青野の彼女
青野のお父さんは、僕が青野の友達ってことで、相談にきた。
「正義のやつ、酪農家をつぐ。酪農大学に入って勉強するから。って宣言してたんだ。
それが昨日、家、つぐの止めた。理髪師になるから専門学校へ行く。って言い出しやがってよ。
まあ、酪農家も経営が大変だから正義がつがないっていってきたら、また、考えるんだけど、
急に理髪師だろう?わけがわからん。一人で弁当箱洗ってるかと思えば、机にあったクッキーを
食べたら、怒り出すしよ。栄子さん、これ、何かの祟りかなんかかい?」
僕は、笑いをこらえピアノ室に行った
決断の早いのはいいけど、早すぎるよ青野。
もちろん、僕は青野と吉岡の仲の事は、お父さんには言わなかったけど、進路の事はともかく、
クッキーが机にある時点でわかってほしいな。お父さんも。”お、彼女でも出来たか”って
おっと、練習、練習。今は中学時代にさらい終わったバッハの平均律集を、もう一度練習している。
僕は、どの曲を弾けるけど、それは表面上だけで、曲の構造をちゃんと理解できてない部分もある。
若干あせってる。音大の受験曲が結構、大変なのだ。
音大のピアノ科の受験には、実技としてバッハの平均律。ショパンの練習曲やベートーヴェンの
ソナタ、この3つの曲集の中から各1曲ずつ曲を選び、演奏するのがよくあるパターン。
音高に入っていれば、推薦枠があり楽だったろうけど、僕のあの時の登校拒否状態では無理だった。
もちろん、来年、音高を受けなおすって手もあるだろうけど、我侭かもしれないけど、
今の高校も、父の祖父母との暮らしも とても大切で捨てられない。
祖母が音楽室にコーヒーを持ってきてくれた。
(今は母の乱入の心配がないので内鍵はかけていない)
青野君の事なんだけど、と祖母が切り出し、僕は、噴出しそうになった。
いや、青野らしい先走りっぷりだなと。
僕はお父さんには内緒であることを条件に、青野の彼女の話しをした。
「そんなこったろうと思ったよ。確か、吉岡理髪店ってあったから、
そこの娘かもしれないね~。でも、まだどっちも高校一年生だろう?」
祖母は、笑いながら言った。
「うん、家が反対方向だから一緒に帰る事もないし、時々、部活終わったあと、
二人で楽しそうに話してるのを見た事あるよ。もっぱらメールかラインかなにかで、
やりとりしてるのかも」僕は、練習中はスマホの電源をオフにしてるので、
ラインはやらない。脇坂も勉強中はオフにしてるとか。
次の日、青野に吉岡美穂さんとの、いわゆる"出会い”を聞いてみた。
青野は、満面の笑みで、「文化祭で家庭科部が、お菓子の販売会をしたんだ。
クッキーとかな。そばを通ったとき、美穂が にっこり”いかがですか”って
差し出したのが、可愛らしくて、即、買った。おいしかった。
で、それからたまに会うと挨拶する中になって、アドレス教えあってさ。
ツーショットの写真もあるけど見るか?」
いや、自分だけの宝物にすればいいよと、僕と脇坂は遠慮した。
「で、吉岡さんのどういう所が好き?」とさらに聞くと、「もちろん、仕草も顔も
かわいいけど、性格が素直で可愛いんだ。同じ女、でもうちのねえちゃんと大違い」
ふm、青野のお父さん、何もいわずに静観することにしたかな。多分、祖母なら、
そういう言っただろうし。
「でな、美穂のところ、理髪店だから俺、将来、理髪師になって店を継ぐ。あそこは
子供は美穂の一人だけだからな、俺がなんとかしないと」
「青野君が幸せそうなのは、僕達も嬉しいですが・・・」さすがの脇坂も言えないだろう。
そう、二人が別れた時は、どうするんだって事。
不吉な事をいうのは、イヤなんで黙ってる。
部活の帰り、その吉岡美穂さんとその友達に出会ったので、青野に正式に紹介して
もらった。「はじめまして、吉岡美穂といいます。よろしく。お二人の事は、青野君からよく聞いてます。えっと、脇坂君に、こちらが、この間のテストで算数の点数が悪かった上野君」
・・すごい直球の挨拶だ。青野より、一点良かったです と、僕は返したが。
正直、びっくりした。青野が、そうか、俺は算数はいい成績と思ったけど、上野は違うんだ。
あれでいい成績?青野、経営者、数学に強くなくてどうする。
友達は竹中宏子さんといい、クラスメートで部活仲間だそうだ。
すこし茶色がかったフワフワのクセっ毛の吉岡さんとは反対で、黒い髪をオカッパ頭
にしてる、どちらかというと地味な女子だった。
二人になりたい青野と吉岡を残し、僕達は歩きながら話した。
「ごめんなさい、上野君、美穂は悪い子じゃないんだけど」と竹中さんが謝った。
いえいえ、いいです。と僕は笑いながら返したが。
「率直さは必要です。が・・・それはその時の場面によりますね」脇坂は慎重に言った。
後ろを振り返ると、楽しそうに喋ってる二人が見えた。
彼女がいるって、もしかしたら楽しいかもって思えた




