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怠惰が生み出す不条理な世界  作者: ラタトゥーユ
第1章
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第1話 怠惰と後悔

 



「めんどくせぇ」


 今日最後の授業中窓の外を見ながらボソッと呟く。

 教科は道徳。

 黒板の右端にでっかく“友達の大切さ”と書いてある。

 高校2年にもなってそんなこと教わる意味あるのか?

 小学生のやることだろ。


「宵暮ー、ホームルーム終わったら集合ー」

「は!?」


 ほんわか喋りで黒板に文字を書くメガネの男。

 我がクラス担任の佐藤がで俺を見ずに言ってきた。

 今のが聞こえた、のか?


「まさかな」

「んー?なにか文句があるかい?」


 手を止めてこちらを振り返る佐藤。


「………いえ、特には」

「だよねー」


 さも文句がないのは当たり前だと言わんばかりの言い方だ。

 また字を書き出した。

 というかなぜ聞こえる。

 修学旅行の夜に恋話する時くらいの音量だったはずだ。

 隣の席のやつすら俺が集合かけられたのかわかってなさそうなのに。

 どんな聴力してんだ。

 ゾウさんかおまえは。


 なんて思った途端にぐりんと振り返りこちらに笑顔を向けてきた。


 ………思考まで読めるわけではあるまいな?


 この佐藤、見た目は大人しそうな草食系男子に見える。

 しかしその中身は、全くの別物である。



 ––––––––––



 一昨日。


 12月に入ると肌寒くなって朝は布団が恋しくなる。

 いっそ結婚しちゃいたいレベル。

 その日はいつも以上に組んず解れつしてしまい、よりによって佐藤の担当教科である数学の教科書を忘れてしまった。

 佐藤の授業では、忘れ物をしたら先生に報告という義務がある。

 バレなければ大丈夫だが報告せずにバレた場合、この世の地獄が待っている、らしい。

 それまで俺は忘れ物したことがなかったのでしらなかった。


 地獄は嫌だし言いに行くか。


 そんな軽い気持ちで教卓にいる佐藤のところへ向かう。


「先生、教科書忘れました」

「あららー。どうして忘れたんだい?」

「布団が俺を離してくれなくて焦った結果です」

「そっかー、最近寒いもんねー」

「そうですね」


 なんだ大したことないじゃん。


「じゃあ、校庭10周3分か、窓からジャンプ、どっちがいい?」


 死の選択肢が投下された。


 前言撤回。


 なに、この人日本語理解してるのか?

 じゃあってなんだよ。

 話の脈略がめちゃくちゃだ。

 てか窓からジャンプって、走らないなら死ねってことか?


 当然冗談だろうと思った。


「ハハハ、面白い冗談ですね」

「冗談だと思うのかい?」


 佐藤の目が、走らなきゃ窓から投げる、と言っていた。

 仕方なく走ることにした。

 3分なんて無理だし面倒だからグダグダ走ってたら、教室の窓から微笑みを向けられていた。

 そこから文字通り死ぬ気でウサイン・ボ◯トもビックリな速さで走った。

 結果は、自己最高の7分。

 堂々の学年トップ。

 火事場の馬鹿力って凄い。


 汗だくになりながらもどこか満足して教室に戻る。


「お疲れー、早かったねー」

「ええ、そうでしょうそうでしょう?」

「すごいすごい、じゃあ臭いから廊下に立っててね?」

「………」


 だからじゃあってなんだよ……

 汗も拭かせてもらえないまま1時間ずっと廊下に立たされました。



 ––––––––––



 なんてことがあった。

 これはやっぱりあれだ。

 佐藤のSはドSのSだな。

 見た目はドM、中身はドS、その名は数学教師さとうわっ!?

 なんでチョーク投げてくんだよ!

 軽く頬に掠ったぞ!


