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家族と孤独

「母さん、この曲、だいぶ根つめて練習してたの?顔色悪いよ?」

僕がやんわりと言った途端、母さんの瞳がウルウルしだした。

まずい、泣き出す、まったく子供か と心の中でつっこみつつ、「お母さん、ホラ座って今、コーヒー入れるから」と、僕はあわてた。

母はとぎれとぎれに、「裕ちゃんと一緒に弾けたら楽しいなと、そこから話しがはずむといいなと、私、今の裕ちゃんの事、あまりわからないし、・・」と。

急にドアが開き、「春香に何をしたんだ!!」と僕は大声で怒鳴られた。その声に僕は、体が硬直してしまった。父さん、帰って来たんだ。今の父さんの目と口調、何か覚えがある。そうだ、東京の祖父が、僕に"顔も見たくない"と言った時と同じだ。

僕は、昨日の母さんの事を説明しようとしたが、動悸はするし口はからからで言葉が出なかった。

声が聞こえたのか祖母が慌ててやって来た。

「何大声だしてんだい。何をしたも何も、春香さんは、昨日、練習のしすぎて倒れる寸前のだったんだよ。今日も練習ばかりだから裕一が心配したんじゃない」

父さんは、バツの悪い顔をしたが、僕に謝りもしなかった。「母さん、春香がごらんの通り体力が落ちてるんだ、特製ドリンク作って。プルーン入りで」と言うと、母に肩を抱き、居間に戻っていった。

「気にするんじゃないよ。あの子は春香さん一筋なんだ、それにしてもプルーンは、あったかな」祖母の言葉に僕は「ああ、僕がひとっ走り行って買ってくる」というと、さっと家を出た。正直、あの父親、もう父親というのもいやだ、アイツと一緒の空間にいるのが耐えられない。遠くのコンビニまでチャリをとばした。なるべく家にゆっくり帰れるように。


無心でチャリを飛ばし、コンビニにつくと意外な人物に出会った。

「あれ?上野。ここまで来たんだ」という脇坂の声。僕は、プルーンを買いにきたと言い、帰ろうとした。「上野、ちょっとだけいいか?」と脇坂が僕をとめた。


僕と自転車を押しながら脇坂と話した。

「僕は、ずっと藤田との事が心に残ってました。成績では僕より下の藤田が桜花高校に受かるとは。僕は自分の悔しい気持ちを抑えてたつもりでしたが、だめでした。でも、青野と上野に話して、僕のわだかまりが取れたようです。おかげで、気持ちが軽くなりました。上野、何があったかわからないけど、苦しい時は僕に打ち明けて下さい。話せる範囲でいから。楽になります」

僕が普通でないのを、脇坂はわかったんだ。僕は脇坂の言葉に少しだけ甘えることにした。

「僕の所は両親とも海外で仕事してて、僕とは、年に2度も会えばいいほうなんだ。だから普通の家庭とかなり違う。今日は父さんに怒鳴られた。母が泣き出しそうになってるのを僕のせいにされたんだ」

僕の告白に、脇坂はさすがに目を白黒させてる

「年に2度って、七夕なみですね、上野は母親を泣かすような事をするとは思えないのですが・・」

そうだよな。本当にウチは両親が特殊というか、変人というか。

「ウチは、母親はバイオリニストなんだ。その母が休暇で来てるのに、昨日は食事もとらずに一日中練習に没頭してさ。その日は僕が母さんの練習を止めたんだ。今日もそうだったみたいで、聞いてみたんだ。無理してないよねって。顔色悪いし、目の下にクマもあって、無理したのがバレバレだったけどね、そうしたら母さん、泣き出しそうになって」と言いうと、脇坂はふむと考え込み「上野君のお母さんは、きっと、その時、泣きたい気分だったのかもしれませんよ。君は感謝されこそすれ、それを怒鳴るとは。。もしかして父君は早とちりでもしたのかもしれませんが」脇坂も言葉に困ってる。ちょっと想像出来ないからだろう。


分岐点で僕は脇坂に礼を言った。頭に上った血が下がったところで、僕は帰路についた。

いつもニコニコ顔の祖父が、怖い顔をしていた。僕は怒られるかと思ったら、ガッチリ僕に抱きついてきて泣き出した。

「よかった、裕一、ちゃんと帰ってきて。何かあったらどうしようかと思ってた」

「だから言っただろ、ちょっと帰りが遅いくらいでなんだい。友達に出会って話でもしてるんだろうと」

「うん、ちょっとね、脇坂に会ったから話してた。」

祖父母は、帰りが遅い僕を心配してた。

僕は申し訳ない気持ちと少し嬉しい気持ちで一杯になった。


夜、部屋で陸上部のデータ整理してたら、父さんが、ちょっといいかと言いながら部屋に入って来た。

全然、よくない。少し冷静になったばかりなのに。

「さっきは、悪かった。春香の話しから裕一が春香の心配をしてくれた事がわかった。春香にも、謝ってきなさいと怒られた。」ああ、そうですか。母さんに言われたから謝りに来たってことね。僕は返事をせず入力作業を続けながら、ちょっと不貞腐れた。

「それで、春香の事だけど、だいぶ痩せて体力も落ちたから、温泉で保養してこようと思うんだ。ここだど、気を使うだろうから」その言葉にあやうく僕は怒鳴る所だった

”気を使ってるのは、ばあちゃんとじいちゃんの方だ”って。そこをこらえて僕は言った。

「そう?いいんじゃない?」と。

「せっかくの休暇だし、二人でのんびりしたいからね」

その言葉に、僕は、一瞬にして絶対零度の世界に落とされた。

結局、二人だけの世界か。

「作業の邪魔になるから、出て行ってほしいんだけど」

言葉をしぼりだした。一人になりたかった。少なくともあの二人には僕は必要ないようだ。

僕は、生まれなくてもよかった存在なのかも。


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