脇坂も一緒に
12月の半ば、やっと家の方は冬への備えが出来た。
ばあちゃんの漬物づくりも、物置の後片づけも昨日で終わった。
山崎は、週末に美里ちゃんと、母親の所へ行き、冬支度を整えた。
僕は、釧路での八重子先生の最後のレッスン、ちょっと疲れた5人会の後、
ソナタの練習に没頭した。もちろん、ソルフェージュや楽典もかかさず勉強。
この間、父から また新曲が送られてきたので、12月は西師匠の所で使わせてもらおう。
メールで、湯川さんが河野君を、言葉通り、ビシバシしごいてるそうだ。
主に、ショパンのエチュード。
失恋した横田君が、ちょっと心配だけどこちらから”お元気メール”を出しても、返信がない。
今、この時期に恋しなくてもいいのに、いや、追い詰められてるからこそ
恋愛に走るのかも。
余裕で東京芸術大学合格に自信あるように見えたんだけど。内心、あせってたのかも
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期末テストも終わり、クラスではクリスマスの話題が多くなった。
”高校生活最後のクリスマスぐらい、恋人と過ごしたい”人が多いのか、
随分、休み時間や放課後、クスクス話し合うカップルが増えた気がする。
まあ、僕には関係ないけどさ。
そういえば、脇坂はクリスマスは、家族と一緒に過ごすんだったよな。
放課後、、図書室で勉強しに行く脇坂とそんな話になった。
「脇坂、クリスマスには、別人鉄人になった真里亜ちゃんに会えるね」
真里亜ちゃんは、脇坂の妹で、函館で寮生活をしてる。バレー部命のJKだ。
「いえ、それが今年は 真里亜は家には戻らないそうです。
正月は、こっちの家に戻ってくるとか。もともと面倒な性格の妹ですが、
今回ばかりは、母親の元には戻りたくない事情がありまして・・」
脇坂にしては、歯切れの悪い。まだ考え事してそうだ。
図書室へ行くところを、僕は脇坂を拉致してつれてきた。
暖房の効いた音楽室で コーヒーを出し、脇坂に僕と山崎の冬休みの
スケジュールをを話した。クリスマス関係ないよねって雰囲気でさ。
”山崎が、英会話??” 脇坂は 笑いのツボに入ったらしく、それでも失礼に
ならないよう、腹筋で笑いをおさえてる。
山崎はパっと見”日本人なら日本語を使え”って説教しそうな頑固おやじイメージ
があるから、僕もその話を聞いたときは、吹きだしたんだっけ。
「ところで、脇坂の予定は?試験直前講習会とか、出るのかい?」
「ええ、申し込みしました。東京です。医学部志望者のためのゼミで、
旭川・札幌はすぐに定員。で東京で受ける事になりました。
希望者には、宿泊施設を用意してくれるそうですが、費用はバカ高いです」
脇坂も、かなり入れ込んで勉強してるけど、サテライトの予備校だけじゃ
たりないんだ。
「東京なら、僕の家にとまらないかい?通学に多少、時間はかかるかもしれないけど、
くつろげるし、僕も山崎も正月以外は 東京で勉強だし」
僕は、西師匠のところで、受験曲の練習のほかに、聴音も特訓してもらうつもり。
聴音には自信あるけど、やりつけてないと、出来ないしね。
「ありがたい申し出ですけど、僕は正月は31日と1日以外は、すべて講習会です。
クリスマスで札幌で家族で会うどころか、26日から講習が始まります」
脇坂、正月、ほぼ返上か・・まあ、僕も、正月休みはピアノの練習で終わりそうだ。
「誰もいなくなるけど、正月も東京の家で過ごすってのは、どう?
宿泊費はいらないけど、食費は自分持ちで。あと、洗濯、掃除も自分することになるけど」
電子レンジと、あと暖房の使い方さえ分かっていれば、冬の東京はそれほど
面倒じゃない。”水道の元栓を落とす”なんて必要もないしね。
東京の家は、電気暖房で、料理をする時もガスではなく電気を使う。
「とてもありがたい話ですが、さすがに迷惑でしょうから。」
「いや、無人にしておくよりは、人がいたほうがありがたいし。
留守番させるようで、こっちこそ申し訳ないけど」
正直、美術品もふくめて貴重品はない。ガスは使ってないので火の心配もないし
「では、父と相談して改めて、お願いに来ます」
几帳面な脇坂らしい。
「・・実はうちの母に、恋人が出来ました。相手は病院の事務局長だそう。
向こうには妻子がいて、なぜか父の所に その母の恋人の奥さんから、
苦情の電話が、ガンガンきまして・・そう、ちょうど不眠で参ってた時です。
今更 ショックは受けませんでしたが、いやがらせのように寝入りばなに電話が来るので、
神経のバランスでも崩してたんでしょう。何回か続いたので、着拒にしましたが・・」
え?あの時、何かあるのかなとちょっと思ってたけど、そんな事があったんだ。
「正月に真里亜が、こっちにくるかもしれないのは、そういう理由です。
正月は父と真里亜と3人で過ごすのも、悪くないですが」
人生、いろいろなんだな。クリスマスに脇坂親子が会うのが、なくなると、
もう、家庭は、それぞれ独立という形になるんだな。
脇坂も、札幌以外の医大に行くし、真里亜ちゃんは、後2年は函館だ。
「そうそう、うちの父、旭川へ転勤希望するそうです。本来なら札幌に
なんでしょうけど。僕も旭川医大を受験しますので、また父子生活になればいい
と思ってるのです。模試が ギリギリA判定でしたので、まだ頑張らないと
いけません。本州の私大も受けますが、なるべく国公立で行きたい。
ベラボーにお金がかかりますからね」
脇坂は、ちょっとスッキリしたのか、ばあちゃんから夕食の差し入れをもらって、
帰りに山崎とはちあい、吹きだして帰っていった。
「なんだあいつ。俺の顔を見て吹きだした。裕一、なんか悪口いったろう」
いやいやいや、事実しか言ってないから。
「脇坂も東京で講習会があるそうだから、ウチで寝泊まりするよう誘った」
相続税対策のため、土地は少し切り取り、離れも売却したけど、僕をふくめて3人
寝泊まりする十分な広さはある。
「今更なんだけどな。お前のとこって、すごい金持ちなんだな。
ちょっとうらやましい気がする。」
山崎は、東京の家を見て びっくりはするだろう。
土地がないので、若干、郊外にはあるけど、多分、時価にしたら億を超える。
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