(2)どうして魔王に?
私、オルテンシア・ナバレといいます。
今、私はまだ幼女、御歳6歳。
昨日までは、ただの侯爵令嬢だったはずでした。
前世の記憶を思い出した途端、魔族の国の侯爵令嬢だった私が、次代の魔王になることを今、知った次第です。
「ま……魔族…、ま…魔王…って言いましたか?」
きっと、私の顔は盛大にひきつっているはずです。
「ああ、オルテンシアには次代の魔王であること言ってなかったからねぇ。びっくりした?」軽~い調子でお父様がニコリと笑う。そういうお父様の瞳は銀髪、紫色の瞳だが、私のお父様なら魔王でないの?
「ああ、君の瞳、つまり暁の瞳は魔王しか持たない。しかも種族は"魔王"として生まれる。オルテンシアは私たちの娘だが、種族は生まれながらにして唯一の"魔王"なので、次代の王と決まっていたのだよ。」
大切に我らの次代の王を、お守りしていたのだとお父様は言う。
「でも私の身体、こんなに弱いのに魔王が務まるのでしょうか?無理…ですよね。」突如突き付けられた現実は、恐ろしさと戸惑いが半々だった。
だって、おもいっきりファンタジーの世界だから。魔王って強いはずなのに、現世でも身体が弱かった。
「大丈夫だ。明日、魔王移譲の儀式で魔王の珠の伝達式が行われる。今の身体は仮といったらいいのか、珠を受け入れれば、魔力が増えて隅々まで満たされれば元気な身体になれるよ?」
「魔王の珠?」
「そう、魔王の力の源だね。魔王の珠は誰でも受け入れられる訳ではない。それこそ暁の瞳の者しか受け入れられないのだから。」
う~ん?
「オルテンシアは殆ど寝ていたに等しいから、知らないかもしれないが、この間までこの国はとても荒れててね。先代の魔王が病んでしまい、他種族の侵略を受けてから、新たな魔王の誕生を魔族一同祈っていたのだ。私の娘が魔王とは信じられなかったが、君は我らの待望の魔王様だったのだよ。」
お父様の瞳はとても優しい光を帯びて私を見つめていた。
「では、魔王の珠を得れば、元気に走れますか?」
「もちろん。」
「では、魔法も使えますか?」
「誰よりも魔力が多く、複雑な魔法も使えるはずだ。」
「……長生き出来る?」
「我々は総じて長命種だからねぇ。オルテンシアはまだ6歳だから、まだまだひよっこだよ?」
お父様は御年600歳、お兄様が150歳の吸血鬼族、お母様は300歳の狼族という、上位魔族とのことです。
お父様600年も生きてるのか~まだまだ現役ですね!っと言うと、とても複雑な顔をしてましたけど、少し嬉しそうでした。…… 私が生まれてまだ6年ですし、お父様もお母様もラブラブですからね!
そして私は魔王城に来ていた。
キョロ、キョロ ─── ヤバいくらい大きい!
空を突くほどに高くそびえる高い塔が城のほぼ中央に建つ。黒い城を想像していたけど、とてもキラキラと輝く銀色、白蝶貝や水晶をふんだんに使った外壁、窓にはステンドグラス、前世で見た西洋の教会のような、バラ窓と呼ばれる美しい模様の窓が填められている。
城門は大理石作りで重厚、建物の角には睨みを利かせきれてない陽気な顔をしたガーゴイルが置かれている。長い爪、尖った羽根…… ファンタジーな世界だった!
