第6話 親玉と主
空を飛び始めてから2時間と12分が経過した。
現在時刻は午前1時11分。
綺麗なゾロ目。
それにしても、時間が正確にわかるのは素晴らしい!
時計の有り難みはなくなってみないとわからないもんだな。
今更だがこの世界の時間軸は地球と同じようだ。
ただそれだけの時間飛んできたのにも関わらず巨大樹は一向に近づいてこない。
どんだけデカいんだあの木。
てか本当に近づいてるのか?
そろそろ空の旅も飽きてきたぞ。
このままだと日が暮れそうなので、真っ直ぐ前に木を捉えながら地上に降りる。
「上手くいってくれよ」
ミニ太陽地面すれすれのところにを具現化する。
「ドラ◯ブシューート!」
そして木の方向に蹴り飛ばした。
太陽を蹴ると靴が燃える。
だが威力は絶大。
小さいからってなめんなよ。
太陽は猛スピードで進んでいく。
まるでミサイルのように進路に立ち塞がる木に穴を開け、地面に焦げ跡をつけながら。
「よし、大成功」
見えなくなる前にローファーを具現化して履き直し、後を追ってダッシュする。
この方が飛ぶよりも断然速いが、景色が悪いのだ。
少し進むと、湖があった。
見つけた瞬間に、急いで太陽を消す。
だって危ないじゃん?
そこそこ大きな湖で東京タワーが縦にすっぽり入りそうだ。
木が湖を囲むように生えている。
地上から空が見えるのは、森を吹っ飛ばして以来だな。
「ほえ〜〜」
大樹は対岸にあった。
ここからだと他の木が邪魔で根元はよく見えないがその高さはよくわかる。
スカイツリーなんてもんじゃない。
宇宙まで届いているのではと思うほどだ。
もっと近くで見たいという好奇心が湧いてきた。
湖を飛び越えて、また始まった森を抜けると大樹の根元に到着した。
側で見ると一層大きく感じる。
首が痛くなりそうだ。
それより驚いたのは幹が思っていたよりもずっと細い。
他の木と大差ないのだ。
明らかにこの大きさを支えられそうにないのだが、悠然と木は立っている
さすがはファンタジー、物理法則なんて関係ないんだな。
あれ。
そういえばさっきから静かだ。
見渡してみるが虫の影はない。
思えば地面に降りてからここまで遭遇してなかった。
この辺は安全地帯なのかもな。
そうと分かれば久しぶりに気が抜ける。
「はーあ、少しきゅうけ・・・」
「キュルルルル!!!」
俺の安らぎを邪魔するように突如耳をつんざくような音が聞こえてきた。
森全体を震わせそうな大音量だ。
そのせいで木からデカ葉っぱがたくさん落ちてきて、軽い地震が起きる。
鼓膜破れたかと思った。
「んだよ!うるせえな!人がせっかく休もうと思ってたの・・・」
「キュルルルルラララ!!!!」
「…………」
音の発生源は湖の方だ。
許さん。
他の虫どもと同じ末路を歩かせてやる。
怒りを身に纏い、邪魔者を排除すべく湖に向かって走り出した。
––––––––––
「どこだクソ野郎!!」
湖に着いたが、虫一匹いない。
逃げたのか?
音が聞こえてから1分もたってないぞ。
逃げ足の速いやつだ。
警戒を怠らないようにしながら水面に近づく。
先程は大樹に目を奪われて気づかなかったが、この湖、汚い。
ヘドロのようにドロドロしている。
「汚ねーな」
水をすくってみようと手を伸ばす。
➖敵数1 残り2メートル➖ ⬇︎
!?
いきなり湖からタコの足のような太い触手が数本飛び出してきた。
警告のおかげで上手く初撃を避け、バックステップで距離をとる。
「虫以外のやつもいたのか」
忘れていたが最初カマくんは蛇を食べてたな。
この森には元々は他の生物が住んでいたが、虫の繁殖力に負けて生きられなくなった、とかか?
考えている間に触手の数は12本になっていた。
うち2本が左右から挟み込むように襲ってくる。
瞬時に“活性”を発動。
刀も具現化する。
迫る触手をすれすれに、かつ、確実にかわす。
遅く見えるから余裕だ。
すれ違いざまに振り上げ1本、振り返りざまに振り下げ1本斬り落とす。
続けて上、左、右、正面から同じように攻撃してくる。
まず右からくるやつに横薙ぎで一太刀。
めんどくさいので残りは小型BBAで吹っ飛ばす。
実戦で使ってみて気づいた。
これ命中率が非常に悪い。
下手な鉄砲数打ちゃ当たる。
8本目を無くしたところで触手どもは湖に戻っていく。
“活性”を解いて残骸を処理しておく。
動き出したら気持ち悪いし。
静かな空間が戻ってきた。
マップを確認すると、まだ反応はあるので生きている。
潜って仕留めるべきなんだろうか……
「これに潜るのはなぁ」
さっきも言ったがとにかく汚い。
それにもう襲って来ないのなら深追いするのも危険だと思う。
……俺は何も見なかった。
そうだそうしよう。
早く森を抜けて人里に行かねば。
湖に背を向け歩き出す。
➖敵数1 残り10メートル➖ ➡︎
……やっぱりそんな甘くないですよね。
性懲りも無くぞろぞろと出てきた。
なぜか12本全部新品だ。
再生できるのかよ!
