表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/210

いきなりデュオ

セルゲイさんの演奏は、圧巻だった。

ホールの雰囲気もがらりと変わった。僕を含めた聴衆が、集中してるのがわかる。

セルゲイさんの演奏した曲は、ヤナーチェクの「霧の中で」という曲。

3分ほどの曲で、途中、悲しい子守歌のような旋律も出てきて、

僕は、セルゲイさんの表現する世界にはまった。それは、霧の釧路湿原だった。


ヤナーチェクは、ネットの動画で曲を聴いてくらいで、CDも楽譜も持ってない。

自分のレパートリーの狭さを思い知らされるが、受験まではおいておくしかない。


それにしても、セルゲイさんはすごい。

湯川さんが、聞ほれてる。彼女は、曖昧な雰囲気の曲は好きじゃないはずなのに。

(もちろん、50のおじさんが好み というわけでもない)


演奏が終わり、盛田さんがセルゲイさんの紹介をした。


「ロシアのヴィルトーソ、セルゲイ・エレンスキーさんです。

セルゲイさんは、湿原の保護運動をしておられ、釧路には、その関係の会議に

出席するためにいらしたそうです。

今回は、本当に”飛び入り”で参加してくれました。

日本でのリサイタルの少ないセルゲイさんですから、今日は、我々はとても幸運でした。

ラッキ~ って感じたら、受付にある”湿原保護のための募金”に、是非、浄財をよろしく

お願いします」


盛田さんはそう言った後、アンサンブル会の締めをくくった。


ホールを出て、僕、篠原さん、河野君、湯川さんと4人で、

”すごかったよね。”

”やっぱり段違いというか、目指す世界はまだまだ先なのね”

と、話しながら、体は疲れてるのに、3人とも心は浮かれてる。

後ろから、横田君と榎本さんが、言い合いが聞こえた。


僕は立ち止まり

「やあ、デュオよかったよ。春のようにのどかでさ。」

でも、二人とも僕の言葉は、心外だとばかりに、かみついてきた。

「練習したけど、今日も息があってなかったんだよ。

確かにピアノは伴奏だけど、ベートーヴェンだし、音はほぼ対等。

もっとピアノの事も考えてほしかったよ。いきなり打ち合わせと違う

テンポにしたり、fがffになってたりで、ひやひやだったよ」


榎本さんは、横田君に向き直り

「ピアノこそ、遠慮してほしいは。音、大きすぎだっての。

バイオリンは、ピアノに比べれば音の小さい楽器だから、もっと

思いやりをもってほしかった」


あれ?演奏では、恥ずかしくなるくらい甘い”春”を演奏してたのに・・

あの仲の良さは演技?笑顔でお互いにバトルしてたのか。

「演奏中は仲の良さをみせつけられたんだけどね。違ったんだ」


「とりあえず楽譜通りに弾きましたってとこまでしか、

練習できなかった。本番では、仲の良い友達 に見えるよう必死だったんだから」


ステージ上の演技か・・ 

思うに横田君の演奏は、伴奏にはむいてないのかも。

彼の音は、確固たる主張があってゆるがない。性格も頑固な所もある。

独奏と違って、伴奏は、互いに相手の様子をみながらだから、かえって難しいかも。


「そうだ、上野君だっけ?私と一緒にやってみない?

このくらいなら、初見でできるでしょ?」

榎本さんの、このとんでも発言に、他の4人はアッケにとられた。

僕は、手をひっぱられて、榎本さんにさっきのホールに、連れ戻された。

ホールで、少しだけ練習したいと 入口の事務局にお願いしてる。


60がらみのおじさんの事務局の人は、美人の榎本さんに、手をあわせて

お願いされて、”じゃあ20分だけなら”とOKしてくれた。美人は得だ。

でも榎本さんって、おしとやかな嬢様って雰囲気だけど、強引で我が強い。

残りの4人は興味本位で ついてきてる。


もうホールには誰も残っていなかった。

あの熱気も、セルゲイ氏の演奏の残り香もない。ガランとしてた。

(こういう場所なら、平常心でできるか)

でも、ベートーヴェンのバイオリンソナタ、ちゃんと弾けるかな。

母さんと合わせたときから、だいぶたつ。


バイオリンソナタ”春”

どんな曲でもそうだけど、二人の息があわなければ、話にならない。

出だし、榎本さんは、結構、強いアクセントで入って来た。

え・・そこ、そんなに短くきるんだ。とかおどろく箇所が何個か。

リピートの前で止まって、僕は考えた。


(どっちかというと、強い演奏、アクセント、切気味の音、

で、僕も同じような演奏にしないといけないだろうか?うmm。全体の流れもあるし・・)


もう一度、最初から。

今度は、バイオリンよりすべて控えめにした。たとえば、短くきった音も、

ピアノは楽譜より、若干短いくらいで というように。


バイオリンの音が止まった「その音じゃ、バイオリンが浮いちゃう」とクレームが入った

「だから、ここで、ピアノも君の演奏のように弾いたら

それこそ、”バイオリンが負ける”って感じになるよ。」

いきなり、ほぼ初対面の榎本さんとバトルが始まった。榎本さんのこの曲のイメージを

聴いて、僕は折れに折れ、細かい処を榎本さんの指示どおりに、弾いた(つもり)

で、すぐクレームで演奏がとまる。僕はこれでも極力、榎本さんの言う通りなのだけど・・


”そろそろ20分”と

篠原さんが声をかけてくれた。

ホっとした。正直、デュオを練習するのって、難しい。

ピアノは自問自答しながら、一人で曲を作り上げていくが、この曲は二人で

意見をあわせないといけないんだ。榎本さん(バイオリン)の言う通りに

弾いたからいい ってもんでもないんだ。


榎本さんは、消化不良のように顔をしかめてた。

「裕一のピアノにあわせられないのは、榎本さんがピアノの主張を

聴かないからだ」

横田君の 指摘に、「僕はこの曲は、一方的に母からダメダシくらって練習した

だけで、今思うと、ちゃんとデュオになってなかった

榎本さん、ピアノと合わせるときは、最初に綿密に打ち合わせしないと破たんする。

多分、今までは、伴奏者が一方的に合わせてくれてたんだと思う」


その後、6人でマックでお腹をみたし、解散。

その夜は、繁之叔父の所に泊めてもらった。大歓迎され、叔父の陸上話を聞き、

二人の小さな従妹、麻衣ちゃんと留衣は、小5で、大きくなってた。

明日はレッスンだけど、練習は無論、出来なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