第3話 森とチート
風が木を揺らし、葉っぱがたてる音に目を覚ます。
「今度はどこだ?」
体を起こして辺りを見回してみる。
まず目に映ったのは木。
その次は目の前にある茂み。
その次は木。
その次も木。
つまりここは森だ。
広大な森の中に俺は寝ていたらしい。
………なんで?
思い出せ。
まずトラックにはねられて、死んだと思ったら真っ白な世界にいて、悪魔だとかいうやつに会って(声だけ)、過去の醜態をさらして、そして今に至ると。
すごいな。
俺の人生どうしちゃったんだ。
あ、一回終わってるのか。
悪魔は俺が死んだから連れてきたと言ってたしな。
ではなぜ今ここでこうして生きている?
そういやあの悪魔、精進しろとか楽しめとかも言ってたな。
あ!
これはあれか!
転生ってやつか!
あれ、でも転生は別の人間に生まれ変わることだよな。
体を見ても制服だし背丈もそのままだから違うか。
じゃあこの状況はなんだ?
転移?
憑依?
幽体離脱?
全然違うな。
とにかく生き返ったようだ。
あいつ悪魔のくせに命くれるなんてすげーいいやつだな。
説明が足りなさ過ぎる気もするけど……
「ま、説明書なしのゲームってのも味があるもんだよな」
それならそれで前向きにいこう。
––––––––––
改めてまわりを確認する。
さっきは寝ぼけて気づかなかったが、この森は明らかにおかしい。
まず木がデカい。
とてつもなく。
ざっと300メートルはある。
横浜のランドマークタワーより高いぞ。
東京タワーよりは低い。
幹には毒キノコのような斑点がついていて囲うのにお相撲さん30人はいる。
あと葉っぱだ。
毒々しい紫色で形は紅葉に似ている。
これもとにかくデカい。
たぶん25メートルプールに2枚で蓋ができる。
そのせいで日の光が遮断され常に薄暗い。
そしてそれがたまに落ちてくるのだ。
ヒラヒラとした見た目からは考えられないほどの衝撃が起こる。
さながら小さい隕石だ。
こんな森、日本どころか世界中探したってないだろう。
まだ誰も入ったことのない未知の領域、とか言われるとなんとも言えないが、それも考えにくい。
となるとここは地球ではないということになる。
地球以外、どこだ?
宇宙……
星……
火星とか?
いや、火星に森があるなんて聞いたことない。
んー。
ふと、“異世界”なんて言葉が頭をよぎる。
いやいやまさか、ねえ?
早急に決めつけるのはよくない。
何事も疑ってかからねば危険だ。
正直者はバカを見る。
借金の連帯保証人になって、全額かつがされるなんてよくある話だろ?
人生疑ってなんぼ。
でもこれからどうするか。
森にいたんじゃ何も情報が入ってこないよな。
人里に出ていろいろと聞くのが一番か。
その人里自体あるのかわからないが。
ウダウダしててもしょうがない。
行動あるのみだ。
「はぁ、めんどくさ………い………?」
立ち上がると視線が目の前の茂みを越え、先が見えるようになった。
その場所だけ木が生えておらず、野球場ほどの広場になっていた。
そこで起きている出来事に目を疑う。
「俺、なにか罰当たりなことでもしたかな……」
––––––––––
中央付近にそれはいた。
気味の悪い黄緑と赤の体。
鎌状に変化した前足。
それを器用に使って何かを食べている。
あれは蛇か?
体はほとんど食べられてしまっているが、辛うじて残っている頭を見るに間違いない。
アナコンダというやつだ。
図鑑で見たことある。
……図鑑見てるからって別に爬虫類が好きとかじゃないぞ?
たまたま機会があっただけだぞ?
それよりも蛇について少し説明しよう。
蛇には頂点捕食者と呼ばれる種類がいる。
つまり食べられる心配がない生き物ということだ。
アナコンダもその内に含まれている。
………本当に好きなわけじゃないぞ?
