(16) 狂喜の瞳・1 ── by カミーユ・クリストフ・アイヴァン
暁のオルテンシア ──── 初めて会ったまだ幼い魔王は、とても魔力の弱い儚げな少女だった。感情で色が変わる特別な移り色の瞳、魔族最高の貴色である黒髪ではあるが、病弱を物語る青白い顔と華奢な身体、噂通りの魔力の少なさは、この魔界を統治していけるのかと正直、不安と── 失望を覚えた。
しかし、その瞳に一切の濁りは無く、冷えた夜明けの朝の暁の空のように、澄んでいた。
純粋な真っ直ぐな瞳は、穢れた私を見透かすように、私を見つめ返していた。
見透かすように見つめる瞳。
私は何を怖れている?
自分の心を曝すことはしたくない。期待しても裏切られるだけなのだ。私の周りにはそういう者ばかり寄って来る。
だから、私を見透かすように見たのに、その直後に怯えたように反応したのには、驚きだった。私を初めて見た者達のいつもの反応とは違う。少なくとも怯えたりするような反応はなかったからだ。
オルテンシア様の魔王の珠伝達式が行われる日の朝、私は専属侍従としての仕事を開始した。
正確には、昨夜から侍従の仕事を開始したのだが、明日の予定を打ち合わせしたいと、オルテンシア様の父上、ナバレ侯爵に呼ばれオルテンシア様の部屋へ行ったときだった。
「魔王の珠が魔王を選ぶ。だけどお前は生まれながらに、魔王の珠に選ばれて、生まれてきたんだよ。しかし魔王であっても、私たちの大切な娘には代わりはない。これだけは忘れないでいておくれ。私たち家族は、どんな時でもオルテンシアの味方だと言うことを・・・。」と父であるナバレ侯爵が、泣くオルテンシア様を優しく慰めていた。
そのように慰めるナバレ侯爵など見たこともなかった。不老不死者と呼ばれる魔族でも最強、・・いや最凶を誇るあのナバレ侯爵が、自分の娘には甘く蕩けるような顔を向けていた。
オルテンシア様は、魔王とはいえまだまだ幼い。生まれ出てたったの6年。寿命の長い魔族にとっては生まれたばかりの赤子と同じようなものだ。
オルテンシア様が父であるナバレ侯爵に自然に当たり前のように甘え、慰められている光景に思わず、私は見ていられず目をそらした。
───── それは、私には決してなかった光景だったからだ。
私の両親は、とても気紛れで享楽的、打算的で、更に子には無関心で情にも薄く、とても子育てできるような親ではない。ただ、五大爵の本家なので後継ぎを作っただけというか、たまたま出来た子供で父も母は義務を果たしたとばかり、お互い以外の者と関係を持っている。・・・ まぁ夢魔達、特にアイヴァン家の淫魔族に道徳心などは、生まれたときから欠落している。その中で吸血鬼族として生まれた私は異質な存在だったと言える。
生まれ出て、気付く頃には親に愛情どころか関心さえかけられたこともなく、抱き締められた思い出も私には全くない。
親が私に関心がないことに、私は早い頃にはもう諦めていた。
寧ろ、関心がないことにほっとしていたところがあった。
しかし、ある日を境に私の周りが狂いだした。
あの時正直に言えば、いっそ死んでしまいたかった。もうどうでもよかった。
五大爵など、私の足かせにしかならない。特に魔王アルティオスは私に執着した。親は今まで見向きもしなかった幼い私を魔王やハイエナ達に売り、私は前魔王に囚われ、執着され、自尊心を傷つけられ、私は深の闇に落ちていった。
親はお前も所詮同類なのだと嘲り、狂喜し、更に他の種族にも売り渡そうとした。
そこを幼い頃面倒を見てくれた乳母とオーブリーが救ってくれた。
それから強い魔力と感情を殺すことが私が生きていく拠り所になった。
逆にナバレ侯爵家は家族の結束が固い一族であったのを思い出す。更に家長のアレキサンダー・ナバレ侯爵と息子のオーブリー・ナバレは極端な一族至上主義者だ。一族をどんなことよりも守り、そして・・愛する。
魔界の暗部を担って、絶対の忠誠を魔王に誓ってはいるが、ナバレ家は飄々とこのペルラ王国を表も裏も支えながらも、一族を害されれば例えそれが魔王であろうとも容赦はしない。
アルティオスは、その時の魔王と侯爵の弟君、そして魔王軍の要、サヴィン伯爵夫妻を罠に掛けて殺し、魔王となった。
原因の一端は私にある。
小飼のわたしがオーブリーやナバレ候の弟カーネリアン卿の手を借りてアルティオスのもとから逃げ出した。
私は強い魔力を発現して抵抗した為に、アルティオスはより強い魔力を求めた。
全ては私が引き金だ。この後、魔王がアルティオスに弑され、サヴィン家当主夫妻、カーネリアン卿が殺された。
その時、世界球は均衡を乱したと、魔法磁場が不安定となった。
魔界でこの五大爵のうちのふたつの大貴族、しかも軍と暗部を担うふたつの一族が、魔王に反旗を翻そうとする寸前に、天使と竜族の侵攻という危機に曝された。天使と竜族は乱れた魔界を叩き潰そうと襲いかかった。
この危機に至っても、誰もがこの国のために戦う意義を見いだせず、せいぜい滅ぼされない程度にやり返し、二家がいつ国を捨てるのかと、魔界中が混乱に陥った。
そのような原因を作った私を、オルテンシア様の側に仕える専属侍従にするという。
──── 周りのものを狂わせる「魔眼」を持つ私を側に仕えさせるナバレ侯爵の意図はいったい何なのか。




