(17)狂喜の瞳・2 ── by カミーユ・クリストフ・アイヴァン
お読み下さって有難うございます。お読み今回は長めです。悩めるカミーユさんがもう一話続く予定です。
入浴を終え、寝支度をしている部屋に入ってしまい、寝間着姿のオルテンシア様を見て、流石に不味いと思って部屋を辞して出ていこうとしたら、オルテンシア様と丁度目が合ってしまった。
泣くのをピタリと止めてしまったので、なんと声をかけたらいいのか判らず、目を合わせるのも気まずいので取り敢えず頭を撫でて、暇を告げて明日出直すことにしたのだか・・・
朝食の席にオーブリーとオルテンシア様の部屋を訪れる。オルテンシア様の母上であるナバレ侯爵夫人もいらしたが、何やら叫んで、出ていってしまわれた。
基本、吸血鬼は朝というか昼間は苦手である。
しかし、私は特別苦痛を感じない。元々、夜もよく眠れないし、寝ても眠りが浅いので眠れなくとも平気だ。
「・・・おはようございます、オルテンシア様。」
気まずいのを気付かぬふりをして、淡々と予定や注意事項を読み上げる。
読み上げているうちに、オルテンシア様が、何やら書いているのを、目の端に認める。にこにことして何やら楽しげだ。
私の話など聞いてないのは明らかだ。
く
・・・小さな女の子に接したことのない私には戸惑いしかない。しかし、よく見ると ─── 書いてあるのは、見たことのない文字であった。
「何を書いているのです?」私は興味を覚え、オルテンシア様に尋ねてみた。
「何語ですか、この文字。」私はオルテンシア様がノートに書いていた文字を指差す。見たことのない綴りで書かれていた。
突然の私の問いに、オルテンシア様が驚いて慌てている。慌てている様子が、何だか・・・あの前魔王と同じ暁色の瞳をくるくるさせて、何だか・・・とても可愛らしい。
前魔王とは違う澱むことのない、澄んだ暁の瞳。
同じ色をしていても、あの魔王とはまったく違うのだろうか。
しかし、オーブリーが妹をとても可愛がっているのも頷ける。
庇護欲を掻き立てるというのも・・・
「私だけがわかる、言葉です。」この不思議な文字は自分だけが判る言葉とハニカミながらオルテンシア様が言う。
「そういえば、オルテンシアはなかなか言葉が話せなくてな。よく、聞いたことがない言葉を話していたな。ニホンゴって言うんだっけ?」とオーブリーが言う。私は"ニホンゴ"というこの言葉が、人族の一部で使われていたことを記憶の片隅に留めていたのを思い出した。
何故、オルテンシア様が人族の言葉を知っているのか。
オルテンシア様は余計なことをいうな、とオーブリーを睨んでいた。兄のオーブリーは妹にデレているので、余計な餌を撒いているだけで、それは多分、睨んでも効果はないと思うとなんとも言えず微笑ましい。
私は見たことのないこの文字に珍しくとても興味を覚えた。
「えぇっ!ええと、大したこと書いてありませんよ?私の覚書です。きょ、今日の予定が書いてあります。」とオルテンシア様が指差す。
「今日のタイムスケジュールが?」
「そ、そうです。これが朝これから、世界球の間に行って、伝達式・・・。」
そう書いてあるのか?
