深夜の騒動
いろいろあって疲れた。ピアノ練習を始めたのは10時もすぎてから。
僕は僕で頑張らないといけない。
今度の西師匠のレッスンで,音大の受験曲を選んで決めよう。
もちろん、本命以外の音大も受けるけど、だいたい、バッハの平均律、
ベートーヴェンのソナタ、ショパンのエチュードから1曲ずつ選ぶ形が多い。
おっと一校だけ課題曲にモーツァルトが入ってるので、
それも決めて練習はじめないと。
練習は、最初の基礎練習、そして、ショパンのエチュードの練習に。
10-4は、テクニック的には仕上がってきたけど、細かな音のニュアンスを
出し切れてないきがする。気持ちテンポアップする所とかある。
両手で細かい音符が出てくる。4拍めにアクセントのあるオクターブははじけた音で
弾きたい。何かに追い立てられてるような印象の曲だ
10-7は、僕は技術的には不得手ではないようだ。
ただ、曲がいまいちつかめないのは、かわらなかった。
しいていうと、片思いの心象風景。ってとこかな。
最初の和音進行は現代風で不安な心のようだし、
そんな中でも、ちょっとした事で心がキラキラしてくる。それが中間部。
問題は、最後だよな。片思いしてるのが学生だとしたら、”勉強しなさい”と
怒られたところだろうか。急に現実に戻ったように曲調がかわる。
そこをどう弾くかが いまだ課題だ。
10-10は、華やかな曲で、ついそれに自分でも溺れそうだ。
でも、転調が何度かあり、ダイナミクスも細かい。それをちゃんと表現しないと、
ただの”綺麗な音の塊”にしか聴こえないくなるだろう。
穏やかだけど気まぐれな風のようなイメージなのかな。
好きな曲だけど、神経使うかも。
次は、ベートーヴェンのソナタ。
今日は、ワルトシュタインの3楽章。長いので、集中力が途切れそうになる。
(ただ弾いてるだけ じゃだめだろう。)自分を叱咤しながらだ。
最後のほうはまるで練習曲だ。16分音符の三連符が左右続く。
この曲は、体力勝負だ。どこまで集中力が維持できるか。
それに比べると、”中期と後期の橋渡し的曲で重要”な28番は、
短いし、癒される。ただ、3楽章は、いろいろ解釈が面倒そうだ。
結局、28番は弾けなかった。もう午前1時をとっくにすぎてる。
そろそろ寝る事にした。センター試験のための勉強は、今日はなしだ。
さすがに、釧路から帰ってきていろいろあって、疲れた(主に頭が)
さてと、と背伸びをして音楽室を出ようとすると、山崎が駆け込んできた。
(あやうく、ぶつかる処だ)
「美里、ここに来てないか?家の中のどこにもいないんだ」
え?母親の所に勝手に行くにしては、ずいぶん、遅い時間だし
まずい。もし外に出ていたら、今日の気温は低い、すぐ体が冷えてしまう。
「庭とか探して見よう。暗いし、そう遠くにはいけないだろう。
じいちゃん、起きてる?」
じいちゃんは、あわてて車を出して付近を見回るところだった。
僕と山崎は、庭、畑、物置、敷地内のすべてを探しすことにした。
「ところで、家の中はすべて探しつくした?押し入れとか、家の中の物置とか、
屋根裏とか・・」
山崎は、アっという顔をした。
僕は少しわかる。何かいたたまれない気持ちになったとき、自分が消えてしまいたい
って思った時、人目のつかない、暗い狭い場所にいたいんだ。
僕が引きこもってた時、最初は普通に部屋にいたけど、そのうち祖父の目やテルさんの
心配そうな言葉がつらくて、部屋からベッド、最後には押し入れでじっとしてた。
今から思うと、ほとんど野生動物だったな。
二人で、使ってない部屋も含めて、押し入れの上下を確かめた。
美里ちゃんは、家の中にいた。
父母の部屋の押し入れの下の段の、すみっこで泣いてた。
見つかったと祖父に連絡。なきじゃくる美里ちゃんを、山崎は困った顔で
抱き上げ、居間につれてきた。
ばあちゃんが、ホットミルクを入れた。
「ほらほら、泣かない。これをゆっくり飲んで、もう遅いし寝ないとね」
美里ちゃんは、こっくりとうなずくと、ちょっとは落ち着いたようだ。
「山崎、お前、美里ちゃんに何か言ったのか?」
「特にこれといってないんだけどな。俺も勉強に集中してたんだ。
晩御飯の時、裕一がなだめてくれたおかげで、顔が少し明るくなって ホっとしてた。
お前、ピーマンが苦手なんだってな」
はは・・あの話が美里ちゃんの役に立ったなら、僕の子供時代も救われる。
「本当は、俺だってあの時、美里をもっと叱りつけてやりたかったさ。
でも裕一が、台所につれていったので、ダイミングを失った
美里はあのあと、ちゃんとおばさんに謝ったんだ。
おばさんも、”お母さんと暮らすなら少しでもお手伝いできたほうがいいだろう”って
そのくらいかな。で、夜、ちょっと間にいなくなった。」
わけがわからないって顔で あの後の美里ちゃんの事を山崎が説明した。
じいちゃんが帰ってきたので、美里ちゃんは、もうばあちゃんと寝てる事
を伝えた。今日は山崎と一緒の部屋で寝たのだそうだ。
「それは多分、美里ちゃん自身もわからないかもしれない。
迷ってるんだよ。オネショし母親にビンタされ、思ってた母親と
違うのに失望したのかもしれない。自分は母親の迷惑になると感じたのかもしれない。
でも、ばあちゃんには反抗してしまったし、
”母親と暮らすため少しでも手伝いできるように”ってばあちゃんに、言われたって事は、
手伝いが出来るようになったら、ここを出ないといけない とも感じたのかもしれない」
じいちゃんにしては、まとまりがない話し方だ。
じいちゃんもさすがに、とまどってるのかもしれない。
きっと美里ちゃんは、自分の居場所がないと感じたんだ。
ウチで、理由もなく我儘を言った事を悔やんでるんだ。
かといって、周りは必要以上に美里ちゃんを、甘やかしてはいけないんだろう。
それに、この調子だと山崎も祖父母も、美里ちゃんにつきっきりでなきゃいけない。
世話する事の多いばあちゃんは、神経を使って体をこわしてしまうかもしれない。
やはり施設に預けるのがベストなんだろうか




