第7.5話 少女と思い
空明はいつも優しかった。
私が部活で上手くいかないときは慰めてくれたし、教科書を忘れたときなんかわざわざ取りに帰ってくれた。
いつも元気で明るくて、私はそんな空明が大好きだった。
学年でもすごいモテモテで気が気じゃなかった。
本人はきづいてなかったんだけどね。
だけど空明は変わってしまった。
中学の卒業式。
クラスや部活のみんなと写真を撮ったり喋ったりしていた。
当然空明もそうしているだろうと思っていた。
そんな時、1人校門に向かう空明を見つけた。
まだ帰る人がまばらだったため目立っていた。
もう帰るの?と聞くとうんと答えた。
その時の寂しげな顔を忘れることができない。
その次の日から空明は私を避けるようになった。
空明は頭もよかったから本当に死ぬ気で勉強して同じ高校に入った。
高校生になれば空明は元に戻ると思っていた。
しかしそんなことはなかった。
せっかく同じクラスになれたのに空明からは話しかけて来ず、私から話しかけても適当な返事が返ってくるだけ。
私以外の人に対してもそうだったらしくてどんどん空明は孤立していった。
それでもしつこいくらい話しかけ続けた。
そして高校に入ってから半年が過ぎ、秋が深まってきたある日、空明にめんどくさいと言われてしまった。
その日は泣いた。
体の水分がなくなるんじゃないかと思うくらい泣いた。
空明に嫌われたと思うと涙が止まらなかった。
それから私が話しかけることもなくなった。
どうして変わってしまったんだろう。
あんなに優しかった空明に何があったのだろう。
毎日そんなことばかり考えていた。
––––––––––
空明に拒絶されて1年が経った。
11月にもなるともう寒くてかなわない。
でも大丈夫。
教室の中は暖房が効いててあったかい。
それと6限ということも合わさってとても眠い。
高校2年になって、また空明と同じクラスになった。
状況は相変わらず。
空明は窓際一番後ろの席で退屈そうに窓の外を眺めている。
私は扉側一番後ろの席にいるので横を見れば空明が見える。
べ、別にそんなしょっちゅう見てるわけじゃないよ!?
たまにちらっとするくらいだもん……
「宵暮ー、文句があるみたいだなー。ホームルーム終わったら集合ー」
また空明が集合かけられてる。
佐藤先生は空明にだけちょっと厳しすぎると思うな。
この前だって、教科書忘れただけなのに校庭まで走りに行かせた挙句そのまま1時間廊下に立たせっぱなしだったし。
他の人が忘れた時は廊下に立たせて授業終わりに説教するだけなのに。
その説教の後はみんなぐったりして、口を揃えて怖いって言ってたけど………
忘れ物はしないようにしよう。
––––––––––
「はぁ、やっと終わったぁ……」
ホームルームが終わり、クラスメイトはそれぞれ部活やら委員会やらに向かい始める。
「るーなっ!帰ろっ!」
その中の一人、中田風夏ちゃんがいつものように話しかけてきた。
ボブカットの髪を茶色に染めて、制服は少し着崩れ、規定違反の短いスカートをはいている。
身長は私と同じくらいで、顔はとっても可愛い。
学年一、モテる女の子だ。
やんちゃな見た目だけど、良い子なんだよ?
高校入りたての頃に、私が学校内で迷ってた時にクラスまで連れて行ってくれて、それから仲良くなったの。
空明のことも相談に乗ってくれたりしてくれるし。
「風夏ちゃんごめんね。今日ちょっと用事があって……」
「えーそーなの?せっかくアイスでも食べに誘おうと思ってたのに」
「この時期にアイス食べるの……?」
「え?食べないの?美味しいじゃん」
「私は食べないかなぁー……」
苦笑いをしてしまった。
風夏ちゃんの大好物はアイス。
特にチョコアイス。
年がら年中、アイスを食べている。
理由はなんでも
「暑いから!」
だそうです。
今日は今年一番寒いって天気予報で言ってたはずなんだけどな……あ。
「先生、大の男がそんな柔なこと言ってていいんですか?」
「んー?君の苦しむ顔は面白いからねー」
すぐそこの廊下からそんな会話が聞こえてきた。
見ると空明が重そうな荷物を持たされている。
「ん?あー、宵暮くんかー。好きだねぇあんたも」
「そ、そんなんじゃないよ!」
空明の声にはどうしても反応してしまう。
自分でも少し気持ち悪いと思う……
「彼、不思議だよねー。あそこまで頑なに人と関わらないのも珍しいよ。瑠奈みたいな可愛い子まで拒むなんて」
「う、うん……。なんで、なのかな……」
風夏ちゃんには空明に嫌われたことも話した。
聞いてすぐとっちめてやると空明の元に行こうとした時は驚いた。
この子は本当に良い子なのだ。
「あ、ごめん、嫌なこと思い出させちゃったね……。あ!早く行かないとアイス売り切れちゃう!じゃあ瑠奈、また明日ね!」
早口で言ってから可愛らしいリュックを背負って走って行ってしまった。
……アイス、絶対売り切れないと思うよ?
