家族の解散
「山崎って、母親にはクールだよな。妹の美里ちゃんには、過剰なくらい
心配するのに。」
「俺は、あの母親は、信用しきれてないんだ。今までの事もあるけど、
病気あがりで、家で療養してるとはいえ、美里を心配するでもなく、怒るでもなく。
ビンタしたのは、躾じゃなく、ただ単に、腹が立っただけだろう。」
僕の両親は、ずっと僕を放っておいて、僕になんの関心もないのだろうと、
中学生の時は思ってたけど、高校生になって、仕事オフの両親と過ごすうち、
関心がないというより、遠慮してるんじゃないかって、思えてきた。
放任してた後ろめたさ?そういうせいかな。
父は、なんだかんだいいながら、受験勉強のため作曲してくれた。
(その都度、山崎が楽譜を解読・清書するのだけど)
「美里ちゃん、それで、母親の事、少し怖くなったのかな。
ただ、あれだけの大病の後だし、心身ともに普通にもどるのって、
だいぶ、時間がかかるもんなんじゃない?」
1年以上は入院してたんだ。山崎母は。お酒で肝臓を悪くして、
その後、事件に巻き込まれたりして。
「きっと余裕がないだけだよ」
「裕一は、優しいな。俺はいいんだ。もう高校も卒業、自立する。
美里の事だけは心配だけど、そこは山本のおじさん、おばさんにと民生委員の人に
頼るしかない。無責任かもしれないけど」
山崎母は、退院した後は、生活保護のケースワーカーの人と民生委員の人に
いろいろと相談にのってもらってるそうだ。
「母さんは、やっぱり少し悩んで、俺の独立を認めたんだろう。
今まで、ダメンズとはいえ、男に頼ってたからな。自分でも”これじゃ駄目だと、
さすがに思ったんだろう」
山崎の冷静な観察には、びっくりだ。ウチに来る前は、母親との口喧嘩も
僕は見た事あるけど、彼はもう、その時より、数段、大人になってるようだ。
「家族の話はやめよう。俺もまだいろいろ考え中の事もある。とりあえず、働いてみて
からでないと、今、考えても、どうにもならないからな。」
「そう・・そうかもしれない。僕も山崎も”人生の分岐点”って処だ。
まだ、先がどうなるか、見えてこない。
僕は、音大入ったとしても、その先は、どうも闇の中かも」
音大に入ったところで、演奏家のプロになれるのは、その中の1㌫たらずだそうだ。
音大は卒業した後が大変と、知っていたけど、具体的に数字でみると、
お先真っ暗な世界だった。
場が暗くなった、ちょっと息苦しい。
「山崎あのな。この間、横田君が遊びに来た。失恋してゲッソリやせてた。
前は前で、逞しい体だったけど、今は、美青年になりつつあるかも。
失恋って、そんなに心の痛手になるのか?」
唐突に話題を変えてみた。僕の落ち込みに山崎を引きずり込むわけにいかない。
「お前も、俺もだ。失恋する前に”恋”をしないとな。ははは
その前に、まず、二人そろって、チェリーを卒業しに行くか?」
はあ、チェリーって・・サクランボ? あ、そうか。
「いやいやいや、無理無理。」僕は、慌てて顔が熱くなってくるのがわかる
「本気にとるなよ、冗談だって」
いつもの山崎の、口調。冗談のつもりだったのか?まじで
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夜の練習では、山崎を聴衆に、本番のように演奏してみた。
横田君のときよりかは、緊張しなかった。
「よ、俺には音楽はよくわからないけど。美里はお前のピアノの音が大好きらしい。
お前のファン第一号だ。よかったな」
にこやかな 強面顔の山崎にいわれると、兄にでもいわれたような気分だ。
僕は、一人っ子だけどさ。
「そうえば、山崎、兄さんから連絡あったかい?
あ、ごめん、家族の話はなしだったね。悪かった」
「いや、いい。どうせ話す事があった。裕一の受験が終わってからと,
思ってたんだ。実は、この間に東京に来たとき、偶然、炊き出しの場面に出くわして
兄貴らしい人をみかけた気がしたんだ。」
東京の冬はホームレスとして暮らす人々には厳しい。
そこで、ボランティアの人たちが、たき火をたいて暖をとり夜を
死なないようにしたり、おにぎりとかの食料を配ってるそうだ。
「今回は、1週間の滞在の間に、見つける事は出来ないだろうけど、
ボランティアのグループを回って、聞いてみるつもりなんだ。」
・・・一家離散。こういう事をいうのか。
まあ、うちにしたって、一家離散だ。僕は日本、父母はNYか、どこかしらない国。
離散の規模が世界レベルだよ・・




