ソナタ「悲愴」レッスン@東京
白井先輩は、笑いながらも、僕の体調を心配してくれた。
そういえば、白井先輩、最近、学校内で出会わない。
各学年、2クラスしかないのに。
「白井先輩、最近、会えなかったですけど、部活でも入ったのですか?」
「ははは、ちょっとバイトしてたのよ。季節限定の。実は釧路のフルートの先生に
習おうと思ってね。そのレッスン料+交通費 の分のお金を稼いでいたのよ」
う~ん。シビアだ。
子供の単なる趣味にこれ以上にお金をかけられないって両親の考えだ。
「それでね、実はもう2回ほどレッスンを受けたの。それで、自分のフルートの
吹き方の基本が間違っていたのが、わかってね、それを直したら、自分でも
前より、上手になったような気がして。裕一君に私の音を聞いてもらいたかったんだけど」
ああ、やっぱり。先輩のフルートの音、どこか違ってると思ったんだ。
僕は、他の楽器の事は、わからないけど。
「じゃあ、昼休みにでも音楽室で。」
「今日でもいい?フルートもってきてるから。今、練習中の曲の楽譜も」
なんだ、最初からそのつもりだ。音楽室、暖かければいいけど。
行ってみると、音楽室が暖かかった。4時間目に音楽の授業があって暖房を入れたんだ。
僕の風邪引きのせいもあるけど、今日は気温も低く、曇りだ。肌寒い日だ。
白井先輩の音は、本当に綺麗な音になっていた。
前は、繊細だけど どこかで息がもれているような音が聞こえてた。
「口の形とフルートの吹き口にあてる角度が、よくなかったみたい。
で、レッスン受けた時に指摘された。
で、先生の口元とか姿勢とか、お手本として、スマホで録画して、家で
復習練習したら、前より綺麗な音になったの」
「うん、前より断然いいです。専門でない僕の耳でもわかる。
そうだ、僕の父は大学でフルート専攻してたんだ。仕事で家に普段はいないけど、
8月に休暇で帰ってくるから、その時、見てもらうってのはどうかな?」
「ありがたい。是非お願いしたけど、お休みなのにいいの?」
「ああ、そうか。でも大丈夫、父が帰ってきたら、話してみます。
詳しくはその時、メール送りますから」
白井先輩には、とても感謝された。
レッスン@釧路&東京の僕は、とても恵まれている。
父に期待されてるのかな。お金を出してもらってるってのは。そうだったら嬉しいけど。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
東京でのレッスンは、とても厳しかった。ためになったけど。
モーツァルトのソナタ19番も、見てもらったんだ。
自分では、仕上がり近い曲と思っていたのに・・
”音がなってない、もっと粒をそろえて”
”それじゃ、fの音が重すぎ、もっと軽やかに”
”音楽記号どおりに弾けばいい ってもんじゃないだろ”
と、あと、いろいろ指摘された。
見事にボロクソ。やっぱりこの曲は、不吉だ。予感が当たった。
自分では、今一と思っていた、ショパンのエチュード「エオリアンハープ」
は、それほど注意されなかった。
「この曲は、テクニック的には易しいし、曲想も難しくはない。でも、裕一は、
この曲は自分では今一出来てないって思いながら弾いてただろ?」
当たりだ。演奏にそんな自分の心まで出るんだ。
「自分の演奏を冷静に聴けるのは、いい事だ。もう少し練習しなさい。でも、練習
しすぎないように。指の拡張は、手の緊張につながるからね。注意深くしなさい」
・・・これって、結局、”出来てないのがわかってるだけ、ましだ”って事か?
そして肝心の「悲愴」だけど、これは、まだ途中なので1楽章と3楽章を
見てもらった。
3楽章は、ともかく1楽章は、また、ボロクソに言われた。
”最初が肝心なのに、その最初のダイナミクスがよくない”
”盛り上がりは、1楽章全体をみて。最初から盛り上がっててどうする”
”ここで、気を抜いてるな。ここは肝心なつなぎ目だぞ。”
”最後はpだけど、そんな音じゃ、音にすらなってないぞ”
etc・・・・
まさに、僕が落ち込んで「悲愴」になった。
「まあ、そう落ち込むな。この曲で難しいといっていたら、ベートーヴェン後期の
ソナタは、もっと難しいぞ。」
落ち込む僕に水をかけてくれてありがとうございます。。。
で、レッスンの時間を10分オーバーした。
先生の弾く「悲愴」が聞きたかったのに、というと、先生は、満面の笑みで
CDを一枚くれた。
「僕のコンサートをライブ録音したものだ。録音がヘタでね。結構、売れ残った。
1枚、生徒さん割引で2000円ね」
・・祖父母にお土産を買うお金から払った。今日は「悲愴」の日だ
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
密度の濃いレッスンが終わり、僕は東京のおじいさまの家へ向かった。
都築さんもおじいさまも、仕事で忙しいとかで、家には誰もいなかった。
ここで、15年暮らしたはずなのに、入ると何か違和感があった。
無人っていうのも差し引いても、何かうら淋しいような。
わかった。玄関や廊下に飾られていた 陶器類や絵画が大分、無くなってる。
ひょっとして、会社の経営が大変で売り払ってお金にしたとか?
不吉な予感がした。そういう予感ほど、当たるもんだよな。今日、実証済み。
そして、それは、半分、当たることになった。