ならば先手必勝。
BBAを片手に5個ずつ、周りに10個浮遊させて全部放つ。
2本残したがあとは吹っ飛ばした。
確率、5分の3。
要練習だな……。
一定の数を減らすと戻っていくようで、引き返していった。
このままじゃ埒があかない。
でも潜りたくないし………
うーん……ん?
いや、俺が潜る必要はないのか。
向こうから来て貰えばいい話だ。
早速思いついたことを実行。
思い立ったが吉日。
なーにやることは簡単。
ミニ太陽を片手に5個ずつ周りに10個、具現化する。
練習したらBBAでなくても丸いものならこれができるようになった。
「あぶり出しじゃあー!!!!」
それを湖に向けて一斉に放った。
––––––––––
湖は数分でグツグツと沸騰し始めた。
まあ、太陽ぶち込んでるからそんなもんだろ。
「キュルルルルルルル!!!!」
「おっとお出ましか」
うるさい鳴き声とともに大きな水しぶきが上がる。
その中から触手の本体が姿を見せた。
言って仕舞えばキメラだ。
タコみたいなのに12本ある足に蛇のように長い体、頭はサソリで手のかわりに4本の鋏ときたもんだ。
おまけにカマくんの5倍はデカい。
なぜ宙に浮いていられるのだろうか。
てかホントここはこんなのばっかだな!
出たら2度と戻って来るもんか!
気持ちを切り替え化け物に向き合う。
「よく来たなデカブツ。俺を怒らせたのが運の尽きだ!」
速攻で終わらす!
またまた先手必勝!
BBAを10個具現化して3つを放つ。
あの巨大では避けられるはずもない。
全て命中し頭、体、足の付け根を吹き飛ばして、体が3つに分かれた。
「なんだ、たいしたことないい!?」
残った各部位が宙に浮いたままウネウネと動き出した。
そこから再生が始まり、3体に増えてしまった。
そんなのありか……。
こいつこの森の親玉かね。
明らかに他の虫どもと格が違う。
驚いていると敵の攻撃が始まった。
悠々と浮いている3体のうち、1体の足が変形する。
1本に纏まったと思ったら、先っちょがガバッと開いてビームを打って来た。
極太のレーザー光線。
凄まじいエネルギーを備えていると見た目でわかる。
「冗談だろ!?」
とっさにストックしてあったBBAを全部打つ。
エネルギー同士がぶつかり爆発を起こした。
爆発は湖の水を蒸発させ辺りの木を吹き飛ばした。
「ビックリした……」
今のビームはヤバい。
1体で小型BBA7発と同じ威力。
3体分一度に放たれたら森が消し飛びそうだ。
俺は当たっても大丈夫かもしれないが、油断は禁物。
気を引き締め改めて3体の化け物と向き合う。
ふと先ほどの光景を思い出すと、寒気が走った。
ああ、最悪だ。
今のであの緑色の体をした細胞さんを思い出してしまった。
17◯とか吸収するときのガバッと開く気持ち悪さといったらない。
小学生時代からのトラウマなんだぞ!
「よくもやってくれたなこら!」
特異点を左手に3つ具現化する。
特異点も丸いので連射可能。
相変わらずこの闇は存在感が半端ない。
しかしこのまま打って外したらまずいよな。
下手したらこの世界を消すなんてこともあり得る。
……隙を作るか。
パチン、と右手の指を鳴らす。
「キュラララララ!?」
その瞬間、湖を埋め尽くす紅蓮の柱が立った。
炎は天を貫き、キメラどもを焼く。
その様子はさながら地獄の業火だ。
練習の結果、手に集まるエネルギーを感じられるようになり、弾を放った後でも形を変える程度の操作は可能になった。
指パッチンは鋼の錬金◯士のあの人を意識してみた。
動きを止めたところで、慎重に狙いを定め特異点を打ち出した。
炎に囚われ、悶えるキメラたちに避けるすべはなく、最後の足掻きと言わんばかりに、ビームを打ちした。
だが無駄だ。
それぞれのビームを飲み込みながら闇は進んでいく。
当たった瞬間空間が歪み、化け物どもは声を上げることもなく、炎ごと綺麗さっぱり消え去った。
「ふう……っ!?」
太陽たくさんにただでさえ負荷のかかる特異点を3つ。
力を使いすぎた。
頭に強烈な痛みが走り、意識が朦朧とする。
立っていられず、仰向けに倒れる。
調子に乗ったな……。
今度からもう少し考えて戦おう……。
もう、こんな森こりごりだ………。
起きたらすぐ森を出ようと決意したところで、気絶してしまった。
––––––––––
「……れ……し」
誰かなんか言ったか?
「聞い……かお……」
そんなはずねーよな。
俺は虫だらけの森にいたはずだし。
ただの夢か。
「妾が呼んで……のに寝てい……許せ……」
なんか偉そうだなこの声。
他の夢みたいな。
夢って選べないから不便よね。
「いい加減起きれー!!!!」
「うわぁあぁ!?」
耳元で大声を出されて飛び起きる。
俺は疲れてるんだぞ!