偶然知ってただけだ、偶然。
……話を戻そう。
ではなぜその頂点捕食者を昆虫であるカマキリが食べているのか。
俺は別段虫が苦手というわけじゃない。
みんなの嫌われ者“G”だって、新聞紙があれば倒せる。
ゴキジェットかスリッパでも可。
カマキリなんぞ怖くない。
俺の5倍以上デカくなければの話だが………
俺の身長は176センチ。
5倍すると880センチ。
つまり8.8メートル。
このカマキリはビル2階に相当する大きさということだ。
遠目から見ているので実際はもう少しあるはず。
そろそろ食い尽くされるであろう蛇も頭の大きさからして10メートルはあったろう。
どうやって捕まえたんだ?
ともかくこれではっきりした。
ここは地球じゃない、異世界だ。
わかって早々大ピンチだけど。
幸いやつは食に夢中でこちらには気づいてない。
食いしん坊さんめ。
俺ができる行動は3つ。
1、逃げる
2、戦う
3、友好的に話しかける
もう少しあるのかもしれないが俺はこれしか思いつかない。
ここでの選択は生死をわける。
慎重に選ばねばなるまい。
選択肢を選んだ先にある未来を考える。
1、もしかしたら助かるかもしれない
2、死ぬ、絶対
3、死ぬ、間違いなく
よし、逃げよう。
音をたてないよう静かに体の向きを変える。
抜き足差し足忍び足。
忍者になるんだ俺。
そーっと、そーっと。
………バリッ!
音に反応してカマキリの首がぐりんとこちらに向けられる。
口の周りが真っ赤だ。
おいい!!
なんでこんなところにデカ葉っぱがあるんだよ!
しかも音をデカいし!
お約束とかいらないから!
「キシャァァァァ!!!!」
突然カマキリの雄叫びが轟く。
と思ったら、とてつもない速さで近づいてきた。
ドタドタという音には似合わず尋常じゃないスピードだ。
あっという間に目の前までいらっしゃった。
「あ……え……は……?」
驚きで言葉が出ない。
どう考えてもカマキリのできる動きじゃなかった。
蛇を捕まえた方法はわかったけど。
近くで見ると更に大きい。
5倍ではなく7倍くらいだ。
鎌だけでも3メートルほどあって死神も腰を抜かしそう。
黄緑の体にはしる赤い筋が気持ち悪い。
目はギョロっと、視線は俺一点に集まっている。
血の付いた口はいかにも鋭そうだ。
死を前にしても案外、冷静にしてられるもんだな。
普通なら腰を抜かすか漏らしてもおかしくないと思うが。
一回死んでるから感覚がおかしくなったのかもしれない。
そんなことを思っている矢先、カマキリが鎌を振り上げギロチンの如く振り下ろしてくる。
降参だと言うように両手を上にあげ、体が切り裂かれるのを待った。
生き返ってから死ぬまで短すぎるだろ………
ガキン、という音が響いた。
不思議に思いつつもそのまま痛みを待つ。
が、待てども待てども何も起こらない。
なんだ?
何やってんだこいつ?
目を開けて見ると、確かに鎌は2本とも降ろされている。
しっかりと俺を挟んでいた。
制服は切れているが俺の体は傷一つ付いていない。
あー、これはアレだな。
アレだよアレ。
………すいません、どういうことですか?
––––––––––
かれこれ10分くらい挟まれているだろうか?
鎌の付け根からはギリギリという音がし始めている。
カマくん、力込めすぎだよ?
カマくんというのはさっきつけた名前だ。
しばらく挟まれていたら愛着がわいてきたのでつけてみた。
なぜずっと挟まれているかというと、動けないからだ。
いい感じに挟まっちゃったらしく手と足しか動かせない。
それらを動かせたところでカマくんの力に敵うはずもないだろうからだらーっとしている。
ヒマだ。
実にヒマだ。
本当にヒマなので鎌の観察を始める。
形は大きな湾曲を描き、素材は金属のようで白銀の光を放っている。
鉄なのか銀なのかそれ以外のものなのか、区別がつかない。
叩けばわかるか?
ほら、プロはよく叩いてるし。
よし。
鎌を肘置きにして置いていた腕で、コンコンと軽く叩く。
金属のいい音が聞こえたのは想定内。
ピキッという聞こえるはずのない音が聞こえたのは想定外………
え……なぜにヒビが?
