我儘の意味
「これ、これからは裕一君が持ってなさい」
夕食後、都築さんから渡されたのは、ビックリする額の貯金通帳と印鑑だった。
1千500万ほどの入ったそれは、母の名義だった。
「この家と土地は、もう、春香さんの名義になってます。外国でのお仕事も多いので
私が預かってました。この家と土地の固定資産税や光熱費。
警備会社への費用。庭師の費用、家の点検にきてくれてる不動産屋さんへのお礼
などが、この通帳から引き落としされてます。」
”僕は受験生だから・・”なんて、言ってられない。
冬休みまでは月一回、冬休みは正月以外は、ずっとこの家で暮らす事になる
のだから。
それに、都築さんは、やっぱりNYの父の事務所に行ってみるって言ってたし、
管理とかは、僕がしないと。
「わかりました。何か、注意する事はありませんか?
僕は、何もわからないのだけど・・」
「時々、残金を調べて、春香さんに報告する事かな。多分、秘書のアリサさんが
取り仕切ってると思うけど。
それと、家の修繕や、電化製品などの大きな買い物の時には、当然、春香さんに
相談してくださいね」
修繕か・・台風とかきたら要注意なのかな。(床上浸水とか。。)
まあ、この家は比較的、高台にあるので大丈夫だと思うけど。
僕は、慣れないものを鞄に入れたので、何か落ち着かない。
帰りは、ちょっとキョドってたかも
ー・-・-・-・--・-・-・--・-・-・--・-・-・-・--・-・-
家の帰って、さっそく、母さんの通帳を管理する事になった事を
メールした。返事は、アリサさんから”了解しました。伝えておきます”だ。
母さんはPGメールが使えないので、しょうがない、事務所あてにメールしたんだ。
家では、美里ちゃんが、なにか元気なかった。
夕ご飯、大好きなハンバーグも残してた。
「美里ちゃん、具合でも悪いのかな?大丈夫かい?頭痛くなったりしてない?」
美里ちゃんは、不機嫌な声で、ボソっと「なんともない」と
「美里、疲れてるんなら、早く寝れ。一人で寝れるだろう?」
山崎にそういわれて、”歯を磨いたか”ってじいちゃんの声も無視して
二階にさっさと上がって行った。
「やれやれ、今度はいったいどうしたんだい?山崎母さんの所から
帰ってきて ずっとあの調子だけどさ」
日曜日、山崎と美里ちゃんは、二人でバスで山崎母の所へ行ったそうだ。
「おばさん、すみません。もう放っておいていいです。
最近、美里、我儘なんです。母さんについてだけでなく、他の面でもいろいろと」
山崎と一緒にきた時は、悪いけど人間というより、”濡れた野良の子猫”の
風情だった美里ちゃん。小学校では多少、イジメを受けてるようだが、
この2年で、だいぶたくましくなってる。
「最終の一本前で、帰る約束が、美里の奴、”まだ帰らない”ってごねたんだ。
バスがなくなるからって説明してもだめでさ。
俺もキレて、じゃあ、俺は先に帰るからって、おいて出たのさ。
そうしたら、泣き出してふくれて、あの態度だ。
おじさんにも、いろいろ 玩具をねだったようで、すみません。
聞かなくていいですから」
やれやれ、山崎母さんが退院してから、兄妹関連のゴタゴタが続く。
どうしたんだろう。美里ちゃん、あれほど、おとなしくて素直だったのに。
「いやいや、玩具は買ってやりたくても、品物が売り切れだった。
”なんとかウォッチ”とかいうので、今、大流行して品薄らしい。
美里ちゃん、よくアニメもみてるし、クラスでも流行ってるのでしょう。」
山崎は、幅の広い肩をつぼめて、小さくなってる。
「本当に申し訳ないです。俺らが世話になってるだけで十分なのに、面倒事
まで起こしてしまって。後で、美里にはガッチリ説教しときますから」
毎日のように怒られてばかりじゃ、さすがに美里ちゃんもかわいそうだけど、
確かに、こちらが心配するような行動は、勘弁してほしい。
それに、このままだと、山崎は一時も目を離せなくなる。
「博之君。あまり怒らんでやってくれんか。
さすがに、一人で遠出するのは、早いし季節も冬に向かってるからよくない。
ただ、美里ちゃんとしては、自分の兄や母がどれだけ自分のわがままを
聞いてくれるか、実際にやって試してみてるんだよ。
2年間で、やっと心をとりもどしつつあるんだ。
幼稚な我儘に聞こえることでも、それは、”前に言えなかった事”で
そこを通過しないと、成長しない。
もちろん、無理な我儘は、怒って当然だけどね。」
え?我儘いわないと成長できない??僕は我儘もいわず、いい子だったって
テルさんから聞かされたけど、僕って成長してない?
「裕一の子供のころは、我儘いう前に物は与えられてたんだ。
肝心なものが足りてなかったようだが・・」
じいちゃん、、わからないぞ。確かに衣食住に困ることはなかったけど。
”まあ、わからなければ、自分で考えて答えを出すんだ事が一番。”
と、解説じいちゃんは、逃げてった。
夜、僕はさっそくエチュードの譜読みにかかった。
2曲、新曲はつらい。もしかしてその2曲で 終わりにして、それまでの中から
受験曲を選ぶのかな。確かに、譜読みの曲、残りの曲は聴く限りでは、
超絶技巧@ショパンだ。




