特訓1日目
26日は、初見の練習と聴音テスト、それから受験曲のレッスン。
途中、休憩は入れたけど、さすがに僕も西師匠に申し訳なかった。
初見の楽譜は、父の作曲したもので、全部で4曲。先生は楽譜を興味深そうに見て
”作曲は時間かかるし”とか。、ブツブツいってる。
初見演奏は、どちらかというと苦手なほうだ。
小さい時にいろんな曲にチャレンジ(自主的に)しなかったせいかもしれない。
父の曲は小難しいのと、あっけらかんと明るいのと両極端だった。
先生は楽譜を見ながら 僕の演奏のチェック。
「事前に見てないんだろう?さすが上野氏の作曲だけあって、裕一は
うまく面倒な箇所をクリアしてる。やはり親子だな」
なんか、父と似てるって言われてるようで、いやだな。
初見演奏が、今日、上手くいったのは、父の曲だからか?苦手なはずなのに。
それなら、もっと練習しないとダメだな。
先生の音楽室は片付いてる。整理整頓ができてる。
ウチは、父が来ると楽譜と本が散乱して足の踏み場もなくなる。
防音には最大の注意をはらってるせいか、そのほかの装飾品は、なにもない。
学校のレッスン室のようで、それだけに、音楽に集中せざる得ないようになってる。
ちなみに今日の曲は、西師匠が他の生徒の新曲練習にも使うそうだ。
楽譜使用料を払うつもりだった師匠だが、父から
”うちの息子が、ヘタクソで迷惑をかけてる分です”と固辞。
西師匠は、これから役にたつと、ほくほく顔だ。そう、ヘタクソってよくわかるよ。
今更だけど、先生の音のすばらしさ、自由に変化するさまを聞くと、
僕の音なんか くらべものにならないんだ。
西師匠には、中学の時から習ってるけれど、どうして気がつかなかったんだ・・
次は聴音は、これは意外とてこずった。八重子先生の所でもよくやったけど、
西師匠のはレベルが高かった。また課題がふえた。
休憩時、ソファでくつろぎながら、西師匠はサラっと爆弾を僕に落とした
「いや~正直、無理とおもったんだけどね。
中学の時のレッスンが、裕一君は、他の生徒に差をつけられてたし。
先頭にいたのが、中ぐらいまで下がったからね。音楽にも何か、今一つ心がないよう
ないって感じだったし。
でも、高校生になってから、メキメキ実力をつけてるんよ。驚き。僕の指導のたまものだね」
なんて、冗談半分で笑ってる。
中学の時、一生懸命練習してたはず。実力にあわないエチュード革命を
すごいテンポで弾いて、腱鞘炎を起こしかけたりしたし。
(でも、思えばあれは西師匠の課題の曲じゃなかった)
確か、ずっとバッハをやっていて、僕は”正しく弾いた”
ただ、思い出すとフーガとかは、対位法が出来てなかった気がしてきた。
ずっと注意を受けてたはずなんだ。
師匠の言ってる意味が理解できなかったのか。
両親に反抗してふてくされてたわけじゃない。(両親、年中、仕事でいないし)
高校生になり、テクニック的にも音楽的にも成長したのだろう。
(交通費に高いお金を出し、部活をやすんだぶん、レッスンでとりかえそう
と思って、必死だったし)
ただそれ以上に、僕は自分の音を聴く耳がシビアになった。そのぶん、納得できる演奏に
なるまで時間がかかったけど。
さて、休憩をはさんでからは、レッスンに入る前に基礎練習。
先生の音楽室は、グランドピアノが2台はいっている。
最初は バッハから。
先生は言葉でなく、音で”こういうふうに”と注意してくるようになった。
それを僕は、マネして出来るまで繰り返す。おかげでバッハは、多彩な音色の
曲になりつつある。(まだ未完成だけど)
ショパンのエチュードでは、先生の音には緊張と気迫があった。
何かに追われてるような曲。最初から最後までこの緊張感を保たないといけない。
僕の音は、p、弱い音量の音の箇所に、緊張感が出てこない。
f よりも、緊迫感がでるはずなのに、何か足りない。
ベートーヴェンのピアノソナタ21番ワルトシュタインは、もう一度1楽章から
この間やった後期の曲のような甘さやロマンチックな旋律はほぼない。
出来てるはずの1楽章だけど、和音の音色が、時々ばらける。
均一な音色で、和音の変化に気を付けつつ、もう一度。
何度も先生から ”ここはこう”と音を注意される。ちょっとした音の違いの積み重ね
が、僕と先生の実力の差になってるんだ。
時間がなくなってきたので、2楽章。ここは、前も注意されたけど、緩徐楽章
だからといって、1楽章の活発さは残しておかないと。
つい、うたってしまって、リズムが甘くなったりすると、注意がくる。
終わったのは午後5時をまわったところで、レッスンは午後1時に始まったので
聴音、新曲をいれてほぼ4時間。ヘロヘロになったけど、先生は目が窪んでた。
先生の奥さんに ココアを入れてもらってひとごこちついてる。僕も頂いた。
ピアノの後ろのほうには、順番を待つ生徒さんの座るイスがあるが、今日は
誰もいない。
うちの音楽室は窓からばあちゃんの庭が見えるけど、ここは、道路に面してるので
曇りガラス。ちょっと閉塞感があるかも。
師匠にかさねがさねお礼をいいつつ、明日もレッスン。
29日まで、お願いしてるんだ。
家に戻ると、音楽室は父に占拠されてた。ああもう、今日の復習、明日の予習を
したいんだけどな。
「父、母さんの所に、アップライトのピアノあるじゃないか。あれを使えば
いいんじゃないかな」
「いや、悪いけど、このピアノの音がぴか一だ。裕一こそ、あっちを使えばいい」
父は、今度の仕事の勉強じゃなくて、永遠に出来上がらないかもしれない曲、
”春香”を作ってるようだ。
「それ、緊急の仕事じゃないでしょ、ってか、ほとんど、母さんの曲だ。
じゃあ、母さんが使っていた部屋のほうが、インスピレーションわくかも」
父は”それもそうだな”といいながら、渋い顔をして 音楽室を明け渡した。
僕に気を使ってくれたらしい。明日は、大雪になるかもな




