(20)天界からの訪問者・1 ─── by カミーユ・クリストフ・アイヴァン
暫く、カミーユ視点で話が続きました。次もカミーユ視点の予定です。
世界球の間の、ひときわ輝いていた球は天界の球だった。天界は実質の支配者はいないが、階級で強さ、位を別けているらしい。
その中から階級が一番高い熾天使のひとりの派遣が決まった。治癒能力に長けた者らしい。
しかし、私もただ手をこまねいてばかりではいられない。薬草(魔界には魔草の類いしかない)生薬(とりあえず魔物の肝や骨)、ハーブ等の本を読みまくった。治癒魔法を使えぬならそれしかないと思い至ったのだが、材料を取り寄せたりするのは思いの外、困難だった。
オーブリーも今まで家の者に集めさせたりしていたらしい。天界や竜国、そして人族の国からも取り寄せていた。
「・・・何だか、お前って研究熱心だったんだな。優秀だと思ってはいたが、まさか魔法以外に目を向けるとは思わなかった。」とオーブリーが言う。オルテンシア様は、今のところ薬のお陰で熱は下がっていた。
「仕方ないだろう?私には治癒能力がないのだから。・・人族には、ハーブや薬というものがあって、魔法の類いは人族は使えないのでそういったもので治すらしい。」私は生薬を乳鉢という椀の中ですりこぎを使って潰している。人族の本には詳しく配合など記載されていていた。
「お前がオルテンシアにそんなに熱心になるとは思わなかった。」
「・・ただ、人族の言葉は難しくて判らないのが難点だ。オルテンシア様なら読解出来そうな文字で書かれているものがあって・・。」
「・・そっ、そうか悪いな、オルテンシアのためにありがとうな。」
聞き慣れない感謝の言葉をオーブリーが言ったので一瞬驚いて顔を上げ、オーブリーを見てしまった。「・・オルテンシアはいつも素直な感謝の気持ちを周りに伝える。何か"感謝"ってよくわからなかったが、感謝されるってことは案外嬉しい気持ちになれる。」
「・・そうだな。」
とにかく、優しい心を持つオルテンシア様が少しでも楽になって頂きたい。そして、あの暁の瞳をまた私に向けてくれるならば。
天界からの訪問者 ─── 治癒能力の高い天使、熾天使がこの魔界に魔王の病を癒すために訪れる。それは今までの経緯を思えば、前代未聞だったろう。
天界とは、魔王城にある部屋のひとつに、「天界の扉の間」というものがあり、世界の許可と双方の了解が有れば、転移門が開かれる。因みに世界球が天界から移つされた時もこの天界の扉の間の転移門から移されてきた。世界球の間には転移門はもちろんない。天界は中空都市にあるので、羽や翼があるものならいこうと思えば行けるが、案外天使は戦いを好むので、あまり近寄らないようにしている。それに転移門の使用は世界の許可がいる。
そこに現れた一行・・一行といってもいいのか、思ったより少人数で現れた。
3人で現れた天使達は確かに眉目秀麗という言葉が相応しい、内に秘めたる癒しの力も、私が今まで会った天使たちよりも強いようだ。高位の天使は6枚の翼を持つというが、今は納められているらしい。私の種族、吸血鬼も翼を持つが、同様な形で納められているのだろう。
私もナバレ侯爵やオーブリー、宰相、護衛のシセロ・サヴィンと共に天使達の来訪を出迎えた。
真ん中に立つ男が熾天使のようだ。白に近い長い金髪に碧眼の瞳をした男だ。服装は白の長い長衣を纏っている。驚いたことに3人とも、高位の天使らしい。後ろに控えているひとりは護衛とのことだ。
「わざわざの御来訪、感謝します。ようこそ、魔界へ。」宰相が我々のなかから進み出て出迎えの挨拶をした。
「これは・・わざわざの出迎え感謝致します。」熾天使でないもうひとりの男、性別があまりはっきりしないのが天使達の特徴だか、智天使らしき天使が返した。
双方とも言葉に感謝を滲ませてはいるがかなり慇懃無礼ともいえる態度だ。
そのなかでも、熾天使である天使は明らかに不満げだった。
「挨拶などどうでもよい。早速だが患者の診察をさせて頂きたい。」
