脇坂親子のバトル
一日が終わった。
今日は、朝に聞いたピアノソナタ ”ヴァルトシュタイン”が、脳内で再生しっぱなし。
エネルギーの塊のような曲で、思ったほど速いテンポではなかった。
今日は、国語と英語以外の教科は、脳内の曲におされて、ただ、ノートを
とっただけ。
そうだ、昨日、休んだ分のノートを脇坂に見せてもらおう。
僕は、帰りの支度をして教室で、ボーっとしてる脇坂に声をかけた。
「昨日、休んでぶんのノート、見せてもらえるかな?」
振り返った脇坂は、顔色が悪く,休み前より痩せた気がした。
他の友達と話してる青野もこちらにやってくる。
「やっぱ、脇坂、顔色悪いじゃん。昨日もそうだったけど。大丈夫か?」
「すみません。心配かけてしまいましたね。僕は大丈夫です。妹も元気。
父もバリバリ働いてます。」
僕は、脇坂を心配したのであって、わざわざ家族の話をだすのは、らしくない。
脇坂は、自分が悩んでいても、よっぽどでないと、僕らに相談しない。
一人で抱え込んでしまう。
僕と青野は、その日の放課後、脇坂の家に押しかることにした。
脇坂の家は、丘の中腹にある一軒家。
9月の涼しい風で、気持ちがいい。坂を自転車で降りながら、青野と僕は
たわいもない話で盛り上がったけど、脇坂は一言もしゃべらなかったし、
僕らの話に興味すらないような、心がここにないような様子だ。
脇坂、本格的に悩んでるんだ。原因はわからないけど。
「昨日もだけど、今日も脇坂は全然、おかしい。授業中もボーっとしてるし、顔色
悪い。なんかあったのか?」
青野の単刀直入に脇坂に話しかける・・
脇坂は、コーヒーを僕らに出しながら、また、ため息をついた。
「これは、身内の問題なんで、二人に相談しても・・・」
「そりゃ僕らじゃ、力になれないけど。でも、悩みがあるなら、
言葉に出したほうが、少しか気分が楽になると思うよ」
コーヒーを飲みながら、僕は脇坂を見つめないようにした。
そのほうが、話しやすいと思ったから「
「僕の妹、真里亜が函館の私立女子高に行ったのは、知ってますよね。」
「おおよ。僕の真理亜ちゃんを、筋肉アスリートにしたのもな」
「。。まあ、あれは、本人の好きでやってることで。
問題の大元は祖父なんです。」
”女は院長には向かない”と、祖父の病院の跡を継ぐべく頑張ってきた真里亜
ちゃんに、一大ショックを与えた人だ。
「真里亜は、もう札幌の家に帰るつもりもないって、母に宣言したそうです。
卒業したら、就職して自立すると。
それを聞いた祖父が怒って、真里亜への学費をとめたそうです。
もちろん、母もいろいろ祖父と真里亜との間をとりなしたらしいんですが・・」
高校の授業料が無償になったからといっても、いろいろ諸経費がかかる。
それに、寮費も必要だ。
真里亜ちゃん、困ってるだろうに。
「祖父は真里亜に医師の婿をとってほしいと思ってたそうで。
帰ってこない孫娘に、仕送りをストップしたら真里亜も考えをかえると、祖父は
思ったのでしょう。実際は、逆効果だったようです」
だよな。真里亜ちゃんのあの性格だ。そういうイジメには負けないだろう。
携帯の画像は、天然に明るい顔だったけど、その後の話かな。
「それで真里亜が父に訴えて、父が仕送りしてるそうです。
それが、ますます祖父が怒り、毎日のように電話をかけてきては、父と大喧嘩
です。父がいないとき、僕がでると、”すぐもどってこい。札幌の大学を受けろ”
と、頭ごなしに命令してきます。聞き流してますが、祖父の話は長いうえにしつこいです。
毎日のような電話攻勢で、さすがに僕も参ってるしだいで」
「さもありなん。脇坂、本当に痩せたんだな。そのゴタゴタが原因?」
「さすがに、僕も考える所もあり、勉強に集中できなかったみたいです。
この前の模試では点数が下がってしまいました。
それで、最近、無理して遅くまで勉強してたんです。」
脇坂の目の下には隈が出来てるし、顔も一段と細くなった。
僕も受験生で、ベートーヴェンのソナタは周りより進度は遅れてる。
僕も焦ってるんだ。本当は。でも、時間になると、ばあちゃんか山崎が
音楽室から僕を追い出すから、睡眠時間だけはとれてる。
「それでも午前2時には布団に入ってるのですよ。寝付きがわるく、
結果、4時間も寝てない時も多かったのです。
これじゃいけない、って思って、せめて食事だけはと思うのですけど、
食べる気が起きないのです」
あ、脇坂、それは重症だな。僕が不登校で、部屋に引きこもってた時は、
お手伝いのテルさんが、”
食事をとるまで僕のそばにいる”って強引に、食べさせた。
「いっそ、祖父からの電話は、を着信拒否にしたらどうかな?非道すぎる?」
脇坂祖父の電話攻勢は、脇坂父にとってもストレスだろうし、緊急避難として
着拒しないと、脇坂、体がまいっちゃいそうだ。
「父は、祖父を説得できると思ってるようです。できるなら、穏便に解決したいと」
「なんだよな。脇坂のじいさんも、かなり頑固だな。うちの爺も最近、頑固。
意固地で自分が悪くても絶対認めない。年とると性格まるくなるってのは、人
によるんだな。おそらく、説得は出来ないだろうな。」
東京のおじい様も、意固地で頑固だ。最近は、パワーがないのか、
あまり、おじい様の周りでのゴタゴタはないけど。
「祖父は、寂しいのもあると思うのです。祖母はかなり前に病死してますし、
そばにいる家族は、母だけですから。
そう思うと、着拒のような強硬手段は、ためらいがあります。
父と電話で大喧嘩するのも、心の底では祖父は少しホっとしてるかもしれません。
父が結婚した当初は、実の息子のようにかわいかってもらったそうですから、
祖父は、その時を思い出してるのかもしれません」
結局、僕には問題の根本的な解決法など、思いもつかなかった。
食欲のない脇坂と一緒に夕食を食べるとか、ジョギングに誘うくらいか。
体力、落ちてるであろう脇坂に、出来るのは、そのくらいしか、思いつかなかった