誰だこんなふざけたことをするやつは!
「やっと起きよったか。全く、妾直々に起こしてやっとるというのに無礼なやつじゃ」
声のする方を見るとそこには少女が腕を組んで不機嫌そうに俺を見下していた。
金髪碧眼、すらりとした長い足、しなやかな体、艶やかな白い肌、胸は大きくはないが小さくもない。
顔は美人というより可愛い系。
歳は俺と同じぐらいに見える。
身長は10センチほど小さい。
真っ白なワンピースのような服に羽衣を纏っている。
絵に描いたような美少女だ。
反射的に立ち上がってしまった。
「え、えーっと、どちら様で?」
「まったく妾の話を無視するとはいい度胸じゃ」
さっきからなんで偉そうなのこの人。
見た目と全然イメージ違う。
「あのー、だからどちら様でしょうか?」
「せっかくお礼に来たというのに寝ているとは何事じゃ」
「お、お名前・・・」
「そもそも妾と話が出来るだけでも幸運だと言うのに罰当たりにも程が・・・」
「おい」
「ふぎゃ!?」
一方的に喋る美少女にかるーーくチョップをかます。
「な、何をする無礼者!!妾を誰だと思っとるんじゃ!!」
「だからそれを聞いてるんだろーが!バカかお前は!」
「な!?バカとはなんじゃバカとは!この森の主に向かってなんという口の利き方じゃ!」
「はあ?主だ?お前みたいなのが主になれるなら誰だってなれそうだな」
「ななな、なんと無礼な!いくら森を救った救世主とはいえ我慢の限界じゃ!そこへなおれ!妾の偉大さを思い知らせてくれるわ!」
ブンブン上下に腕を振って訳のわからんことを言い出した。
何言ってんだか。
あ、こんなやつに構っている暇はない。
早く森を抜けて人里に行かねば。
視線をバカから森へ移す。
………ここどこだ?
そこには今までの毒々しい森はなかった。
木は生き生きと伸び、葉は青々と茂っている。
湖もあのヘドロが嘘のように透き通っていた。
水は蒸発したはずなのに、元通り。
戦いの痕跡もない。
蜘蛛も蜂もGも、虫なんてどこにもいない。
聞こえてくるのは風が揺らす葉っぱの音だけ。
「平和だ」
「まだ言うか!このぶれ……へ?」
「……平和だ」
確かめるように繰り返す。
本当に平和だ。
「なんじゃ急に。これはお主がやったことじゃぞ?」
「は?俺が?」
「ムシュフシュを倒してくれたではないか」
「ムシュフシュ?それって湖にいた化け物か?」
「そうじゃ。やつはこの世界に古来より伝わる最悪の魔物でな。あやつが現れたことでここは死の森と化し、妾たちは力を封じられて身を隠すしかできなかったのじゃ」
なるほど、やっぱりあいつが親玉だったわけか。
でも倒しただけでここまで変わるってすげーな。
「ところで、結局お前は何者なんだ?力を封じるったって、お前になにか力があるのか?」
「森の主だと言ったじゃろうが!」
「え、それ本気で言ってたの」
「当たり前じゃ!どこに嘘を言う必要があるのじゃ!」
「見栄を張りたい年頃なのかなと」
「妾は1000年生きておるのじゃぞ!そんな子供ではないわ!」
「は?せ、千………?」
「お?ふはは、どうじゃ驚いたか!」
ここぞとばかりにドヤッとした顔をする。
確かに驚いた。
こいつの話は胡散臭いとは思うが、今までが今までだからな。
一概に嘘とも言えん。
それに、もしホントにそうなら、この世界についていろいろ知ってるかもしれない。
ここは機嫌をとって情報を引き出すべきか。
バカだからあんまり期待はできないけど……
「び、びっくりしたなー。ところでおまえはこのせか・・・」
「おまえではない!フルーリルじゃ!」
ビシッと指をさしてくる。
今名乗るのか……
「えっと……じゃあフルーリルさんや。この世界についてなにか知ってることはないかね?」
「いきなり改まりおって何事じゃ?気持ち悪い」
………が、我慢だ我慢。
「いや、俺この世界について何も知らなくてさ。教えてくれるとありがたいんだ」
「ほほーう?そうじゃったのかー?」
なんだその嬉しそうな顔は。
「別に教えてやらんでもないのじゃよー?しかし先程からの態度じゃからなぁ?」
なぜか俺に背を向けるフルーリル。
なんだその物欲しそうにチラチラと振り返る仕草は。
可愛い顔が綺麗な湖と相まって絶大な威力になっている。
くそ!
所詮この世は顔が全てか!
「………先程はご無礼をいたしました。どうか私めに世界のことを教えてください」
「はっはっはー!そうかそうか!そんなに知りたいなら教えてやろう!ありがたく思うのじゃな!」
こいつ、後で覚えてろよ……
多少イライラしながらも、自称森の主、フルーリルさんの世界講義が始まった。