「私の名前は貴方の言語ではどう書くのですか?」私の名前のニホンゴの綴りはどう書くのか、気になった。
「─── は?えっ?ああ、こう書きます。」と言って私の名前をオルテンシア様が書いてくださる。
「フーン、そう書くのですか。ではここに書いてあるのは?カミーユとたくさん書いてあるのですが?」
私はやたら、カミーユ、カミーユと書いてあることに気がついた。
何かを察したのか、オルテンシア様がじたばたしている様子が可笑しい。
「ん?」っと言って、笑みを溢しそうになる。長い間動かしていなかった口角と表情筋がひきつるのを感じる。
私はいつ笑ったのかなど忘れるほど、とても長い間笑っていなかったことに密かに驚く。
「・・・カミーユさんとコミュニケーション計画書です!」オルテンシア様は顔を赤くしている。
「コミュニケーション?何て書いてあるのです?」
「あ、あの~~。」オルテンシア様はとても困った顔をしていた。
「まずコミュニケーションとはどういう意味でしょう?」
暫く沈黙が落ちるが、オルテンシア様の慌てぶりも凄い。
さて、そろそろからかいも納めてしまわぬと、もう伝達式まで時間が差し迫って来た。
「・・・カミーユさんと、どうしたら上手くコミュニケーションがとれるか問題点と目標まで書いてあります。」観念したようにとうとうオルテンシア様は、どういうことが書いてあるのかを、告げてくれた。
白状するのが思ったより早かったことに苦笑する。あまり嘘が上手いとは言えないし、直ぐ表情に出てしまっている。魔王としては、これは不味いことになるとお教えしないとならない。
でも、まだ良いだろうとも思う。いつも気が張っていては気疲れするものだ。せめて私の前では、のびのびと素直なオルテンシア様でいられるように私も努めなていければと思う。
「ふむ、私の問題点、ですか。」コミュニケーションとは聞きなれない言葉であるが、オルテンシア様が言う、今みたいな言葉の馴れ合いがコミュニケーションということなのか?
オルテンシア様がいよいよアウアウ言って、焦ってあたふたしている。
すると、今まで黙って見ていたオーブリーが、とうとう我慢出来ずに「ぶはっ」と吹き出した。
「そ、その辺にしてやれよ、カミーユ。」オーブリーが、実は笑い上戸だということを知っている。
オーブリーのこの明るい気楽さに何度救われてきたことか。
あの闇から連れ出してくれた時、学園での日々。
この兄妹の前だと素直な気持ちで、自分があるがままに触れ会うことが出来るのではないかと。
まだ、表情筋が引き連れてはいるが、つられて自然と笑みがもれた。
見せてはいけない、笑顔をオルテンシア様に向けてしまった。
──── しまった、と思った。
ああ、もう終わりだと思った。
案外、簡単に、しかも呆気ないものだな、と自分の愚かさにほとほと呆れる。
しかし、何故かオルテンシア様は予想に反して、気の毒そうに私を見ていた。
それは今までにない反応だった。
「お兄様?どうかされました?」動きの止まったオーブリーにオルテンシア様は不思議そうに尋ねている。
私の「魔眼」の影響を受けない者がいたのか・・─!?
私だって驚いた。故意でなくとも無意識に放たれてしまう「魔眼」が効かない者なんて、今までにいなかった。
「・・・・お前、カミーユの顔を見てなにも感じないのか?」
「はぁ、折角きれいなお顔なのに、無表情でないといけないのは、気の毒だな、と思いました。」と私を無表情にさせている理由も知らずに気の毒だと、予想もしない答えが返ってくる。
「・・・・。」オルテンシア様の答えににオーブリーにしてはポカンとして、呆気にとられている。
多分、今までオーブリーは理性で私の「魔眼」の影響を受けないよう抑えていたはずだ。・・・友には本当に申し訳なく思う。
「フッ───気の毒、ですか。」
本当にオルテンシア様はそう思っているみたいだ。
邪気のない瞳で私を見返す。
私とコミュニケーションをとりたいと計画を立てたり、私の顔を気の毒と言ったり、本当に予測のつかない反応を見せる。
「・・・本当、貴方には驚かせられます。・・・ これからは私がお側にいます。何でもおっしゃってください。」胸に何だか熱いものがポッと灯った。
「はいっ、よろしくお願いします!」と笑顔で返事が返ってくる。
「では、予定通り世界球の間で魔王の珠伝達式に参りましょう。」と自然に手を差しのべることが出来た。オルテンシア様は直ぐに私の手の中に小さな手を滑り込ませた。
「ええ、魔法の制御はお任せください。世界球が示す迄、魔方陣のなかでオルテンシア様は待っていればよいのです。」