「なにか文句があるかい?」

「………いえ、なんでもありません」

「だよねー」


 新しいチョークでまた黒板に文字を書き出した。

 くそ、あんなやつ鬼ごっこで殺られてしまえばいいのに……





 授業が終わり、流れでホームルームも終わった。

 荷物を鞄に詰め込み、しぶしぶドSやろうの下に行く。


「ドェ、ごほん、先生なんか用ですか?」


 あぶね、危うくドSと呼ぶところだった。


「おー、宵暮ー。よく逃げなかったなー」

「逃げたら何されるかわかったもんじゃないので」

「ふふ、結構なことだねー。授業中は随分楽しそうだったじゃない?」

「おかげさまで」

「ふふふ、じゃあさっそくこの荷物運ぶの手伝ってね」


 またじゃあかよ。

 ドSが分厚い教科書やら参考書やらを渡してきた。

 職員室まで運べということらしい。


「先生、大の男が柔なこと言ってると女性にモテませんよ?」


 文句を言いながら書物を持つ。

 うっ、おっも!?


「んー?大丈夫、君よりはモテるからー」


 このやろう……

 恨みを込めて睨む。


「いい顔だねー。辛いなら誰か友達でも頼ったらどーだい?」


 こいつ、俺が友達いないの知ってるくせに。

 どこまで性格悪いんだ。


「先生ホントにいい性格してますよね」

「なんだい突然?気持ち悪い」


 気持ち悪い!?

 言われて傷つくランキングトップ3に入る言葉だぞ!(俺調べ)

 教師が生徒に向かって言っていいものじゃないぞ!


「……あんた、なんでクビにならないんだ」

「さて、なんででしょう?」

「………」

「知らぬが仏ってやつだよー」


 なにしてるんだよ……


「はぁ」


 今日はため息が多い。

 世の中面倒なことが多すぎる。

 学校とかなんで行かなきゃならんのだ。

 まぁ、将来のタメだってことはわかってますよ?

 自宅警備してりゃ楽だろうけどそこまで腐るつもりはない。

 でも面倒なことは面倒なわけで。


「なんだー?悩み事かー?友達に相談したらどーだい?あ、先生には言うなよー、めんどくさいからー」

「………」


 生徒の悩みをめんどくさいで片づける教師が許されるって、ホントに何してるんだこの人……


「あ、そうだー。君今日帰るの遅くなるからー」

「は!?なんで!?」

「ちょっと手伝って欲しいことがあってねー。いいじゃん、どうせ暇でしょー?」


 悪魔め……



 ––––––––––



 学校を出る頃には日は暮れて暗くなってしまっていた。


「腕が…」


 帰り道である国道を右腕を摩りながら歩く。

 あの後職員室に拘束され定期テストの丸付けを延々とやらされた。

 酷使した右腕には明日必ず筋肉痛が訪れるだろう。


 てか生徒に丸付けさせていいのかよ。

 クラスメイトの点数、殆ど知っちゃったんだけど。


 日が暮れると一層風が冷たい。

 耐えきれずにマフラーを巻く。

 青をベースに赤い糸ででS.Aと刺繍が施された良さげなやつ。

 いやー、マフラーというものは素晴らしいね。

 心まで温めてくれそうだ。


 ちょうど部活が終わる時間なので、うちの学校の生徒をちらほらと見かける。

 どの生徒も二人以上で和気藹々と歩いていた。


「友達、か」


 友達とはなんだろうか。

 知り合いとは違うのだろうか。

 友達の定義が俺にはよくわからない。


 俺は基本学校では誰とも喋らない。

 休日も誰かと遊んだり勉強したりするなんてことはまずない。

 いわゆるぼっちと呼ばれるものである。


 そんな俺だが今まで一度も友達がいなかったということはない。

 中学時代は結構な量の友達がいて、遊んだり、勉強したり、楽しくやれていたと思う。


 中学卒業の日。


 その年は平年より桜の開花が早く、満開の桜に包まれて無事中学を卒業した。

 みんなで集まって写真を撮ったり、思い出話に花を咲かせたりしていた。

 それを横目に風に揺れる桜を見ながら、ふと思った。


 人はめんどくさい、と。


 そこからは早かった。

 今まで仲が良かった人とのメールは無視するようになり、会話も適当になってどんどん疎遠になっていった。

 高校に入っても変わらず、話しかけられても無視か曖昧な返事しかしなかった。


 そんなこんなで一年半ぼっちをやってきている。

 まぁ自業自得だな。

 特に問題はないが、未だに体育のペア組みや調理実習時の過ごし方については研究中である。



 ––––––––––



 いつの間にか俯いていた顔を上げると、数メートル先を歩いている女子生徒に目が止まった。

 少し茶色がかった黒髪が腰の辺りまで伸び、俺と色違いの赤いマフラーを巻いている。


 俺は彼女のことをよく知っている。


 名前は朝日奈瑠奈(あさひなるな)


