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父との会話

それから数日、何もなかったように過ぎた。学校もいつもどおりで、部活も変化はなかった。8月も、後、3日で終わるという日、ピアノ室でいつものように父と楽譜の清書をしていた時、父がきりだした。

「裕一、お前、これからどうしたい?」ついにこの話しになったか。

「どうしたいって。つまり進路の事?うん、迷ってる。希望は、プロのピアノ演奏家だけど、無理だなという気持ちとそれでも挑戦したいという気持ちの半々くらいかな」

僕は、正直に話す。自分の実力も弱点もわかってるし、気持ちを抑えられないのも本当。


「うん、”じゃあ、ゆっくり考えて”って、言えない所が残念だ。裕一はそれなりにピアノは勉強してるけれど、音大に受かるには、もう少しレベルアップしないと駄目だ。それには、もうレッスンを再開しないと。それに楽典やソルフェージュももう一度、さらったほうがいい。」

父の言葉に僕は、黙ってしまった。そう、それは僕も考えてた。今から、始めないとギリギリ。希望の大学に受かるかどうかも微妙な所だ。緊張症はともかく、脱力が問題だ。ピアノを弾くとき脱力が出来なくなったキッカケはわかったけど、だからすぐ克服できる かどうかは疑問だし、ピアノのレッスン、今までの師匠の処だと東京まで通わないといけない。金銭的にかなりな負担をかけてしまう。


「東京の先生のレッスンは、一月に1度、後、先生に、釧路で受験に詳しい先生を紹介してもらい、普段の練習をみてもらう。お金の事なら心配いらない。僕が稼ぐから」

実際、ありがたくて涙のでる父の言葉。

寝癖ボサボサ頭をかきながら、まだ寝起きのような声だけど。

(でも、稼ぐって本当に大丈夫かな、父。)

「音大に入っても、ものにならず、全然、別の仕事をすることになっても、いいかな?それに、僕は、祖父母ともっと暮らしたいって気持ちもあるんだ」

「裕一が、音大に入った後、どういう道に進んでも、僕は応援するよ。両親の事は、裕一では、どうしようもないでしょう。残念だけど、この町では大学はないし、就職先も厳しい。高校を卒業したら、出て行く事になるのは、両親も承知してるでしょう」

父は、僕の事もちゃんと考えていてくれたんだな。ちゃんと話しをしてみてやっとわかった。

「一人でピアノを続ける道もあるけど、それだと、”ピアノは趣味”と割り切らないといけない。僕はまだ未熟でどうしようもないけど、いつかプロの演奏家に・・」

最後のほうは、もう声が小さくなった。かなわぬ夢と自分でも諦めてる所があるからかな。


「それでも裕一、元気になってよかった。君をここに連れてきてよかった。正直、あのままじゃ、音高に行ってもつぶれてただろう。裕一には、少しゆっくりする時間が必要だったんだな。」父は、しみじみと僕を見た。

音高どころか、中学でさえ最後のほうは、行ってない僕だ。その時は、どうしようもなかった。行こうとすると、頭痛がひどかったり吐いたり、学校へ行くのを体が拒否してた。


父とのそんな会話は、生まれて初めての経験だった。

高校生なんだから、少しは反抗すれよ と突っ込む気持ちもあるけど、音楽については、やはり大先輩の父の意見は、正しい。


父との会話をした次の日、父はあわてて、ニューヨークに帰っていった。

母も父にあわせて、東京へ帰っていった。母を見舞ってからすぐ、ヨーロッパ公演なんだそうだ。そういえば、二人とも、8月一杯までの休暇をやっととれたと、行っていた。

二人いなくなった家の中は一気にひっそりした。

母さんのあの能天気な声に聞こえないのは淋しい。

音楽室で、父がスコア読みでソファにころがってないのも、どこか足りない気分。

それは、祖父母のほうが、もっと強く感じただろう。


「雅之は、昔からおとなしく手がかからなかったけど、こうと決めたら絶対にいう事を聞かない子だった。その点、繁之はやんちゃで反抗して手をやいたけど、最後は、いう事を聞いていた。雅之は、そんな性格は今もかわらないね。」

祖母は、本当に淋しそうだった。祖父は、あいかわらずのニッコリ顔で祖母をいたわるように、祖母の手に自分の手を重ねた。

「これからも二人で新婚時代さ、おっと裕一という子供が出来たと考えれば、もっと楽しいくなるよ」

ごめん、じいちゃん。僕は上手くいけば3年のうちにこの家を出て行く事になる。


淋しい気持ちにも浸っていられない。あの後、父が東京の先生に連絡をとってくれた。

今度の週末には、紹介された釧路の先生の所に行く予定だ。

これから本格的に、僕はピアノの練習を再開する。


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