ラベル ソナチネ 父の来襲
レッスンで釧路から帰った僕は、家のPCで、”ラヴェルの「ソナチネ」を
慌てて検索。曲を聞いてみた。
譜面を見た時から、本当に”小さなソナタ”ってだけで、決して易しくないな、
とは、思ってた。正直、3楽章は、初見では無理なのはわかった。
それにしても、八重子先生、僕に気分転換が必要だって言ってたし、
言われた事はこなしてるけど、何か足りないって。
なんだろう・・
僕は、前回の西師匠とのレッスンの録音を、再度聞いてみた。
自分の演奏を聞くのは、正直、ヘタさを確認するので恥ずかしい。
これで出来たと思ってるんだって・・何かのプレイかって感じだ
録音を聞き、まず、先生の綺麗な音と僕のベタっとした音に、
自分の音に呆れ、そしてリズム感のなさと、メリハリのなさに、
師匠からダメダシをくらってる。
そこは、直ってる、でも、弾きなおした僕の曲は、僕が聴いても
この先、退屈な曲になるだろうと、予想できた。
とりあえずだ。八重子先生からもらった、ラヴェルの「ソナチネ」について
いろいろ調べたり、ネットで演奏の動画を探したりした。
そこで、見つけた演奏で、僕は、”この曲を弾きたい”って思った。
難しい3楽章だけど、でも練習してみたい。
さっそく譜読みに入ったけど、テンポはゆっくり。
動画で聞いた演奏の通りにいかないけど、あの演奏を目指すと思えば、
焦りはしなかった。それにこの曲、八重子先生は”教えない”って言ってた
課題でないから、余計気楽なのかな。
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次の日の朝は、ジョギングをする事に。
だいぶサボッていたので、体が鈍ってる。
歩いたり、ジョギングしたりすると、血の巡りがよくなるせいか、
いろんな考え事が進む。
それを狙ってのジョギングだったんだけど、八重子おすすめの
”気分転換”にはなった。ただ、”曲で足りない所”って課題は、
とけなかった。
帰ってきて練習、昨日のラヴェルの譜読みの続き。
あの3楽章の最後のパッセージは いい。それまでグルグル悩んだ結果の
あのパッセージが、結論になるんだよな。
朝食を、僕は珍しく手伝いながら、祖母と話した
「おや、今日はギリギリまで練習しないんだね」
ニッコリ笑ったばあちゃんの言葉に、そんなに、時間いっぱい練習してたっけ?
って、自分でもよくわからなかった。
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学校で、後藤さんと話す機会が減った。
釧路で出くわして以来、後藤さんのほうが、僕を避けてる。
学校の授業の事を聞こうとすると、あからさまに、逃げた。
さすがに、ここまでされるとは・・僕は腹が立った。
僕が悪いなら謝るけど、なにも覚えがない。
後藤さんを追いかけた。
「あのさ、なんで僕を避けるようになったの?なんか僕、
悪い事した?釧路で一緒に話してた二人はいわば音楽仲間だし、
誤解してるのかな?」
追いかけてくるとは、思ってなかったらしく後藤さんは、目を
丸くして、しどろもどろに答えた。
「いえ・・あのべつに、あの時は、私も絵の仲間と一緒だったし、
別になんとも思ってない。・・うん。そう、なんとも」
やっぱり、あの時の事がひっかかってるんだ。
僕は後藤さんが落ち着くまで、辛抱強くまった。
流行の”壁ドン”はもちろんないけど、退路を塞ぐ形になってる。
「・・・あからさまに避けたわけじゃないけど、まだ心の
整理がつかなくて・・」
「だから、あれは音楽・・」
「仲間なんでしょ。それはわかりました。じゃあ、私は?
裕一君にとって私は何?クラスメート?」
即答できなかった。僕にとっては、後藤さんはクラスメート以上
なんだ。でも、恋人というと、違うと思うんだ。
「答えはわかってる。友達でしょ。せいぜい、なんちゃってGFくらい。
それでも、釧路で女子と話してる裕一君を見て、私はショックを
受けたみたいなの。ショックを受けた自分に、ショックだわ」
は?よくわからなくて、固まってると、後藤さんは僕の横を
すり抜けて行ってしまった。
”ショックを受けた自分に”ショックって、もしかしてひどい言葉じゃ。
クラスに戻って青野が声をかけて来た。
「裕一、どうしたん?首をひねって」
「いや、後藤さんの言ってる事がよくわからなくて
なあ、青野、恋人って、どんな関係の事をいうんだっけ?」
「おおい。青野く~ん、大丈夫ですか?
恋人ってのはな、相手のためなら、なんでもしたい。
相手を束縛したいってやきもちやいたり。相手のすることに
目が離せなくてドキドキしたりってとこかな。
以上、恋愛初級講座終わり」
青野に頭をグリグリされた。まだ僕のほうが、背が高いのに。
青野の講座だと、僕にとっては、後藤さんは恋人ではない。
気にはなってるけど。
結局、その日はそれで終わった。
家に帰るとメガトン級の サプライズが待っていた。
父が帰ってきてた。柿沢さんと一緒に。
(ついでに、リテイクの原稿を持って)
ばあちゃんもじいちゃんも、電話もなしに帰ってきた父+柿沢さんに
驚いてる。
「おやまあ、どうした風の吹き回しだい。
ひょっとして、吹雪にでもなるのかね。おかえり雅之。
今、お茶いれるからそこに座って。
柿沢さん、いつもウチの息子がご迷惑かけてます。
いう事を聞かない時は、ゲンコ張ってやってください。」
世界的指揮者で40過ぎの父も、ばあちゃんの前では ちいさな息子なんだ。
父は、お茶を飲むと、遅くならないうちに是非、山崎の母さんに会いたい
と言い出した。
父以外、全員疑問符だらけの顔になった。
結局、家族総出7人で入院してる山崎のかあさんのに会う事になった。
挨拶も、そこそこに、父は話を切り出した。あれ?今日は父、背広来てる。
って思ったら、父が話をきりだした。
「お母さん、息子の浩之君を僕に下さい」




