譜読み、譜読み、譜読み「
すぐ、八重子先生のレッスンの日になる。
僕は、その日は、ベートーヴェン ピアノソナタ18番の譜読みだ。
今まで、17、16とやってきたけど、この18番を入れて、
一組の作品31だ。
調べると、18番と17番の出だしが似てるとか、3楽章が似てるとか
いろいろ解説があった。
ネットで動画で聞くと、確かに1楽章出だしの形と、速さが速くなったり
遅くなったりする感じが似てる。
でも、僕にはこの曲では比較的、明るく軽く聞こえた。
2楽章はスケルツオで、左手が低音でスタッカート。これでスケルツオ
として弾くのは、難しそうだ。
ネットの動画を探すうちに、中学生(もしかして小学生?)がこの曲の
1,2楽章を弾いてるのを見て、僕はショックを受けた。
まあ、確かにいろいろつっこむとこはあるけど。
そこそこのテンポで、ダイナミクスもあってる。
もちろん、1回、2回、練習すれば、僕もこのくらいなら弾けるけど、
僕のピアノの進度は遅いんだ・・
音小の時、一生懸命練習したはずなのに、ここまですすまなかった。
頑張って、6年生の時にバッハのシンフォニアの練習がはじまったけど。
この差ってやっぱり、横田君と同じで”才能の差”ってやつ?
無理かもとおもいつつも、”世界をまわるピアノ演奏家”を
夢見る僕としては、現実を思い知らされるとへこむ。
いじけてばかりもいられない。
次、ショパンのエチュード 25-5。中間部の美しいけど難しい右手の
アルペジオ。それよりも、僕は冒頭の右手の和音で悩んだ。
旋律はわかったけども、じゃあ他の右手の音との兼ね合いは?ってんで、
何個か動画でみてみたけど、結論はでない。
まず、リズムを正確に出す。後は楽譜についてる練習法でひたすら練習。
最後が、これは音楽的センスがいるってやつだ。これは後まわし。
最後は、「謝肉祭」
最初のラッパのような和音から始まるこの曲は、わかりやすい方だ。
さしずめ、開始の合図ってとこか。
合図が終わるとすぐ、ワルツが始まる。快活すぎるワルツだ。
ワルツだけど速い。途中アクセルがかかってより速くなって、
最後はPrestoの指示の部分でも 途中から速くなる。
シューマンはピアニストを目指したけど、指の故障で断念。
この曲、自分で弾くうちに作曲者が止まらなくなった?
練習が終わってると、もう午前1時を済んでた。
山崎は、英語の勉強をするうちに、熟睡してしまったのだろう。
一晩、ここで寝かしておいてもいいんだけど、わざわざ山崎が
ここで勉強するのは、僕の練習熱中しすぎをとめるためだ。
申し訳ない。どうも集中すると我を忘れすぎなのは、父と同じでなんか嫌だ。
山崎を起こして、音楽室を閉めた。
ー・-・-・-・--・-・-・-・--・-・-・-・--・-・-・-
次の日は雨降り。ジョギングは中止。
寝不足してた僕は、朝はうだうだ遅寝して学校へ行った。
クラスで争う声がする、なんだろうと思うと
脇坂が、クラスメートの渡辺と言い合いになってる。あの脇坂が。
「それは、個人情報に入ることなので、僕からは言えませんが、
まったく見当違いも甚だしいです。名誉棄損にあたります」
脇坂のこんな厳しい口調、初めて聞いた。
「だって、おかしいだろう?何で赤の他人の子供を二人も面倒
みないといけない。普通、何かあるって思うだろう。
下世話かもしれないけど、それが世間じゃないのか」
僕は山崎兄妹の話だ。
「裕一、よかった。山崎の事、説明していいかどうか、本人に
了解とって下さい。」
「いいよ、大丈夫だよ。」
僕は渡辺と周辺の数人のクラスメートに向かって言った。
「もし、母親が倒れたら、父親が倒れたらどうする?周りに
頼れる親族もいない時は?渡辺ならどうする?」
「いや、そういう時は福祉がなんとかするんじゃねえの?」
「その福祉なんだよ。短期里親制度は。山崎兄妹は母親が倒れ
、困っていたんだ。美里ちゃんはまだ小学生だしね。
このままだと、施設で生活する事になる。
そうなると、学校も変わり、兄妹、一緒に暮らせないかもしれない。
福祉行政の負担も増える。そこで短期里親制度を推進してるんだ。
保護者が入院などのどうしようもない時に、短期間だけ親代わりに面倒を見る。
もちろん、養育費はちゃんと出る。
そうそう、山崎の妹の美里ちゃんは、かわいいよ」
ところで、なぜ脇坂はあんなに怒っていたのかな。
「どうしたの?何かあった?」
「聞くにたえない、制度に無知な人の勘繰りです。」
渡辺は”申し訳ない悪かった。山崎には内緒にしてくれ。ボコられ
そうだ”と、コソコソとクラスを出て行った。
「まあ、山崎母さんの噂話なら、恰好のゴシップだろうな。
なんでも、自分より下へ人を置き、悪口をいうのが好きな人もいる。
ここは、街も狭いからな。」
青野が、後ろから声をかけてきた。
悪口といえば、僕が”二股かけて、結果後藤さんに振られた”
ってのも、その手のものかな?
青野と脇坂に、”僕って二股かけてるプレイボーイ”って噂があったんだって
っていうと、二人とも、爆笑。
「上野、何その冗談。まじうける。腹筋痛い ははは」
二人につられて、クラスの他の人もクスクスしだした。
脇坂と渡辺の口論の時のいやな雰囲気が、一転した。
はあ・・。喜んでもらえて僕もうれしいよ。




