プロローグ 埼玉追放
知性の感じられない顔をしたオークが金槌で頭をヒット。
ゴツンという鈍い音が聞こえました。
「うぎゃあああああああああッ!」
ゴブリンが頭を押さえて転がりました。
粘ついた血が出ているのが見えました。
「ぎゃははは! マジウケるー♪」
転生勇者に見つかったら3秒で肉塊に変えられるであろう小悪党然とした台詞を吐き捨ててギャラリーどもが沸きました。
ピラニアと同じように血の臭いに反応したようです。
格付けし合うDQNの喜ぶ姿のなんと醜いことか。
「テメエぶっ殺してやる!」
無駄に頑丈なゴブリンがマイナスドライバーを片手にオークに襲いかかりました。
ナイフではないのでまだいくらか理性が残っているようです。
明らかにマッドマックスとかヨハネスブルグな光景ですが私は転生をしたおぼえはありません。
日本国の法律は通用しないといえども、もちろんそこは外国でもありません。
埼玉から電車で30分。
なんと東京23区。
しかも勉学に励むはずの学び舎だったのです。
「死ねクズ!」
オークがゴブリンを伝説の聖剣『金属バット』でホーム★ラン!
あまりにも力強い金属バットの一撃。
ゴブリンはもんどり打って後頭部から地面にフリーフォールしました。
頭って中身が入ってないとバウンドするんですね。
「うんぎゃあああああッ!」
頭を打ったゴブリンが転げ回りました。
私はドン引きです。
本気でドン引きしましたとも。
怪我をしたんじゃないか。
いや死んだんじゃないかとすら思いました。
でもそいつは甘いのです。
「ひい。ひぐッ! ぶったあああああああああッ!」
ゴブリンが泣きました。
いえ、表現を変えましょう。
これだとただのいじめられっ子です。
ゴブリンは金属バットのフルスイングの一撃を受けても泣く程度ですみました。
私は未だに彼らが同じ人類なのか本気で悩んでいます。
「赤羽! 赤羽! 赤羽! 赤羽! 赤羽! 赤羽!」
ゴブリンに本名でのコールが浴びせられます。
赤羽くん……じゃなくてゴブリンは泣きながら観客の応援に応えます。
そいつらお前の味方じゃないからな。
観客はまだ闘いを続けさせるつもりのようです。
まるでライオン対剣闘士を見るローマ市民です。
人間の醜さを存分に発揮しています。
死ねばいいのに。
(こいつらだけが死ぬウイルスが流行しないかな……)
私は眼鏡っ娘の幼なじみが毎朝起こしに来る妄想に現実逃避しながら思いました。
ところが人生とはビターなもの。
ナイトメアモードしかない無理ゲーです。
私の願いが叶うことは終ぞありませんでした。
不自然なバス事故もトンネルを移動中に核ミサイルが振ってくることもなかったのです。
もちろん巨乳眼鏡の武術の達人に武術を教わることもハーレム展開もありません。
ありません(血涙)
だって私はモブキャラですから……
フラグ自体が人生にないのです!!!
……人類絶滅しないかなあ。
そこは地の果て無法地帯。
別名『底辺工業高校』
専門用語だと教育困難校と言うのでしょうか。
日本国の法律が通用しないパラレルワールド。
日本最後の秘境。
偏差値は30台。
自力では旧石器時代から這い上がれないレベルです。
関東中のクズを一気に集めた施設だったのです。
あ、今からでも彼らが絶滅するウイルスさんを待ってますので。
ウイルスさん……あえて『さん』付けさせてください!
いえ! ウイルス先輩!
今から絶滅プリーズ!
◇
さて、私がなぜこんな学校に来たのか。
それは今考えても理不尽な理由です。
それは中学のときの話です。
ナイフ……正確に言いましょう。
彫刻刀でメッタ刺しにされました。私が。
事件の発端は実にくだらない理由です。
当時美術部だった私の描いた絵を破った破らないで揉めまして、それで相手が彫刻刀を抜いたということです。
相手も急所は狙ってませんし、私も腕と腹に小さな穴が空いてダラダラと血が出た程度です。
高校生活でのバイオレンスに比べれば実に牧歌的で平和な傷害事件でした。
ですがここから急展開します。
教師の塩対応です。
私が住んでいる場所は埼玉でもちょっと評判の悪い地区です。
もともと労働者の街ですし、住民は非常に気性が荒く、ウインカーを出した自動車が直進するようなところです。
昔からコンビニで日本語が通じないこともあったりしてなかなか面白い街です。
そこで働く教師は何もしないし無かったことにするのが主な業務内容です。
はっきり言って非難はしてません。
なにせ高校受験の真っ最中に推薦を受けた生徒が集団万引きをするような土地です。
モチベーションの維持などまさに無理ゲーなのです。
さてそんな先生たちですが、珍しく大岡裁きに乗り出しました。
そう。これは明らかな傷害事件です。
これまで数十年間培ってきた詭弁と嘘と隠蔽の技術が試されているのです!
頑張れせんせー!
……結論を言いましょう。
私が悪いことにしました。全面的に。
挑発したから悪いんだって。
相手は一切おとがめなし。
埼玉では挑発されたら刺していいんだ。
へー。はー。ふーん。
ふふふ。ふっしぎーだねー。
確かに私の方が口と頭と性格が悪いのは事実です。あと顔も。
でも刺された方が悪い、刺した方が正義。
これが埼玉のモラルということなのでしょう。
とにかく私が悪いことで一件落着しました。
そして私は行く学校がなくなりました。
詳しい話はギャグにできないので割愛しますが、当時の担任に埼玉を出て行くように命じられたのです。
事実上の追放処分です。
それが原因でコネとかを使いまくって学校を探しまくったりとかさんざん苦労したんですが、それも面白くないから省略省略っと。
負け犬が穴にはまり込んでいくだけの展開のなんとも退屈なことか!
早くも人生終了のお知らせかと思いましたが、高校も頑張れば見つかるもので東京のある高校に通うことに相成りました。
ヒャッホー! 埼玉最高!
さよなら埼玉! こんにちは東京!
ちなみに偏差値は自分の偏差値から30ほど下のランクです。
でも気にしたら負けです。
私はこの学校にしがみつくしかないのです。
だって埼玉の同じレベルの学校は行けないんだし。
でも進学はできるのです。ぎりぎりなんとか進学はできるのです。
ファッキン。
そのとき、まだ私は知らなかったのです。
埼玉追放程度は苦労でも理不尽でもなんでもないと。
これからはじめる理不尽ラッシュを。
私は無神論者でありながらソドムとゴモラを滅ぼした神の気持ちが理解できるようになってしまうのです。
書いてたらさすがにムカつきますね。
何度も言いますが荒ぶるウイルス先輩カモーン!!!