黒いシックなドレスというバリバリの魔王チックな装いに飾りたてられた私は、もちろんお父様に抱かれて登城しました。
「まあまあ、可愛らしいこと!黒い髪とその暁の瞳、流石私達の娘だわぁ~。」
お母様も綺麗です!っと言っていると、キラキラしたものが、私の廻りを浮遊し始めました。ツンツンとつついてみる。
「えっ?あのキラキラが見えるのか?」
「ふふふ~綺麗です。」
お兄様が驚いている。かなりの魔力の持ち主でないと、見えないらしい。パチパチッと私の周りに集まって、弾ける。
当然、ナバレ侯爵家一同には見える。
「これが、魔王の珠の正体だよ。」とお父様。「珠そのものが、魔王城を包んでいるのだよ。」
私の魔王就任が決まってから、城の周りから次々と沸きだし始めたらしい。魔王存命中はこのキラキラに魔王城は包まれている。病み始めると色が鈍くなったり、薄くなって消えてしまうこともあるそうだ。
魔王の珠の威力が、魔王の魔力のバロメーターというわけらしい。
今度の魔王は、とりわけ穏やかそうとの評判らしい。まだ幼い子供の魔王だからね。
私は、魔族の国ペルラ王国史上最年少なんだって!
何時もは、『そろそろ引退するよ~次代の王を選議せよ~』って魔王の珠が言う?らしい。
魔王の珠に選ばれると暁の瞳に変わる。
しかしごく稀に、暁の瞳の魔王が生まれる。
─── 生まれながらの属性"魔王"
前王の送り名は『暗愚王』、魔王の珠が選んだはずだったが、前の王を弑して得たのを、許さなかったのだろう。
魔王の珠はじわりじわりと王の心を蝕んでいった。
珠は魔王を見限り、次の新しい王を見つける。
魔王って珠に選ばれるのね。だからってどうして私なの!?
そんなことをつらつらと考えていたら、馬車が城の入口前にゆっくりと停まった。私はお父様に抱き抱えられまま馬車を降りる。見ると城の緩いカーブの優美な階段にはズラリと使用人達が並んで立って出迎えられた。
「ようこそ魔王城へ、ナバレ侯爵令嬢オルテンシア様、ナバレ侯爵御夫妻、アルナス子爵様。」ズラリと並んでいた中から背のとても高いガッシリとした体格、金髪で深緑色の瞳の上位魔族で宰相らしき人が腰を深く折って出迎えてくれた。…きっと狼族だな。
「ナバレ侯爵家一同、魔王城へ罷り越しました。丁重なお出迎え、痛み入ります宰相殿。」お父様は私を抱いているためペコリと軽いお辞儀だ。
「とんでもご座いません。暁のオルテンシア様の魔王就任は、我ら魔族の悲願。魔王城へ漸くお迎えでき、この上なく喜ばしいことにございます…。」
宰相殿は腰を折ったまま、何故かプルプル震えている。
「……くっ!」
「ぐっ、はっはっーっ!」
「くっくっ、止めようぜ、ライアン!」
お母様も加えた3人がたまらず噴き出して大笑いした。
「おいおい、やはり我らに真面目な姿は無理だな。」宰相さんが豪快に笑っている。
「ほほほ、イヤだわお兄様。」
ええっ!この方はお母様のお兄様でしたか!確かに似ている様ですが…?
「お久し振りです、オルテンシア様。ペルラ王国宰相、ライアン・ディバイドと申します。私も侯爵を賜っております。」
「ライアンは私の親友でね。オルテンシアは会ったことがあるはずだけど、熱にうなされていたからね。色々とお見舞いの品を頂いたのだよ。」とお父様が言う。
もしかしたら…「あの狼さんの?」
いつももベッドで抱き締めている狼さんのお人形「いつも一緒と聞いていますよ、可愛がってくださりありがとうございます。」と少々厳ついお顔が弛む。
狼さんは雪狼(を模したクールパック仕様)で冷たい。熱ばかり出している私の氷枕代わりなのだ。抱き締めたり、頭を冷やしたり寝るととても気持ちいいの!
前世でもクーリングと言って高熱の人の解熱の為に動脈を冷してたなぁ。
「ここで話しもなんですから、どうぞ城にお入りください。」
私達は重厚なドアから魔王城へと入っていった。