そんなことを思いながら私も学校指定のカバンに教科書を詰めて、教室を後にした。
向かう先は図書室。
受験の為に勉強しなきゃね。
––––––––––
「うう、寒ぃ……」
勉強を終えて、帰り道の国道を歩きながらL.Aと刺繍の入った青いマフラーを巻く。
4年前、空明の誕生日に、お母さんに教わりながら見よう見まねで編んだマフラー。
空明は快く受け取ってくれた。
巻いてるところは見たことないけど……
「はぁ、また前みたいに話せたらいいのに……」
ポソッと無意識にそんなことを言っていた。
空明は何を考えているのかな。
それがわかれば苦労しないよね。
「瑠奈!前見ろ前!」
「え?」
空明の声が私の名前を呼んだ。
ずっと聞きたかったその声の通りに、俯いていた顔をあげる。
目の前にはトラックが迫っていた。
気づくのが遅すぎた。
もう避けられる距離じゃない。
時間がゆっくり感じる。
ああ、バカだな私は。
こんなことならもっと空明と・・・
「きゃっ!?」
諦めたところにトラックとは別の方から突き飛ばされた。
何が起きたのかわからず顔をそちらに向けた。
そこにいたのは、今正にトラックに跳ねられる空明だった。
空明の体が宙を舞った。
そのまま地面に叩きつけられ転がり、ピクリとも動かなくなった。
「空明っ!?」
立ち上がってすぐさま駆け寄り空明の体を起こす。
左の腕と足は曲がるはずのない方向に曲がって頭からは血を流していた。
空明にはまだ意識があった。
「ぉ、おまえ、な、前、見て、…」
なんで私のことなんか……
「喋っちゃダメ!!今救急車呼ぶから!!」
なんでこんな……
「る、な、ごめん、な」
なんで……
「そんなこといいから!喋らないで!!」
「もっ、と、はや、く、あや、まっとけば」
なんで……!
「空明!ねぇ空明ってば!死んじゃやだよ!!しっかりして!!」
罪悪感や怒り、悔しさや悲しみ。
それらの感情を抑え込むように必死に呼びかけた。
空明はゆっくりと目を閉じる。
呼吸も、もうしていない。
どんどん冷たくなっていった。
空明は私にごめんと言った。
私はバカだ。
本当にバカだ。
空明は何も変わっていなかった。
あの優しい空明はずっとそこにいたのだ。
少し不器用になっただけで。
それなのに空明のためだと言いながら自分のことばかり考えて、空明に拒絶されたと思い込んで彼から離れてしまった。
彼は私を傷つけないようにしただけだったのに……
そこからのことはあまり覚えていない。
警察の人たちに状況を説明したと思うけどできていたかわからない。
空明と一緒に救急車に乗って病院まで来て、集中治療室の前で待っていて、治療室から出てきた先生に首を振られて……
そこで記憶は完全に途切れている。
––––––––––
『あなたは力を求めますか?』
(どこからか声が聞こえる、綺麗な声だなぁ……)
『あなたは力を求めますか?』
(ちから……そんなのあったってもうなんの意味もないよ……)
『彼はまだ生きています』
!!!!!!!!
(ほ、ホントですか!?)
『はい。新たな世界で新たな人生を歩み始めています』
(あらたなせかい?)
『はい。あなたがいた世界とは全く別の世界です』
(……私はそこに行くことはできますか?)
『可能です。しかし元の世界には二度と戻れなくなります』
(そこへ行けば空明に会えるんですか?)
「それはわかりません。会えるか会えないかはあなた次第でしょう」
(……風夏ちゃんや他のみんなや家族に会えなくなるんですよね?)
「はい。二度と会えません。」
(会えなくなるのは寂しいです……。でも!もしもう一度空明に会えるなら!その可能性が1パーセントでもあるのなら!私をその世界に連れて行ってください!)
『あなたの思い聞き届けました。あなたはこれから力を得て、新たな世界【ギルトレス】に降り立つことになります。そこで何をするもあなたの自由です。自分の好きなように生きると良いでしょう』
(あ、ありがとうございます!……ところであなたのお名前は?)
『自己紹介がまだでしたね。我が名はサタン、七罪の一柱にして憤怒の名を冠しております。ようこそ我らの世界へ、朝日奈瑠奈さん』
(七…罪……サ……タ……ン………)
––––––––––
「こ、ここどこ?」
目を覚ますと草原のど真ん中にいた。
青い空雲、原っぱ以外何も見えない。
「服も変わってるし、これ、本物かなぁ」
白を基調としたローブを纏い、腰には剣が下げられている。
「そうだ、この世界に空明がいるかもしれないんだよね……よし!」
あれよあれよのうちにここまで来てしまったが、少女は歩き出した。
思いを寄せる、ただ一人の人を探して……