保護者をなくした兄弟
夏休みになり、練習も落ち着いて出来ると、思ってた。
朝の5時くらいだったそうだ。僕は熟睡してたけど、祖父が玄関の
チャイムの音で目が覚め、聞き間違いかと思いながらも、玄関に
出たそうだ。
そこには、小林健吾君が、3歳の弟と一緒に、外に立っていたそう。
3歳の弟は、何もわからずに、キョトンとしてた。
家中が大騒動になった。
どこへ連絡すればいいんだ?とりあえず、学校?警察?教育委員会?
祖父にしては、アタフタしてた。
健吾君はわずかな着替えをスポーツバッグに入れてきてた。
その中から、健吾君は、メモ用紙を祖父に渡した。
それには、
”二人の事、よろしくお願いします”
とだけ、書かれてあった。健吾君、弟も両親に捨てられた?
まさか、今の世の中でそんな事はないだろう。
祖父は青筋たてながら、健吾君には、
「お父さんとお母さんはきっと、急な用事が出来なんだろう。
きっと後で電話でも来るんでないかな?まあ、ゆっくりしていきなさい。
まず、朝食食べないと。栄子さん、健吾君の好きなふりかけあったかな?」
祖父は、なるべくノンビリした口調で、話した。
祖父の言う通り、”仏事などの急な用事で、預け先に困った末に。。”
であればいいと、僕は願った。
残念ながら違った。最悪の形だった。
連絡した警察の話によると、健吾君の義父さんは、会社の金を5000万円
近く押領した末の、逃亡だった。
健吾君の家は、古い家財道具が残されてるだけで、行先をしめす手がかりは、
残されてなかったそうだ。
このままだと、釧路の施設に二人を送ることになるか、またウチで面倒を
見ることになるのか・・
今回は、祖母が難しい顔で言った。
「健吾君だけなら、私ももう一頑張りできる。美里ちゃんのお母さんも
退院できそうだしね。でも、さすがに3歳の弟の万里生君だっけ。
いい子だけど、これだけ小さい子の面倒をみる自信がないんだよ。
申し訳ないんだけどね・・・。でも、ほっとおけないし。
困ったもんだ」
二人の事について、夜、話あってると、とうの健吾君が起きて来た。
ていうか、寝てなかったらしい。
子供は、敏感な所があるから、僕らの話を立ち聞きしてたらしい。
「おばさん、おじさん。ごめんなさい。僕の両親は弟とよく旅行へ
行ってたので、今回もそうなのかなと、思ってました。」
健吾君をおいて3人で旅行三昧してたのかな。
謝る健吾君は、6年生にしては小さな体を、もっと小さくして震えてた。
「これ、僕の伯母さんの手紙。前にもらった手紙を大事にとっておいた。
伯母さんは、僕の母さんの姉さんだけど、遊びに来た時があって、そのとき、
手紙をもらったんだ。何かの役に立つといいけど」
健吾君に差し出された”伯母の手紙”は、丁寧でやさしい言葉で、健吾君の
心配をしてくれていた。札幌の住所が書いてあり、一人で遊びにお出でと
書いてあった。
夜もふけてきたので、僕は健吾君と寝ることにした。
さっきは、一人で心細くて眠れなかったのだろう。
弟の万里生君は、美里ちゃんと一緒に祖父母と一緒。
その万里生君、夜中の3時に目が覚めて、泣き出した。朝泣き?
えんえんと、泣き止まなかったらしく、さすがのばあちゃんもお手上げ。
僕は、泣き声に気づかず熟睡。山崎が目を覚ましたらしく。
祖父と山崎で車に万里生君をのせて、寝かしつけたと、次の朝に聞いた。
健吾君の伯母にはすぐ連絡がつき、迎えにくるそうだ。
”本当に妹がご迷惑かけてすみません。すぐ、健吾を迎えに行きます。
実は、健吾君の事は、ちょっと気になってたんですよ。”
学校の主任先生と祖父が走り回って、いろいろな手続きを済ませたようだ。
弟の万里生君のほうは、父親の会社に連絡した。
ウチは関係ないのに、かなし会社に嫌味をいわれたと、祖父がカンカンだった。
万里生君の祖父母が住所がわかった。
電話をかけたら、向こうでは信じられんといいながら、こちらの経過を話すと、
すぐ、来てくれるそうだ。
夜、練習が終わると、山崎が音楽室に入って来た。
万里生君、今度は”夜泣き”らしく、なかなか寝付かなかった。
また、祖父と山崎で夜の街を3人でドライブだったようだ。
「いや~まいったまいった。小さい子のエネルギーってすごい。
あのエネルギーって、どこからくるのか不思議なくらいだ。」
「で、上手く寝付いた?万里生君。」
「なんとかね。おばさんのほうが、参ってる。迎がくるまで出来るだけ
面倒をみてあげないとな。
俺も美里も、ああやって、母親に苦労かけただろうな・・」
そうとは、かぎらないんだけどね。泣いても放置する親もいるらしいし
「今日な、健吾君が、言ってた。”ホっとした”って。あのままいったら、
僕は、死ぬしかなかったって。家の中では、”居ない子”として扱われた
らしい。たとえば、食事ももらえなかったり、話かけても無視されたり。
弟の万里生君は、過保護なくらい、大事にされたらしいけどな
まあ、俺も健吾君と似たところあるかな。あの時、おじさんに
助けてもらわなければ、俺はかあさんや美里に暴力をふるったあの男を、
殺してたかもしれない。感謝してもしきれないほどだ」
偶然が続いて、いい方向に向いている。
健吾君は、手紙を持ってなければ、横領された会社側が、父親の実家の住所を
知らなかったら。山崎も、もし、美里ちゃんと一緒に家から閉め出されてなかったら
偶然がいいほうに行くとは限らない。
悪い偶然がかさなったら・・僕は途中で怖くて想像するのをやめた。
次の日は千客万来で、健吾君の伯母さんと、万里生君の叔母がきた。
万里生君の叔母さんは、父親の妹にあたる人で、今回の不祥事の事も
嘆いていた。
”兄は昔から、見栄っ張りで、たいしたお金も稼げてないのに、趣味が
旅行だから、年中、実家に借金しててね。
勘当同然に家を出たんだけど、やっぱり、しでかしたんだ。
急な事なのに、面倒見て下さりありがとございます。
またあらためて、お礼いたします”
と、丁寧に頭をさげ、帰って行った。
健吾君の伯母は、健吾君が家の中で孤立してるのを、心配してたそうだ。
”あの子、だんだん、別れた亭主に似て暗くなっていくから、イヤになる。
自分の血がつながってるなんて思うと、ゾっとする”
健吾君の母親は、そういってたそうだ。
その時に、健吾君を養子にもらえばよかったと、悔しがっていた。
別れるとき、健吾君は、寂しそうな顔をしながらも笑いながら、
手をふって”さよなら”をした。
僕は、受かっても落ちても来年は東京へいくので、会う機会もないかも
しれない。
一日かけてやれやれ、忙しかったけど、寂しい気持ちになってるときに、
招かれざる客が来た。
俗にいう、”サラ金”さんだ。なんでも夫婦には借金があったらしい。
健吾君との縁はあっても、その両親はしりませんと、つっぱね。
警察を呼んでお引き取りねがった。
夜は、美里ちゃん以外、ぐったりしてたら、また玄関のチャイムがなった。
チャイムがトラウマになりそうだ。
でてみると、父と柿沢さんだった。




