ピアノソナタ「悲愴」第一楽章を練習する
夏季セミナーが終わり、会場から出ようとするときに、中学校時代の同級生に
声をかけられた。嫌味な話し方をし、よく僕に皮肉を言ってきた。
あまり、話したくない人物なので、気付かないふりで、スルーしようとしたが、
肩をたたかれ、止められた。クソッ
「やあ、上野君じゃないか?病気のため田舎で療養するって聞いてたけど、大分、
元気のようだね。」
確かに僕は北海道へ行ってから、背はのびて175cmある。ジョギングで
鍛えてるし。中学生当時の僕は、背が小さく、指も短くてよくこの同級生・橋田
に、”これでオクターヴが弾けるなんて、すごいね坊ちゃんは”とか揶揄された
「北海道の綺麗な空気のおかげで、すっかり元気さ。(君にあうまではね)」
「で、やっぱり邦音受けるだね。さすがに父親の”威光”は、受験ではきかないよ」
こうやって、からんでくるのは、昔も今も変わらなかった
「音高から大学に進むなら(サボっていても)楽に合格だろう?」
僕も負けない。本心は言わないけどね
「確かに田舎の高校からポっと出の受験生よりは、楽かな」
「うん、本当にそうだね。それじゃ、また。(出会わないように)」
僕は、出口に行こうとするけど、橋田はまだ話したいらしい。
「まてよ。もうちょっと話そうぜ。久しぶりだし。今、何の曲を練習してるんだい?
セミナーは、レベル高くてとまどったろう?」
橋田は、残念だけど、中学の時は、僕よりずっとピアノが上手かった。
セミナーは、楽典やソルフェージュとかは、ごく普通に出来たし、
実技も戸惑うというほどでもなかったかな。
「僕の練習中の曲は(君は本当は興味ないだろうけど)、とりあえず基礎かな。
(ピアノ弾きは必ず学ぶベートーヴェンのソナタだよ)悪いけど、飛行機の時間が
迫ってるんだ(あと5時間後だ)」
僕は笑って、手をあげ、今度こそ橋田から離れた。
後ろで舌打ちしたのが聞こえた。
人をからかって、余裕があるんだか、しらないけど迷惑だ。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
祖父母にお土産を渡し、東京でのあれこれを話した。
(母の事務所の事とか、父と義父との対立とか)
「雅之もね。顔に似合わず、頑固だからね。
まあ、頑固といえば、上野のじいさまも、似たようなもんだ。
そりゃ、意見が対立したら、平行線のままだろうね。
最終的には、雅之の言うとおりになるだろうけど。
裕一がこっちに来るのだって、結局、反対してたけど、あのじいさん折れたね。
春香ちゃんのいう事には、滅法弱いんだ。」
祖母の指摘で、おじいさまの弱点がまたわかった。おばあさまと、春香かあさんだ。
妻と娘に弱いなんて。実はマイホームパパだったのかな。おじいさま。
ー・-・-・-・-・・-・-・-・・-・-・-・-・-・・-・-・-・-・
夕食後、ひと段落してから、音楽室に練習に行った。
まずは、姿は見えない俊一叔父に”ただいま”の挨拶をして、僕は、頭の中で
練習の段取りを考える。まずは、スケールとアルペジオを軽く練習。
その後で、練習曲の「エオリアンハープ」を練習。
休憩を入れたら、ベートーヴェンのソナタ「悲愴」を第一楽章からもう一度、
練習だ。あれからいろんな演奏家の「悲愴」を聞いた。
西師匠から買った(買わされた)CDには、「悲愴」は、アンコールの時の
演奏で第二楽章だけ入っていた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・・-・-・-・-・
ベートーヴェンは、難聴の病気が悪化してた時、遺書を書いた。
その4年前の作品が、この「悲愴」だから病に悩んでいた事に間違いはないけど。
ただ、ベートーヴェン自信が自分で”大悲愴”と名前をつけたけど、
この頃は、まだそれほど、彼はハジけてはいない。
第一楽章、最初の音、僕は結構、大きな音を出したけど、それは八重子先生にも
指摘された。ここは重要な音だから丁寧に弾くとこだけど、ffじゃない。
あと、テンポも注意された。最初の和音から次の和音へ行くときの休符が、僕は
まちきれないらしい。
Allegroにはいってからは、とにかく右手も左手も軽い音で弾かないといけない。
後、右と左が交差するところでは、左の旋律に呼応するように右の旋律だ。
僕は、そう弾いてるつもりでも、呼応してるように聞こえなかったらしい。
次は、問題の左右のアルペジオだ、ここはスラーがついていないし、難所だ。
右手の旋律になる音には、スタッカートがついている。
ペダルはなしで、入れても音が重くならないようにする。
ここは、片手ずつゆっくり練習しないと。
そのほか、気をつける所がいくつもある。
大変だと思いながら、どこかで”やってやろうじゃないか”って、思う気持ち
もある。それと、やっぱり楽しい。弾き方を考えるのも、工夫するのも。
残念ながら、一楽章だけで東京から帰ってきた日はタイムアップ。
(もともと、家に着いた時間が遅かったし)
ー・-・-・-・-・-・・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
伊豆の別荘にいるおばあさまに会ってきて、両親は僕より4日遅れて、このウチに
帰って来た。乗り物に弱いらしいかあさんは、ちょっと疲れ気味だ。
父は、また曲の清書を頼んでくるだろうけど、今回は無理。
貴重な夏休みの時間だ
さてこれから父と音楽室の取り合い合戦だ。




