(19)" 世界"の提案── by カミーユ・クリストフ・アイヴァン
魔王の珠伝達式は無事滞りなく終わった。疲れて眠ってしまったと思われたその後も、オルテンシア様が未だ目覚めることが無く、今日で10日目となっていた。
オルテンシア様は、翌朝にはもとの子供の姿に戻っていたそうだ。しかし、何故か寝たまま目覚めない。もとの身体が弱かったから、疲れや珠の魔力を受け入れたせいかもしれないが、高熱が出て意識が無い状態が続いている。
私は魔王の球の強大な魔力を制御するために、こうして毎日ベッドサイドに訪れている。苦しそうに息を吐いて、高熱のために小さな身体が震え、内なる魔力と戦っていると思うと、助けられない自分の不甲斐なさに情けなくなる。
魔界には回復や癒し魔法に長けているものは多くなく、この私もオルテンシア様の魔力を制御するくらいしかできない。
いっこうに容態が改善しない為、治癒や癒し魔法に優れた天使や竜族に助けを請わなくてはならないのかと、今日の朝議は紛糾した。この間まで敵として戦っていた相手に頭を下げるこになるので、魔族としては躊躇される事案だろう。魔王が病に臥していると、知られてもいけない、などと延々と議論はされるが、いっこうに皆の同意は見いだせず、その件は父であるナバレ侯爵に一任されることになった。
幾ら世界が均衡を取れと言っていても、これまで他の種族との交流は特にない。新しく魔王が就任したと言っても、各種族とも就任挨拶の書簡位だ。魔族が他の種族から嫌われている(おもに魔物など、低位生物が何故か魔族に分類されている)せいもあって、その地を荒らす魔物を嫌い、他の種族は我々魔族に対する不信感と警戒感が非常に強い。
「ったく、あの屑どもには呆れる。敵だ、不仲だ、体裁だのもう構っていられない。」私とオルテンシア様の見舞いに来ていた兄のオーブリーの言い分はもっともだろう。
「しかし、議員達の言い分も判る。さきの戦いで我々が勝利したのもオルテンシア様が誕生したからであって、天使と竜は均衡を乱した敗戦の償いに、世界から重い枷をかけられていて、我々魔族をさぞ憎んでいることだろう。例え治癒に訪れてくれたとしても、治すどころか魔王オルテンシア様を害する可能性もある。慎重にならざる得ないのは確かだ。…… まぁ、癒し系魔法に長けているものがいないのは、我が魔族の痛いところだな。」
「怪我なら治せるさ!しかし、今までオルテンシアがずっと病気療養せざる得なかった理由は、誰も"治せなかった"からだ。家はそれこそ天使や竜に頭を下げて診てもらったが、何故か治らなかった。オルテンシアが時期魔王だったせいもあるだろうが、頼んだ天使や竜にも治せなかった。もっと治癒能力の高い者がいるらしい。その者に頼むしかないのだか、なかなかそうも簡単にはいかないらしい。」
「世界はだめなのか?」
「均衡、均衡の一点張りで、治して貰えない。」
確かに世界は何があろうとも、特定のものを救ったりはしないだろう。
「 …… もどかしいな。こうしてオルテンシア様が苦しんでいるのに、我々で助けられないとは。」
こうしているうちに、どんどんオルテンシア様の小さな身体の体力が奪われていく。魔力の制御は私がおこなっているが、逆にその魔力が体力を奪っているともいえ、まだ球の伝達は幼く弱い身体には無理だったのではないかと思ってしまう。
「あの、よろしいでしょうか。」部屋に侍従のひとりパリスが来ていて、我々に至急の伝言があると言っていると、オルテンシア様の侍女がいう。
「予言者マハが提案があるというのですが ・・・ 。」寝室から出てみると、応接間にパリスがすでに通されていて、マハの言葉を告げた。
「ハッ!!マハが?今さら何を言うのか。世界は"均衡"しか言わないではないか。」オーブリーは馬鹿馬鹿しいとばかりに両手をあげて言った。
「・・・どうも世界はオルテンシア様がこうなることが、判っていたようなのです。」伝言の内容に、パリスが困惑気味に告げた。「マハは"均衡"を保つための提案だ、と言っているようです。ナバレ侯爵と宰相が世界球の間に、おふたりも来てほしいとのことです。」
「・・・いったい何を言い出すのか。どう考えてもその"提案"がとても厄介なものに思えてならないな。」オーブリーはため息を深く吐いた。
確かに、厄介なものでしかないかもしれない。
とにかく、その提案を聞きに来いとのことなので行くことにする。
「私はもう一度、オルテンシア様の様子を見てくる。オーブリーは先に行ってくれ。」
「判った。」
オルテンシア様の様子は変わらない。ハアハアと細かく息を吐いてはいるが幾分か先程よりは苦しそうではない。身体の震えは止まり、熱が上がりきっているようなので、少し身体を冷やした方がいいだろう。私は侍女に身体を拭いて着替えさせ、掛けものを薄くし熱が放散出来るように指示して部屋を出た。
いったいどういった病なのか。もしも世界の提案がどんなものであっても、できたら魔族だけで治療にあたれるように、治癒魔法を習得できないだろうか。私は治癒魔法の能力を持ってはいないが、もしかしたら方法があるかもしれない。そう考えながら、世界球の間に行く。扉が内から開けられて部屋に入るとすでに皆集まっていた。
世界球の脇には、予言者マハが立っていた。相変わらす深くマントを被っているので性別は不明だ。球のひとつ、魔王の珠とは違う大きめな珠が光っている。ナバレ侯爵やオーブリーを見ると、とても不機嫌な様子で立っていた。
あの球はいったいどこの球なのだろうか。他の球に比べ、一際明るい。
「さて、皆さんお集まりでしょうか。・・・早速ですが、"世界"からひとつ提案があると言っています。」
「・・・・・。」皆一同、突然の"世界の提案"に不信も露に、眉を潜め返事したり頷いく者もいない。
「世界は天界からひとり治癒魔法に長けた大天使の派遣をしてもいいと言っています。」とマハが告げる。
「それは、天界の天使達も承知しているということか?」とオーブリーが尋ねる。
「天使の派遣には条件はありますが、天界は承知しています。この件に関しては、むしろあちらからの提案です。」
「何だと?天界にオルテンシア様の病が知られてしまっているのか?」宰相が不信感も露に言う。
「・・・誰か漏らしているものがいる、ということか。」皆、誰が漏らしたのかとざわつく。
「まぁまぁ、この件に関して、私に一任となっていたはずだが?」ナバレ侯爵の弁に皆頷く。「・・・ひとつ、大天使に昔の貸しがあったのを思い出してな。それを世界を通じてお願いした。天界一治癒に長けた者を派遣してくれるらしい。」ナバレ侯爵はフッと笑う。
・・・何やら恐ろしい貸しの匂いが、ぷんぷんする。どんな貸しであったかは聞くまい。
こうしてやっと、オルテンシア様の治療に目処がついたことは喜ばしい事だか、何故か私の力では治せない悔しさと底知れぬ不安と怯えにも似た感情が沸き上がって仕方がなかった。
底知れぬ不安の謎は、いずれ大きな後悔となってしまうのか・・・




