリーはとうとう耐えきれなくなったのか、抱えていたオルテンシア様を手放した。
ゼーハーと荒い息をしていたが、それでもなんとか理性を保てるオーブリーも、奇跡に近い存在だ。皆、ナバレ侯爵の壁のなかで保護されていた。後に聞いたがオーブリーは果敢にもオルテンシア様が狂い、私たちがが傷つくことのないように、保護の為(万が一でもオルテンシア様が狂うことのないよう)にオルテンシア様を抱えていたらしい。
私のこの瞳を見据えたまま、オルテンシア様が私に言う。
「でも、私の気持ちや、その・・・存在は貴方には負担ではないのですか?」
これほど迄に真っ直ぐに、ここまで澄んだ瞳で私を見る者などいなかった。まだまだ子供だ、オルテンシア様の気持ちは恋愛にはほどいだろう。
狂喜に溢れた瞳、執着した眼差し、嘲り、まともに心を向けてくれる者などいなかった。
実はこの瞳を潰してしまおうかと思い、潰したこともある。しかし、すぐ再生してしまい、さらに魔眼の威力が増していまい、諦めたこともあった。
「寧ろ、とても嬉しいです。・・・まだまだ、お父様である侯爵のお許しが頂けないのは、私の方ですし・・・。」と返す。
「ああ、アルト。今はとても分が悪いみたいだよ?・・・このアレキサンダーの時のように、異種間で結ばれるのことは簡単ではないよ。それでもいいの?」智天使はそう言うが、熾天使は諦めていないとはっきり顔に浮かんでいた。
堕天までして魔族になったオルテンシア様の両親の大恋愛に羨ましげだか、息子は「オルテンシア・・・期待しているところ悪いが、この父と母に素敵な物語は期待するなよ?」その期待を直ぐにへし折っていた。
「・・・そうですよ。この人たちはもっとこの魔界と天界を混乱に陥れたのですからね。・・・思い出したくもない。いつまでも借りが出来た気分を引きずらなくてはならない私の身になってみなさい。最悪ですよ、この人たち。もと最高位の天使だったとは程遠いほど昔から腹黒かったのですよ。寧ろなぜ天使に生まれたのか甚だ疑問です。」智天使が言うので「・・・お前にだけは言われたくない。」・・・お互い憎まれ口を漏らすが、長い友情の現れなのだろう。
「・・・俺は諦めない。でも、魔王はこの世界ではまだ幼いし、これからは俺の想いを少しずつでも伝えていこうと思う。」と熾天使は、やはり諦めていないようだった。
オーブリーとナバレ侯爵のお墨付きの頷きをいただき、私はサッとオルテンシア様を抱え込む。
天使に易々と我らの魔王を渡すつもりとないし、堕天したとしても受け入れるつもりもない。
「カミーユ、お前っ!!」
まさかこの後何百年もこの攻防が続くのだが ─── オルテンシア様を思う気持ちは負ける気はない。




