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夏目先輩
通りすぎたかったのに、先輩は僕の腕をつかんだ。
「ね、君、この間 教えてくれた1年君だよね。もう一度聴いてくれなかな?
あっと、私は2年の夏目。お昼休みに練習してるの」
ちょっと強引な先輩にひきずられるようにして、音楽室に僕は戻る。
つくづく、あの時はウッカリした。
僕はもうピアノはやめた。人に口だせるような能力もないんだ。
だから父の勧めで、東京のからここまで逃げてきたようなもんだった。
「あの僕、上野 上野裕一です。この間は、ナマいってすみませんでした。
僕、本当はピアノはヘタクソでもうやめたんです。」
先輩は 引き下がらなかった。「ねえ、聴くだけ聴いてくれないかしら?
あれからゆっくり練習して、少しは上手くなった気がするの」
先輩を見ると、後ろに雲のような白い物体があった。
それが僕のほうをむくように、上半身をねじった。
(しまった、目があったかも)
その瞬間、その白いものは、雲のようにもやもやしたものから、ぼんやりした人の
形になった。女性のよう。その”女性みたなもの”は、
僕になげかけてきた。
「お願い。。心配・・・無理・・お願い・・」