本当にまだまだ小さい幼き魔王。この小さき手を、優しい心を守れるようにならなければならない。・・私も、強くならねばならない。
「案外簡単に、珠の移譲って出来るのですか?」
「いや、それは魔王の珠を受け取れる器があってこそです。オルテンシア様の器は無限なので、歴代の王よりは、スムーズに移譲出来るのではないでしょうか。」
世界球の間は直ぐのところにある。入口前の廊下にもうすぐ着こうかというところで声が掛かる。
「生まれながらというのは、世界に愛され、魔王にと望まれていたということだからね。」
「あっ、お父様!」嬉しそうな声がして、私の手がぎゅっと握られる。
しかし、私はオルテンシア様と繋いでいた手を離した。入口にはナバレ侯爵と宰相が待っていた。
わかっていたとはいえ、この楽しい時間が早々に途切れてしまうのは正直残念に思った。しかし、侍従とはいえ手を繋ぐなど馴れ馴れしいと思われてしまう危惧の方が勝り、手を離してしまったのだ。
オルテンシア様は急に手が離されてしまったので、驚いて上を向き私を仰ぎ見た。私はオルテンシア様の肩に手をあてて、お父上の近くへ促すように軽く押す。
他の者に「魔眼」の影響を与えるわけにはいかない。
「おはよう、オルテンシア。いよいよ魔王の珠の伝達式だね。」ナバレ侯爵はにこやかな声で笑いながらも私に鋭い視線を向ける。
「おはようございます、お父様、宰相さん。」無邪気なオルテンシア様は嬉しそうに挨拶をしていた。
しかし、ナバレ侯爵と宰相は直ぐに私の方を見ていた。
「カミーユも有難う。もう、オルテンシアと打ち解けたみたいだね。」・・・ 侍従に推挙したのは侯爵自身ではないか。
「いえ、・・・その、・・精一杯お手伝いさせて頂く・・所存です。」
何とかならないか?この重い空気。
「うん、よろしく。・・・オルテンシアはいい子だろう?」
「・・・はい。」・・・威圧感が半端ない。魔眼の影響は今のところ、オルテンシア様にはないはずだ。それにナバレ侯爵は気付いているはずだ。
「でも、あげないよ。」
「・・・・・ 。」・・・・ 威圧感半端ない。
「私は物でははありませんから!」
オルテンシア様は私たちの間に流れる緊張感に関知せず、キョトンと見ていた。あげないと言われると、何を勘違いしたのか、私は物ではない、と怒っている。
宰相は明らかに目を瞠って私を見ていた。今までの私と違うから驚いているのだろう。
─── もう、どう思ってもらってもかまわない。そう思えるほど、何だか心が軽くなっていた。昨日会ったばかりのこの小さな少女に、全てを拒んでいた心を動かされていた。
「ふふふ、可愛いねオルテンシアは。私たちの可愛い宝はそう易々とやれないからね。」ナバレ侯爵は明らかに私に言っているのだが・・・
「だから、私は物ではないですからね!」そう言って父の足に抱きついて、ケラケラと朗らかに笑っている。
この独占欲丸出しの、何も言わせぬ雰囲気を察することのないオルテンシア様は、やはりまだまだ子供だった。
そうこうしているうちに、魔王の珠伝達式を開始すると告げれ世界球の間に入る。
その魔方陣の前に予言者マハがいた。
「世界球の間にようこそ。」
更にこの世界球の間の威圧感も半端ない。
「世界球の周りを廻っている珠のひとつが、魔王の珠です。魔王の珠がオルテンシア、あなたと融合すれば、伝達式は終わりです。」
「・・・幼き魔王よ。怖れることはありません。・・・ 魔王としての務めを果たしなさい。世界は常に均衡・・を望みます。それを忘れてはなりません。そして、この世界球の間の管理は貴方に委ねられます。そちらの者と、」予言者マハは私も見る。
「その者の力を借りて世界球の管理しなさい。その者は制御を得意とするようだから。」
均衡のために、世界がこの私と協力しろといっているのか。
「わかりました。世界が望む均衡を保つよう努力します。」とオルテンシア様が答え、私も是と頷いて答えた。
「・・・ようやく思い出したようですし、この先、貴方の未来に希望が溢れますように。・・・さあ、この魔方陣のなかに進みなさい。」
思い出した?などと、予言者マハは何が言いたいのだろうか。
「魔眼」の持ち主が魔王の側にいて、王や周りを狂わせ、世界の均衡が乱れ荒れたのは周知の事実だというのに、暁のオルテンシアと呼ばれることになる魔王の治世になっても側にいることが、世界の望む均衡になるというのか。
それが正しいのか、私にはわからない。
私の魔眼は、皆に「狂喜の瞳」と忌み嫌われていることを、オルテンシア様は知らない。