俺すごい軽く叩いたんだけど?
教室のドアをノックするイメージだったんだけど?
あ、この鎌実は脆いとか?
なんだ見掛け倒しかよ。
そう思って、今度はグーを下ろしてみた。
「グギャァァァァ!!!!」
鎌が砕け散った。
そのせいか、カマくんは悲鳴とも取れる雄叫びを上ながら数歩後ずさり、キッと俺を睨んでくる。
………あ、………謝んなきゃ!
「ごごごごめんよカマくん!悪気があったわけじゃないんだ!つい好奇心・・・」
「キシャァァァァァァ!!!!」
弁解も虚しく、カマくんは雄叫びを上げた。
例の動きで勢いをつけ、残った左の鎌で俺を切り裂こうと突っ込んでくる。
それはヤバいよ!?
悪足掻きでも交わそうと後ろ向きにジャンプ。
………したつもりだったのだが、見ると100メートルほど先でカマくんがキョロキョロしていた。
ありゃ?
なんでカマくんあんなところに?
まさか一瞬であそこまで移動したのか!
やるなカマくん!
すごいなカマくん!
さすがだカマくん!
心の中でカマくんカマくん言ってたらカマくんはこちらに気づいたようで、また高速で迫ってくる。
しかし、一瞬ではない。
せいぜい3、4秒。
いやそれでも十分早いけどね?
もう一度鎌を振り上げ、勢いそのまま突っ込んできた。
ふむ……。
今度はさっきより軽くジャンプしてみる。
すると気づけばカマくんは50メートルくらい先で木にぶつかるところだった。
判明した。
移動していたのは俺だった。
どういうことだ?
いつの間にマイフットはアンビリーバボーなものになってしまったの?
さっきの鎌破壊事件だってそうだ。
あの鎌が脆いはずがない。
じゃなきゃ蛇を捕まえるなんてできるものか。
ふと悪魔の言葉を思い出す。
『うむ、少し多いがなんとかなりそうだ』
こう言っていたはずだ。
放心してたから自身ないけど。
あの時はわからなかったが、要するにこれは俺の最強像を再現できそうだということだったんじゃないか?
だからカマくんの攻撃でも傷一つつかないし、素手で金属の鎌を砕けるし、100メートルを一瞬で移動できる。
でもあくまでこれは仮説だ。
仮説は検証して始めて意味を持つ。
「えっと、何か殴りやすそうなものは……」
力を検証するために探すが、どこを見ても木しかない。
因みにカマくんは木にぶつかったせいで落ちてきたデカ葉っぱに当たり、気を失っている。
「この際自然破壊でもしょうがないよな」
1番近くにあった木の前まで行き、腰を落として拳を構える。
これは聖拳突きの構えだ。
心を落ち着かせ、木をあの憎っくき悪魔に見立て、思いっきり拳を振り抜いた。
「くたばれさとおぉぉぉぉーーーー!!!」
物凄い音とともに殴った部分の幹が弾け飛んだ。
大穴を開けられてバランスを保てなくなった木は、メキメキと音を立てて倒れた。
300メートル級の木が倒れると震度3程度の地震が起きるらしい。
豆知識が一つふえたな。
「マジかよ………」
自分で自分にびっくりだ。
アレだけ強く殴ったのに拳は全く痛くない。
悪魔さん、グッジョブ!
これで俺もチート族の仲間入り……….あ!!
思い出したようにパッと気になる方向を向く。
そこには、木の下敷きになったカマくんの姿があった。
「か、カマくーーーん!!!」
すぐさま駆け寄って、蹴りで木をどかす。
足が自分のものじゃないようだ。
カマくんは車にひかれたようにぺったんこだった。
「あぁ、カマくん……君のことは忘れないよ……」
おててのシワとシワを、合わせてしあわせ。
なーむー。
………………。
冥福をお祈りしてからちゃんと墓を作ってあげた。
「カマくん、見ていてくれ!俺は必ず、強くなって見せるから!」
悲しみを乗り越えた時、人は初めて強くなるのだ。