不安の森のショパンのエチュード6番
自分のつらい時期と、エチュード6番が、重なる裕一。困り果てるが。。
ソフアで寝たので、朝、まだ疲れが残ってる。
僕は着替え、居間で朝食を食べようとしたけど、さすがに食欲がない。
ばあちゃんが、心配して俵型のお握りにして、ご飯を出してくれた。
僕の好きな熱い玄米茶と一緒に。
”裕一、昨日は練習、無理だったんじゃないのかい?”
そんな祖母の問に、僕はなんて答えたらいいんだろう。
「心配かけてごめん。今週末、レッスンだからちょっとあせったのかも」
これは、半分、嘘だ。あせってはいるけど、練習にはならなかった。
ショパン練習曲、どうしよう。とりあえず、ベートーヴェンの6番を
仕上げて、それから考えようか
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学校でも、僕はさえない顔をしてたらしい。
青野や脇坂、他のクラスメートにも心配された。確かに合宿疲れもあるけど。
脇坂曰く ”目の焦点があってないような、心がここにないのでは”である。
脇坂もするどい。確かに今は、つらい過去の出来事が、頭をグルグルしてる。
こういう時は何かに熱中するに限る。
授業では、先生の言ったことを全てノートに書いたり、積極的に朗読をしてみたり。
部活では、ひさびさに、校舎の周りを走った。もちろん、ストレッチもかかさない。
そんな僕の様子に脇坂や他の部員が、不思議に思わないはずがない。
脇坂は、単刀直入に聞いてきた。
「後藤さんに振られましたか?」
あは、違う。脇坂にも僕の過去は、教えてないからな。
あまり心配をかけるのもと思い、
「自分の登校拒否してた時の事が頭から離れなくなったんだ。グルグル頭の中に
つまってる思い出したくない過去なんだけね。」と少し白状した。
「僕にも思い出したくない過去はあります。僕は、受験の時にインフルエンザに
かかり、高熱を出しました。解熱剤は飲んだのですが効かなくて、テストは
途中で受けられなくなりました。倒れてしまったので。
もし、予防接種を受けていれば、もし、早めに医者にかかっていれば。
と今でもその時の事を夢にみます。もちろん、この高校に来て、よかったと
思えるようになりましたが。君や青野。他の友達や部活のおかげでで僕は冷静さを
とりもどしました。どこの高校でも受験勉強は自分でしなければいけないと」
脇坂は病気で桜花高校に、落ち、そして見事に立ち直った。
僕は、まだひきずっている。
陰口をたたいた同門の仲間を恨んでるわけではない。
”才能がない”その言葉が心につきささったままなんだったんだ。
しらないふりをして、フタをしてただけ。
「僕にはピアノの才能がないってって、同門の仲間からの言葉を聞いた事
があって、今までは、そういう事にフタをしてたんだ。僕は忘れたふりをしてた」
僕は正直に最後まで告白した。
「上野は、ピアノがすきですか?」「もちろん」
「ピアノをやめることが出来ますか」「できないよ」
「じゃあ、上野には、ピアノが好きで止められないという才能があります」
脇坂の結論は端的だ。。
確かにそういう才能なら、僕にはある。絶対だ。
「ありがとう、脇坂、少し元気になった」僕は 心のどん底という沼からぬけだせた。
「それは、よかったです。僕は医者になりたいけど、勉強はできても、医師に
むいてるかどうかは、実は自信ありません」
脇坂でも、不安があるんだ。万能人間、超人(音痴だけど)に見えるけど。
「脇坂の言葉は冷静で、青野も僕も元気を取り戻した。
脇坂は、"僕らの医者”だよすでに」
僕の言葉に脇坂は、笑顔になった。ちょっと子供っぽい無邪気な顔だ。
僕の言葉も脇坂に”効いた”みたいだ。よかった。僕は役に立った。
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八重子先生のレッスンでは、正直、ひどかった。ショパンの練習曲10-6。
僕が言う前に八重子先生が、話し出した。
「裕一君にショパンの練習曲を勉強してもらおうと思ったのは、だいぶ前なのよ。
いろいろ曲の候補を挙げたけど、とりあえず、一番簡単だといわれてる曲にした。
でも、自分でやってみると、自分のつらい時期の事を思い出してしまって。
上手く最後までさらえなかったのよ。申し訳ない事なんだけど」
先生もそうなんだ。この曲は、人を不安にさせる要素満載だからかな。
「実は、僕もそうなんです。昔のつらいことを思い出して、落ち込んで
這い上がるのに苦労しました。でも、曲は弾くのが怖いってのがあって・・」
「私も裕一君も、曲に入れ込みすぎるのね。それは良くない事だわ。
曲想に同調しつつも、冷静に曲を弾かないと。部分部分をとりだして、
何度も基礎練習をくりかえせば、曲を冷静に弾くことにつながるかも。」
僕より数段上のテクニックの先生。この間リクエストして、「黒鍵のエチュード」を
弾いてもらったんだ。明るくて楽しそうで、やはり難しい曲だったけどね。
僕にも先生にもこの曲は鬼門だ、だけどそれを克服しないといけない。
僕はレッスンで、この6番を、機械的に弾いてみた。
曲になってない。先生も苦笑いだ。
機械的に弾いてもいけない。かといって入れ込みすぎてもいけない。冷静にかつ
もっと感情を抽象的に表現する。聴く人がその感情を感じてくれればいいんだ。
先生といろいろ話して、そういう曲にするよう練習することに。
先生も一緒に練習だ。