 お隣さんであり小さい頃からの知り合いで、いわゆる幼馴染みというやつだ。

 マフラーをくれたのもこいつ。


 彼女とも中学卒業までは仲が良かった。

 中学時代は殆ど彼女と過ごしていたと思う。

 けれどやはり徐々に疎遠になっていった。


 しかし彼女は俺がどんなに無視しても話しかけてきてくれた。

 同じ高校に入ってまで気遣ってくれた。

 彼女の行動はとてもありがたかった。


 だが俺はそんな彼女をめんどくさいと言って遠ざけた。


 それからは全く話すことはなく、たまにこうやって登校時や下校時に見かけることはあるが、話しかけられることも話しかけることもない。


 あの時の彼女の涙が目に焼き付いて離れない。

 他に方法なんていくらでもあったろうに。


「はぁ」


 やっぱりため息ばっかだな。




 ……ん?


 後方からパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 振り返ると一台の乗用車がパトカーから逃げているらしい。

 結構なスピードでこっちに向かってくる。


 必死だな。

 でも年貢の納め時ってやつか。


 今の時間帯は下り線が渋滞を起こす。

 社会人が仕事を終わらせて帰って来るのだ。

 今日も例に漏れず俺が歩いている辺りから車の列が出来ていた。

 乗用車はその列に向かっている。

 だが一向にスピードが落ちる気配はない。


 なんだ、突っ込むつもりか?

 そのスピードだとただじゃすまないぞ?


 そう思うと同時に、乗用車が逆走を始めた。

 上り線は空いているから行けると思ったのだろう。

 スピードを緩めることない。


 そのまま俺の横を通りかかった。


 車が向かって来れば避けようとするのは当然だ。

 反対車線は渋滞なので歩道側にハンドルをきるしかない。


 !?


 乗用車を避けたトラックが瑠奈に向かって突っ込んで来た。


「くっそ!!」


 すぐ近くでパトカーのサイレンが鳴っているのに何故か瑠奈は俯いているので気づいていない。


 反射的に走り出す。


「瑠奈!!前見ろ前!!」


 久しぶりに名前を呼んだ。


「え?」


 俺の声に反応して瑠奈は顔を上げトラックに気づいたようだがすでに避けられる距離ではない。


 全力で走る。

 人生で一番速く。


 ほんの数秒の時間がゆっくりと感じた。


「きゃっ!?」


 なんとか瑠奈のところまでたどり着き、その勢いのまま瑠奈を突き飛ばした。


 おかげで瑠奈はトラックの進路から外れた。何が起きたのかわからずきょとんとしている。


 その顔を見て安心したところに衝撃が走った。


「がはっ!!」


 体の左半分が砕ける感じがした。

 そのまま吹っ飛ばされアスファルトに叩きつけられる。

 痛みと衝撃で意識が朦朧とする。


「そ、空明っ!?」


 瑠奈が駆け寄ってくる。

 よかった、怪我はしなかったみたいだな。



「ぉ…おまえ…な…前…見て…」


 思うように声が出ない。

 肺でも潰れたか。


「喋っちゃダメ!!今救急車呼ぶから!!」

 

 瑠奈の目には涙が溜まっている。

 体から血が抜けていく感覚。

 ああ、こりゃ死ぬな。

 死ぬ前に言っとかなきゃ。

 最後の力を振り絞って、右手を瑠奈の頬に添える。


「る…な…ごめん…な」

「ぇ……どう、して…」

「もっ…と…はや…く…あや…まっとけば……な」

「そ、あ……やだよ…死んじゃやだよ!」


 瞼の重みに耐えられず目を閉じる。

 頬に瑠奈の涙が落ちるのがわかる。


 彼女は何故泣いてくれるのだろう。

 俺は拒絶したのに。

 ひどいことを言ったはずなのに。



 こんなことなら早く仲直りして、告白、しとくべきだったなぁ……


 世の中は面倒なだけしゃなく理不尽でもあったのかよ……



 ほんと、めんどくせぇ……




 薄れ行く意識の中、最後にそう思った。


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