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さんざんなショパン

レッスンは、バッハの受験曲から、いつも通り始まった。


バッハはいい。受験曲に選んだ2集の5番。長調で明るく、

気持ちが前向きになる。心がシャンっとなるかんじだ。

バッハは対位法の練習曲として、すべての調で前奏曲・フーガの組み合わせで

1集2集、各24曲、あわせて48曲作曲してる。

もっとも、2集は 作品の作曲順がバラバラなものを組み合わせたそうだけど。


僕は、師匠の前で、丁寧に弾いた。

最初のうちはよかったのだけど、”ここのフレーズ、フルートが吹くといいかも”

とか思った途端、また脳内BGMがなりだしたんだ。

でもしょうがない。無視して弾くよりほかないし。


「うん、何か音色が広がった感じがして、よくなった。

でも、裕一君、まだ、しかめっ面だな。ここは明るくいかないと」


音色が広がったのは嬉しい。これって第九効果なら苦労したかいがあるんだけど。


「実は、先生、年末に父の指揮する第九の演奏を聴きに行ったんです。

よかったんですけど、その後から、頭の中から第九の音が離れないんです。

脳内BGMっていうか。今も曲の途中からなりだして・・」


僕は思い切って打ち明けた。師匠なら何かいい解決方法、知ってるかもしれないし。

僕はもう、解放されたいんだ。第九から。


「ふm。それはそれは、裕一君にしては、ちょっと軽率だったね。

イヤ、オーケストラの演奏自体、北海道に行ってからは、生で聴いてなかったか

・・・それならしょうがないか。


プロの演奏家を目指すピアニストの中でも、

”演奏に影響が出るから他のピアニスト演奏は聴かない”って人もいるくらいだ。

音楽家は音楽に影響されやすいのは、当たり前でしょ?


それに上野先生の演奏は、”よくも悪くも 若い演奏”って 批評も新聞にのっていた。

それほど、刺激が強かったんだな、きっと。」


え?新聞に批評が出てたんだ。ネットで検索してみるか。

で、肝心の解決方法は?


「それはね、ないかも。集中して練習すれば、大抵は治るもんだけど・・

年末以来 続いてるならしょうがない。変に意識しないほうがいいのかもしれない。

現に、こちらの聴いてる限りでは、いい影響はでてても、悪影響はないからね」


それは、脇坂と同じアドバイスだ。つまりは脳がヒートアップ状態なんだな。まだ。


そうですか・・と僕は納得するしかなかった。

次は、ショパンのエチュード。これも、徹底的に基礎練習をやり直した曲だ。

そうするしか、しょうがなかったから。

でも、自分でもわかった。こまかい音の変化、ダイナミクス。細部にこまかくきって

練習したぶん、全体としての曲が、まとまりのない、単なる練習曲になってる。

非常手段とはいえ、全体練習をちゃんとしないと、こうなるといういい見本。


「やれやれ、ショパンのエチュード 10-4 でまだよかったかな。

抒情的な部分が、今いちだね」

先生は、何度もフレーズを対比させながら、手本を弾いてくれた。

僕は、弾いた通りに弾けるよう、何度も繰り返し、そして注意深く聞いた。

先生の熱心な指導のおかげか、ショパンは大分、矯正が出来た。


第九の事は考えない。思い出さない。無理して無視しない。。。

呪文のように心の中で唱えながら、父の生演奏って記憶に残るのはこれが初めてだ

って事、思いついた。本当は、忘れたくないんじゃないか?

いや、でも父親としては、実感ない。でも、世の父親ってそんなもんかもしれないし・・


「裕一君、今、考えてる事を 口に出して言ってごらん」


え?しまった。曲が終わって、集中とぎれた。

僕は、先生に平謝りして、自分の考えてた事を白状した。

父と僕との事は、先生も薄々知っていたようだ。


「父親なんて、お金を稼いで、家の中では存在感ない ってのが多いかもしれない。

もちろん、子供のころに熱心でも、思春期には子供に煙たがられるってのもある。

裕一君の所が特別だ とは僕は思わないよ。

まとわりついてるメロディは、つらい時もあるけど、そのままにしとくしかないね」


僕は、ちょっとホっとしたけど、それでも、先生に悪くて、沈んだ気持ちで

ベートーヴェンのピアノソナタ21番、ワルトシュタインを弾いた。

この曲も、僕を前向きにさせてくれた。これは勇気をくれる曲だ。


先生の評価は、グっとよかった。交響曲「英雄」をだぶらせたのが、よかったのかな。

”音がノビノビしてる。”と褒められた。

「裕一君は、どちらかというと、ロマン派はより、古典派、バロックのほうが

得手なのかもしれない。だからこそ、ショパンなどのロマン派の曲を 練習 

というか、体感したほうがいいな」


先生のありがたい言葉だ。申し訳なさで、一杯だ。


その時、ノックがして、”失礼します”の声とともに、橋田が入って来た

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