ショパン 練習曲「革命」
次の日,山崎の事を曽我先生報告。
その時の曽我顧問の顔は。本当に哀しい顔をだった。難事は続くもので、
陸上部の女子の父母からクレームが学校に来た。
陸上部の終了時間が、遅すぎるというのだ。2年の女子、佐々木先輩と桂田先輩の父母だった。曽我顧問は、6時前には部活は終了しています。と説明したが納得していっただろうか。緊急の部会を開くことになった。
林先輩によると、皆で練習した3回のうち、佐々木先輩と桂田先輩は1回しか、見なかったということなんだけど、クレームでは、”いつも帰りは9時”と言っていた。
曽我顧問は、自主練習の事を父母に報告した・・・二人の家庭内で嵐がになるだろう。
自主練習の内容は、2年の男子はリレーでのバトンの練習だったらしい。
曽我顧問は、4人には、朝練でそれを練習するように指示。そして5人には厳しいお説教が待っていた。佐々木、桂田、両先輩は、今日は学校には来ていたらしいが、終わると即効帰ったらしい。
5名以外の部員は、練習なしになった。そして丁度、帰るころ祖父が曽我先生を訪ねてきた。山崎が怪我した日のことの報告かな。曽我先生はさかんに恐縮してる。
家に帰ると、父が楽譜を持って待っていた。
「裕一、ヒマなら楽譜の清書はじめよう」父は楽しそうだ。楽譜の変更のまた変更、
もしくは元にもどるをくりかえすの繰り返し、こっちは大変なんだけど。
父がピアノの前に座り、「ほら、ここはこういう感じにしたいんだ」と楽譜の一部を弾く。
前から感じてたのだけど、これって母さんへのラヴレターのような音楽だ
春(香)は、こんなに素晴らしいと手放しで喜んでる曲なのだ。
それなら、この夏の休暇中に仕上げる気は、父にはないのかも。そういえば"事務所に頼むのは恥ずかしい”って言ってたっけ。
急にやる気がうせてきた。僕のしらけた顔を父は誤解したのか、急に
「そうだ、ピアノの先生の所でさらっていた曲を、聞かせてくれないか」
「父、ピアノがわかるのか?」
「いや、詳しくはわからないがそれなりには。。」
僕が音高に行かなかったのは、自分のピアノに自信がなかったからだ。
後、コンクールで緊張しすぎで吐いて倒れ救急車で運ばれた。
で、それからコンクール恐怖症になった。
コンクールで緊張して出られないのなら、父母のように世界をまわって演奏活動するプロにはなれない。そう思うとピアノの練習もなにかむなしいものになっていたからだ。意識しなかったけど、僕のプライドは高かったんだ。それがくじかれて、逃げるようにして、ここに来た。それでも、ピアノ演奏家の道は、あきらめ切れない。
さらっていた曲は、ショパンの練習曲「革命」だ。しかも途中で投げ出してる。コンクールでの事以来、学校では、周りが僕の嘲笑う声が聞こえてくるようで、卒業前4ヶ月は学校にも行けなくなった。レッスンも行かなくなった。
ショパンの練習曲「革命」はそんな時の曲で、当時の苦しさを思い出した。
「もう、ピアノは習っていない。」そっけない僕の答えにも父はめげなかった。
「じゃあ、途中になった曲でいいから、聞かせて」父は指揮者であるから、なんかのアドバイスをくれるかもしれない。
僕は、「革命」を弾き出した。当時、弾いていたテンポでは弾けるはずもなく、”ただの左手の練習曲”になっている。練習してた当時はかなりのめりこんでいたので、手は覚えていた。ただ、音の粒がそろってない。左手がギクシャクしてる。この曲は激しい曲だけど、左手は滑らかに弾かないといけないのに。そして、テンポアップしてみると途端に体全体に力が入るのがわかった。やっぱ、無理。僕は途中で弾くのを止めた。
僕も父も無言。沈黙が続いた。先に話し始めたのは父のほう。
「なあ、裕一、この曲は今も好きかい?」
父の問いに僕は、”いや”と答えそうになって、留まった。あの時、僕は本当にこの曲が好きだったのか?今は、イヤな思い出のある”一つの曲” としか思えない。
僕の前のレッスンの生徒がこの曲を弾いていた。同じ音中の生徒.
最初の目の覚めるような右の和音。後につづく左手の下降音形を従え右手の主題が入ってくる、それから音を変化させ、波がうねるように左手が休むことなく動いている。
僕は、”これ、この曲好きだ”と思ったと同時に、ここまで弾ける同学年の子に嫉妬を覚えたのは、正直あったが。
「うん、その経緯は知ってる。お前が学校へ行けなくなったあたりに、一度、東京に帰る機会があってね。その時はトンボ帰りのようなものだったけど。裕一のピアノの先生に会ったんだ。先生は、強引にでも違う曲にすべきだったと 後悔してた」
父のその言葉に。僕の事を思い出したの第一感。都築さん経由で話しが行ったのかと納得。
「正直言おう、その当時の録音をいろいろ聞いたが、その時の裕一のピアノのテクニックでは、あの曲は弾きこなせない。音をなぞるだけで精一杯だったはずだ。」
父、今の僕のテクニックでも弾けない。これは自信を持って言える。