挨拶もそこそこに、熾天使がそう言いはなった。皆、目を丸くしたが、要請してから暫くの間があったのだ。小康状態とはいえ、オルテンシア様が目覚めていない事には変わらない。
そういうので天使達をオルテンシア様の部屋へ案内する。
家具はそのままだったが、カーテンや敷物のムートンは落ち着いた色合いに変わっていた。なので、天使達に色の洪水の衝撃は和らげられているはずだ。オーブリーに言わせると、かなり落ち着かないと気を病んでいたらしから、少しずつ指示して変えておいた。
オルテンシア様は汗や身体も拭かれて、着替えたので今はこざっぱりしている。まだ夜になると多少熱が出るが、荒い息を吐いて苦しそうな様子は今はない。
「男性陣は出て頂こう。侍女や女の護衛はいてもらっても構わない。」全身を診察するとのことだ。
部屋を追い出された男たちはオルテンシア様の部屋のムーンルームに通されていて、茶菓が振る舞われた。
「悪いですね。うちの熾天使は医学馬鹿で、根は悪くないのですが、診察や研究などに没頭すると回りが見えなくなりましてね。悪気は無いのですよ。」と智天使が言う。
この智天使は明るい栗色の髪と榛色の瞳は知的で、穏やかで柔和な顔立ちをしている。
「いや、気にしてないので大丈夫だ。」とオーブリーが返す。
「この茶菓はとても美味しいですねぇ。初めて食べました。これだけでも、魔界に付いてきた甲斐がある。」
「ああ、それはオルテンシアが考案した菓子だ。"マカロン"というらしい。この他、色々と考案しているが、また明日には違う菓子をお出ししよう。」
魔族は甘いものに目がないが、天使も例外ではないようだ。我々もオルテンシア様の菓子を初めて頂いた時は驚いたものだ。
「オルテンシア?魔王の名はオルテンシア・・様と言われるのか?」
「そうだが?なにか?」
「・・いや、オルテンシアの花の色は移り色、そうか、名は瞳の色からとったのですね。」いやはや、アレクサンダー殿らしいとも呟く。
「親父を知っているのか?」やや、オーブリーは眉間に皺をよせ、怒気を滲ませた。
「ああ、貴方はナバレ侯のご子息でしたね。ええ、古い知り合いですよ。」と智天使はそれでも穏やかな顔つきで返す。
・・古い借り・・・
「・・さて、ここは腹の探りあいはやめて、本音で言葉を交わしていきたい。」とオーブリー。
流石、裏の暗部を担って交渉しているから、こういう場にはなれているのだろう。ナバレ侯爵をやや穏やかにした顔つきで、ただの交渉ではない取引をしてきたはずだ。
「・・そうですねぇ。でもここは多勢に無勢、我々には少々、分が悪い。でも、争う気持ちは我々には無いのですよ。例え、昔の古傷を突っつかれようとも、これを期に返せるのであればね。」と微笑み返す。
昔、何があったのかは気にはなるが聞かないでおいた方がいいようだ。
「魔王オルテンシア様の薬はこちらで用意されたもので?」
「薬?」
「魔界に薬という類いがあったことは無いはずなので、驚いたのですよ。ベッドサイドに用意されていたハーブ等も呼吸が楽になるよう調合されていて、正直驚きました。」
「ああ、あれはこのカミーユが調合したものだ。我々は基本身体が弱いということはないので、怪我や寿命では命が尽きることはあるが、今までオルテンシアのような身体的な病というものはほとんどないのだ。前の魔王は心を病んだが、基本、病とうものには無縁なのだ。だから、治癒能力のあるものがほとんどいない。」必要がなかったからな、ともオーブリーが言う。
「薬は確かに良い病の治癒の手段になりますね。我々もよく用います。やはり治癒魔法だけでも、逆に薬だけで癒すというのも、もはや無理なことなのですよ。だから、正直その手段に既に取り組んでいるとは思いませんでしたからね。」
へぇ、貴方がねぇ、と智天使が言う。
私があの「魔眼」持ちのカミーユ・クリストフ・アイヴァンと知っているのか、知らないのか。でもそんなことはもうどうでもいい。
ああ、あの熾天使の診察の結果がとても気になる。
あくまでカミーユは真面目にオルテンシアに仕えていますね。でも色々と気づかされることも増えていくでしょう。




