山崎の心配・祖父の助言
珍しく、朝、早めに目が覚めた。
午前5時、外はもう明るいけれど、最近は山崎とジョギングの
時間に早朝練習分の30分だけ、時間を割いてる。今日はもう少し走れそう。
居間ではばあちゃんが、もう起きていて、用を頼まれた。
「畑にいるじいちゃん達が、野菜の収穫をしてるから、一緒に運んで
きてくれるかい?朝一もぎたてのとうもろこしは、甘くておいしいんだよ」
僕が畑では、山崎とじいちゃんは、収穫はひと段落、休んでた。
「裕一、珍しいな。ちょうどいい処にきた。運ぶの手伝え」
もちろんだ。僕と山崎は、とうもろこし、トマト、ナス、ピーマン、
野菜の入ったかごを持って、家に向かった。
じいちゃんは、畑で収穫の後始末をして帰るからと残った。
「裕一、おれな、さっきおじさんに、相談にのってもらった。
就職の事で。正直、かあさんの事は心配してない。いい大人だ。
病院を退院したら、一人で暮らしていけるだろう。」
「で、問題は美里ちゃんって事?もう小学生なんだし、自分で自分の事を
ある程度出来るから、山崎かあさんと二人で暮らす事も出来るんだろう?」
僕は、歩きながら、なるべくそっけなく言った。”たやすい事だ”と思わせるように
「いやいやいや。病気が再発したらどうする?とかへんな男を
また連れ込んで美里を虐待したらどうしようとか・・簡単じゃないよ」
山崎は、自分の受けた暴力より、妹の受けた事にショックが大きくて
トラウマになってるのかな。
もっとも、もう山崎は力持ちで背も高くなったし、暴力を振るおうとする
中年男はいないだろうけど。
「その事をさ、おじさんに相談したんだ。
おじさん、いろいろ詳しい。”こういう場合はこうする”と状況ごとに
説明してくれた。行政と学校児童相談所や
子供の人権のために働くボランティアグループ。それと母さんの病院。
連携して動けるようにしてくれるって。とてもありがたい。」
祖父は小学校の教師一筋で、定年してからは、子供の福祉のためにいろいろ
動いている。で、忙しいけど、無償だ・・山崎じゃないけど、頭が下がる。
ただ、そんな祖父が美里ちゃんの傍にいても、それでも山崎は心配なのだろう。
「おじさん、”もう君は、美里ちゃんから独立して、自分の事を真剣に考えなさい”って
”君には自由時間が必要だ”とも。まいったよ。俺が美里を保護してるつもりが、
実は反対だったんだ。俺が美里を必要としてたんだな。
そうやって、自分を奮い立たせてたってわけ。おじさんの説明でわかった」
”奮い立たせた”って、そこまで山崎は追い込まれてたんだな。あの頃。
自分の家庭の恥をさらす事になるから、なかなか他の人に
助けを求められなかった。
でも、美里ちゃんのために、勇気を出してウチにSOSをくれたんだ。
「結論はまだでないけど、少し、気持ちが楽になった。楽になると
NY行の事も、絵空事じゃないと実感できた」
「当たり前じゃないか。でなきゃ、内情がばれる内内の帳簿なんて
わざわざ送ってこないよ。就職する前から、研修してたようなものさ」
「あのわけのわからん、数字と文字を解読するのが研修?」
「まあ、研修というよりか、適性検査に近いかな・・
それより、さっさと帰って、ジョギング行こう。
せっかくだから、英単語を暗記しながらさ」
山崎はウヘーという顔で、僕らは早歩きで家に向かった




